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カテゴリ:横川典視
木曜担当のよこてんです。
今回は前回に引き続き豪・ヴィクトリア州の競馬統括団体レーシング・ヴィクトリアが実施している引退馬サポートプログラム「Off The Track」のお話を。 昨年の10月になります。メルボルンカップを始めとしたスプリングカーニバルの取材でメルボルンに滞在していた自分は、レーシング・ヴィクトリアの協力を得て「Off The Track」の事を教えていただくべくプログラム担当者さんに取材をさせていただきました。 なお取材が昨年ですので数字等は昨年の取材時点までの実績、あるいは2018-19シーズンのものであることを最初におことわりしておきます。また現地在住の中村純一さんに通訳をお願いいたしました。ありがとうございました。 ★フレミントン競馬場の傍にあるレーシング・ヴィクトリア本部 ★余談ですが本部棟はフレミントンの直線コースのスタート地点の上にあり、ホールから直線コースを見通すことができます -まずこの「Off The Track」でこれまで何頭くらいの競走馬が再教育の機会を得たのでしょうか? 「今年(※2019年)の1月から7月までで300頭以上です。これまでの総数となると、私がこの役職についたのが最近なのではっきりとした数字をお伝えできませんが、概ね毎年それくらいの数になると思います」 -その再教育を受けた馬たちのために競技会などを開いているのですね 「私達は引退馬が参加できるよう多くの競技会を主催していて、ヴィクトリア州全体では約1万5000頭の馬と多数の人がそれらのイベントに参加しています。 我々は全ての馬の余生を決めてあげるだけの予算までは持っていません。なので競技会を開くことで需要を作る、馬が活躍する場を拡げていく事を推進しています。それがこのOff The Trackプログラムの大きな目的の一つです」 -TV番組を活用しているのもその一環なのですね 「そうです。チャンネル7で放送されている“Junp Off TV”はOff The Trackプログラムを広報するために我々がスポンサードしている番組ですが、非常に大きな関心や興味をひいていると感じます。たくさんの人が番組を見、ソーシャルメディアで触れていますからね。 番組の1年目のシーズンはヴィクトリア州だけでしたが2年目のシーズンは対象を全国に拡げました。NSW州やQLD州もですね。この番組は一般の人たちにもプログラムの事、引退馬の事を紹介する機会を作ってくれる、非常にポジティブな役目を果たしてくれていると思っています」 -この「Off The Track」プログラムは馬が競走馬引退後の生活の場を得るための教育だけでなく“それを行う人”、人的資源の教育も目的にしていると思ったのですが、いかがでしょうか 「はい。競走馬の再教育のやり方だけでなくトレーナーのビジネスに対する講座も行っています。法律だったり簿記だったりですね。トレーナーはビジネスとして再教育を行っていますから、それが円滑に進みビジネスとして成り立つようにしていくサポートもしています」 -現在、このプログラムに参加するトレーナーは何人くらいですか? 「現在(※2019年10月)は53人の認定トレーナーがいます。馬が増え、トレーナーも増える事で、より多くの競技を開けるようになってきています」 -それらトレーナーに対する支援とか補助はあるのですか? 「先ほどあげた講座がそうですし、例えばメディアで、ソーシャルメディアや雑誌などで紹介する際の費用を負担しますし、再訓練した馬を販売する場合にはその広告を出したりしています。“Horse Deales”という雑誌をご覧になってみてください。 引退馬の調教を行っているトレーナーには著名な人も多く、それ自身でビジネスとしてうまく行っているとも思っています。我々はさらに興味を惹くようなサポートのやり方を常に模索しています」 ★Horse Dealesは一冊まるごと馬の売買の雑誌。Off The Track馬の販売ページがあり、認定トレーナーの販売馬にはエンブレムも -ニューサウスウェールズ州やタスマニア州にも引退競走馬のサポートを行うプログラムがあるようですが、ヴィクトリア州のプログラムと連携などはしているのでしょうか 「行っている事、コンセプトは少し違います。ヴィクトリア州は馬術競技の大会のスポンサーとして大会を開くことで引退競走馬の活躍の場を増やす方向に予算を使っていますが、ニューサウスウェールズ州は大会のスポンサーよりは引退競走馬の調教をする人を雇ったり施設を作ったりする方向性です。 ヴィクトリアもニューサウスウェールズも地元産業に最適なものを選ぶ判断をしているのだと考えています。地元の視点から最適と思われる戦略や方法を採っているわけで、いろいろなやり方があるのは良い事だと思っています」 -レースの主催者が引退競走馬のサポートに強く関わっているのはどんな目的があるのでしょうか 「需要を作り動かすことだと考えています。馬術競技会で活躍できる馬を提供する事でそれを買おうと思う人が生まれますし、引退馬に適切な“第二の人生”を送る教育を施すことで、例えば警察に入る馬もいますしね。競走馬がセカンドキャリアを送るための教育を受ける事ができる機会を作ることは、それだけ新しい競走馬が入ってくるモチベーションにもなりますから、我々の業界全体を支える重要な原動力になるでしょう」 -現在はOff The Track専門の大会などを行っていますが、将来はどのような形でプログラムを進めていくのでしょうか 「現在は個別の大会、例えば障害馬術であったり馬場馬術であったりポロ競技であったりの大会を我々が用意したりスポンサードしたりしていますが、将来的にはそれらの大会を取り仕切る団体に予算を出す形にしていきたいと考えています。 そういう大会が盛んになり、メディアで注目を集め、それが引退馬の需要の高まりにつながれば我々にとっての利益になるわけですからね」 -Off The Trackプログラムで再訓練された馬の需要はどれくらいのものでしょうか 「非常に大きいですよ。このプログラムの馬のための特別な競技会がある事はよく知られていますからね。そこに出場して賞品や名誉を得たいというのが再訓練された引退馬の需要の大きな原動力になっています。 このプログラムで再訓練された馬はひとつのブランドとして定着しているでしょう。ブランドに興味を持ってもらえることが馬の価格決定にも良い影響をもたらしています。好循環になりますよね」 -Off The Trackプログラムで再訓練された馬の販売価格が非常に手頃に見えるのですが、レーシングヴィクトリアとして何か“あまり高くするな”というような指導というか価格に関与しているのですか 「そうですね、リーズナブルだとは思いますが特に関与はしていません。販売価格は馬自身の経験やどの分野に向かうかでも価値が変わってくるものでしょうから」 -最後の質問ですが、Off The Trackプログラムで競走馬を引退して他の分野に行った馬もいつかそれを“引退”する日が来ると思います。第三の人生になるわけですが、そこにはなにか関与する計画などはありますか 「来年度からになりますが、競技を引退した馬をセラピーホースとして余生を送れるようにするプログラムを進める予定です。サブゼロをご存知かと思いますが、学校を訪問したりしていますよね。セラピーホースの需要は今後高まっていくと考えています」 ★11月のオークスデーに行われる伝統の芦毛馬限定レースは昨年は「Off The Track Subzero Handicap」と名付けられ、パドックにはサブゼロの姿もありました サラブレッドに限らず「馬生産大国」のオーストラリアでは、競走馬の第二の“馬生”を探っていく取り組みが続けられています。 オーストラリアでは競馬はギャンブルの面だけではなく、様々な産業の組み合わせで広く成り立っている、州の、国の基幹産業であるという認識があり、それが昨今のコロナ禍の中でも競馬だけは(制約を受けつつも)開催できている理由にもなっています。同時にそれが、競馬統括団体が競走馬の余生に直接関与する方策を採る理由でもあります。 馬が関わる様々な競技やイベント等の裾野がそもそも広い国だという前提条件はあるにせよ、このように競馬主催者レベルから競走馬の一生にコミットメントしていくやり方はひとつの方向性として参考になるのではないでしょうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年08月07日 14時29分11秒
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