カテゴリ:カテゴリ未分類
様々ある人間関係の中で相手を「許す」と言う行為はなかなか大変なことです。
私たちは頭では「許す」ことは出来ていても、自分の心の奥底をみていくと、許せない自分が存在していることに気がつきます。 その感情を見つけると私たちはなんとかそう思わないようにしよう、とか、いい方に考えようとしがちです。それは間違いではありませんが、心の中には許せていない自分が無くなった訳ではありません。 では、何故「許す」ことが出来ないのでしょうか。それを深く探っていくと、私たちの生い立ちの中にヒントがあることに気がつきます。人を「許す」と言う行為は、自分をまず「許す」と言うことなしには起こりません。なかなか、許せない人に多く見られることは、何事にも「完璧」を望む傾向があるように思います。 それは、小さな頃から常に周りから、いい子、しっかりした子、などと言う評価を受け、まわりの期待に沿おうと「完璧」を目指した結果ではないかと思います。その為、いつも自分にも、周りにも完璧を求めてしまい、自分を追い込んでしまいます。 「許す」と言う行為は、許すことが出来ない自分がいる、と言うことをまずは「許す」ことからはじまるような気がします。そして自分を許していく為には、よいことにも、悪いことにもしっかりと目をむけて、ある意味、第三者の目で事実を眺めていく必要があると思います。 この世の中で自分を責めるほど愚かな行為はありません。正しい、間違いは「自 分」と言う基準で相手や自分を評価することです。当然、基準が変われば、正しい、間違いも変わります。ですから、何かの失敗や挫折を責めるより、まずは「自分を許す」ことが大切だと思います。 時間のかかることだとは思いますが、何かあったらまず自分を褒め、「許す」癖づけをする、どんどん、自分に甘く、自信を持つことが大切だと思います。私たちが体験するどんな体験も、すべては無駄がなく、時間が経てば叡智となります。 そして、自信をもつと言うことは、すべてはひとつであり、いつもどんな時も私たちは守られている、と言う時に得られる感覚です。まずは「自分を許す」ことからはじめることが大切だと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|
|