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カテゴリ:歴史・事件
政府は10日午前の閣議で、日韓併合100年に当たっての首相談話を決定した。談話は1995年の「村山首相談話」を踏襲し、「植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、改めて痛切な反省と心からのおわび」を表明する 

(8/10時事通信)



あの「騙し討ち採決」で有名な村山談話をさらに上回るねつ造談話だ。

これは、外務省・野党はおろか、民主議員すらも知らない密室で作られ、いきなり発表された「密室談話」だ。


そもそも、この談話を作った菅首相、仙谷長官、そして仙谷の腹心・枝野幹事長の3人は、「植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、改めて痛切な反省と心からのおわび」を表明したいらしいが、「損害、苦痛」の具体像を理解しているとは思えない。


日本が韓国を併合したのは歴史的事実だが、それが菅らが言うような「損害と苦しみの時代」ではなかったことを指摘しているのは、他でもない韓国人なのだ。



<韓国日報 2004年4月22日より>

日帝植民地時代は、私たちの歴史の暗黒期に思われて来た。日帝の一方的収奪の下、植民地朝鮮の民衆は窮乏と桎梏に呻いたというのが伝統的歴史認識だった。

しかし最近、学界の一角でこんな認識は植民地朝鮮の実状と距離が遠いという主張が頭をもたげている。

特に経済的に大きな発展が成り立ったし、当時移植された近代的資本主義の土壌が、1960年代以後、飛躍的経済成長の一要因に挙論されている。

こんな主張の先頭に立っている、社団法人落星垈経済研究所 イ・ヤンフン(李栄薫・53・ソウル大経済学科教授)所長に会ってみた。


○「資料を見て、教科書とはあまりに違う内容にびっくりし驚いた」

記者> 日帝植民地時代のイメージを修正するようになった個人的動機は。

イ・ヤンフン所長> 1990年に、日帝の土地調査事業共同研究に取り掛かった。全国を回って土地台帳など現資料を収集した。

慶南金海地域には大量の現資料が残っていた。
資料を見て、教科書とはあまりに違う内容にびっくりし驚いた。

土地申告をするようにして粗暴な農民たちの未申告地をでたらめに奪ったという教科書の記述と違い、未申告地が発生しないように綿密な行政指導をしたし、土地詐欺を防止するための啓導・啓蒙を繰り返した。

農民たちも、自分の土地が測量されて地籍に上がるのを見て、喜んで積極的に協調した。その結果、墳墓、雑種地を中心に0.05%位が未申告地で残った。

あの時、私たちが持っていた植民地朝鮮のイメージが架空の創作物なのを悟った。


○「日帝の目的は日本本土と等しい制度と社会基盤だった」


記者>略取が目的でなかったとすると、土地調査事業の目的は何なのか?

イ・ヤンフン所長>日帝の殖民統治史料を詳らかにのぞき見れば、朝鮮の永久併合が植民地統治の目的だったことを分かる。

収奪・掠奪ではなく、日本本土と等しい制度と社会基盤を取り揃えた国に作って、永久編入しようとする野心的な支配計画を持っていた。

近代的土地・財産制度などは、このため過程だった。


○「日本の同化政策はそもそも矛盾を抱えていた」


記者> 日帝植民地統治を美化するという誤解を招くに値するのに…。

イ・ヤンフン所長> 日帝が朝鮮を永久竝合しようとしたことは、はじめから誤った計画だった。

日本内部でも、独自的歴史を持った文明民族を同化することは不可能で、おびただしい費用を支払うはずだから健全な協助基調の上で大韓帝国が独立することができるように手伝ってくれなければならないと主張もあった。(注:伊藤博文らの主張)

その過程で私たちが能動的に対処したら、植民地化を避ける機会もあった。

永久併合のための朝鮮の近代化は、民族意識の高揚と抵抗を呼ぶという基本的矛盾を抱いていた。


○「植民地時代に脅威のGDP4%成長。人口も倍増」


記者> 日帝植民地化以前 朝鮮の経済状況は?

イ・ヤンフン所長> 1910年以後は近代的統計資料があるが、それ以前は直接的資料がない。
しかしマジギ(田畑の単位)当たりの小作料資料、米代上昇を見せてくれる間接的資料などを通じて大体的輪郭を描くことはできる。

大きい成り行きでは、18世紀を経って1人当り所得が徐々に落ちながら、19世紀後半急激に減少した。
1750年を頂点で農村の場市数字、人口、米生産性などが一斉に落ちたし、米代が上がって実質賃金が下落するなど経済沈滞の強い成り行きを見付けることができた。


記者> 日帝の強制併合以後の経済的変化は?

イ・ヤンフン所長> 沈滞一路の朝鮮経済が1900年を前後して上昇曲線を描く。

日本からの資本流入、近代的市場制度の定着、所有権制度の整備、近代的企業制度と商法、取り引き安全性を保障する信託、通信、運輸の発達などが明確だ。

植民地時代をかけて総80億ドルの資本が流入されたし、日本人たちの農場と工場が生じながら韓半島地域単位のGDPが上昇して、1人当りGDPと生活物資消費量などが大きく増えた。

1920・30年代GDPは年間平均4%位上昇した。


記者> 植民地民衆の生活水準が高くなったか? 

イ・ヤンフン所長> そうだ。

何より人口が増えた。19世紀始終人口が減少している途中、20世紀に入って増加傾向に変わった。

人口は衛生や伝染病などとも関連があって、直接的経済資料ではないが当時の経済状況を推定するようにする資料だ。

植民地時代韓半島人口は、その以前の1,700万名から3,000万名(海外移住300万名除外)に増えた。それほど経済力が成長したのだ。


記者> 当時世界経済で年間平均4%成長の意味は?

イ・ヤンフン所長> 1920年代は世界経済の沈滞期だった。

当時いくら好景気でも、年2%成長を越した国はあんまりなかったが、日本資本主義は年3%以上の持続的成長を継続した。

植民地朝鮮の経済発展は韓半島と満洲、台湾を含んだ日本経済圏に共通された成長の結果だった。

記者> 日本資本主義に特別な成長要因があったか?

イ・ヤンフン所長> 活発な資本輸出だ。
日本は自国通貨と1対1で交換することができる植民地通貨圏、すなわち円を共用化にする円通貨圏を新たにつくったから、ドルや金支払い負担を背負わないで大量の資本を台湾と朝鮮、満洲に投入することができた。

大量投資と地域開発で朝鮮のメリヤスや履き物など工業製品が満洲に輸出されるなど、日本経済圏内の市場、分業関係が深化して活発な商品、資本移動を呼んだ。


○「イギリスの植民地と日本の植民地は違う」


記者> イギリスなども植民地を持っていなかったか?

イ・ヤンフン所長> イギリスなどは、植民地に工場や資本財、中間材を輸出して産業を起こさなかった。

西欧帝国主義は基本的に原料収奪型だった。

日本と違い永久併合が目的ではなかったから当たり前だった。
引導という株式会社を、イギリスが投資して経営する。いつでも発つことができる商業的投資をした。それが帝国主義元々の姿だ。

日本と植民地朝鮮の関係は、そんな枠では理解し難い。

地理的に接していて、人種的に似ていて、文化的によほど似たり寄ったりで、一つの大きな日本で作ろうとしたのだ。


記者> そんな日帝の政策は、結果的に私たちの幸運か?

イ・ヤンフン所長> 1941~45年北朝鮮地域には、おびただしい重化学工業が建設されたし、その直接的受恵者は北朝鮮だった。

朝鮮戦争当時、相当部分が破壊されたが、初めて作る時は難しいが復旧はあまり難しくない。
しかし北朝鮮は市場経済制度を清算した結果、飢餓の沼にはまった。

一方、日帝が構築した資本主義的市場秩序を、保存して発展させた韓国経済は大きく成長した。

したがって日帝が残した物的遺産が、50年代以後どれほど助けになったのかは疑問だ。

ただ、植民地当時定着された市場経済システムを、解放以後韓国が叩き壊さないで、アメリカの主導の下、再び建設された世界資本主義体制に能動的に参加した選択が輝く。


○「歴史を歪曲したのは解放後の韓国人」


記者> 日帝植民地統治が、自主的資本主義発展可能性をむしろ歪曲したというのが通説ではないか?

イ・ヤンフン所長> 私たちは18・19世紀の歴史に対してまともに分からないでいる。

推計によれば、1910年植民地朝鮮の1人当り国民所得は40ドル(1937年価格では約60ドル)水準だった。
産業施設もなかったし、すごく貧困な状況だった。

資本蓄積率が低く、人口の80~90%は農業に携わる農業社会だったが、18世紀以来長期沈滞を経験していた。
一種の道徳的価値や名分論が支配する社会だったし、勤労規律や勤労意欲が発達することができなかった。

それで経済が長期的に沈滞しながら自ら解体される深刻な危機状況がつながった。


記者> 解体危機と言うのは、泯乱(革命・暴動)などを示すか?

イ・ヤンフン所長> それは一つの現象だ。
社会が自分の統合力を喪失する時、民衆が支配階級の道徳性をこれ以上認めない時暴動が起きる。

19世紀に入り、1840年頃からあちこちで泯乱が起きて、約50年の間農民たちが集団的反乱に出る。

朝鮮王朝支配階級、すなわち王族や官僚が、これ以上健全な統合力を行史することができなくなったし、社会を健全な方向でひいて出る先進的イデオロギーに欠けた。

閉まった社会共通の閉塞点に至った状況だった。

実は、植民地初期に私たちの知識人たちは、19世紀を返り見ながら真の歴史が恥ずかしいという話をたくさんしたが、解放以後、そんな認識を全て停滞論だと決めつけて、歴史を明るくて進取的に記述して来た。

しかし、歴史の真の姿にそっぽを向いていては、歴史に教訓を得ることはできない。




 
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最終更新日  2010/08/13 03:18:21 AM
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