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カテゴリ:内装屋さん
国道17号線である三国街道も猿ヶ京温泉を過ぎるといよいよ峠越えの山道となってくる。途中から細い県道に入り、さらに奥へと進む。やがて県境いの峠の山が見えてくると法師温泉にたどり着く。 法師温泉はその昔、弘法大師が発見したと伝えられ、その名がついた。すでに1200年もの歴史がある。 法師温泉の一軒宿の「長寿館」の建物は明治8年の建築で、江戸時代の旅篭の面影を残している。入口には「御入浴客御宿」という古びた看板や赤いポストが置かれている。 ここには与謝野鉄幹、晶子夫妻、川端康成、直木三十五、内村直也など多くの文人たちも訪れている。 「法師乃湯」に入る。薄暗い浴場には太い梁をめぐらす高い天井、アーチ型の窓、行灯の明かり、そして薄明かりに浮かびあがるいくつにも仕切られた木の湯船がある。 建てられたのは明治28年(1895年)。 すでに100年以上の時を刻んでいる。お客さんが入る前の浴場は開演前の舞台のように静かだが凛とした空気があり、また貫禄がある。 総桧造りの湯船は4つ、10人ぐらいが入れる大きさだ。その湯船の真ん中に杉の丸太を渡してさらに仕切っている。この丸太は入浴中に頭を載せるもので木枕と呼ばれるものである。昭和6年には与謝野晶子もこの湯に入浴し、「草まくら手枕に似じ借らざん 山のいでゆの丸太のまくら」という歌を残している。 入口側の2つの湯船は「旭の湯」、奥側の2つの湯船は「寿の湯」と呼ばれている。 お湯は無色透明で柔らかく気持ちの良いお湯だ。温度はぬるめで「寿の湯」の方がさらにぬるくなっている。湯船の底には小石を敷き詰められ、そこから時おりプクプクと泡があがり、お湯が湧きだしていることがわかる。玉城乃湯には露天風呂もある。この他にも女性専用の長寿乃湯がある。 宿の入口には大きな火鉢や大きな柱時計が置かれ秘湯の宿の雰囲気をかもし出している。 館内の廊下の壁に貼られた旧国鉄の「フルムーン」のポスター。このCMのおかげで法師温泉は一躍、脚光を浴びることとなった。写っているのは上原謙と高峰三枝子。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年05月05日 10時21分48秒
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