安藤建築・大山崎山荘美術館
安藤建築の中でも代表作としてあげられることの多い、「大山崎山荘美術館」を訪問しました。実際に安藤氏が手掛けたものは、現在の本館部分のリノベーションと、本館から接続され地下に下っていく通路と地下に造られた新館「地中の宝石箱」です。 大山崎山荘について簡単に記載しておきます。これを建設した関西の大実業家、加賀正太郎は、当時加賀証券という証券会社のオーナーで、ニッカウヰスキーの筆頭株主という、関西の大実業家でした。さらに登山家としてまた洋蘭の生育家(研究家)としても功績を残しました。彼は実業家としての全盛期に、当時傾倒していたヨーロッパを意識して、英国風テューダー様式の山荘を、建設しました。大正元年から20年間かけて完成させたそうです。彼の没後、加賀家はこれを手放し、荒廃していたところ、京都府の要請でアサヒビールが買い上げ、美術館として再利用することになりました。同社の所有するクロードモネの「水連」などの作品が展示されています。安藤忠雄氏は現状の優美な建築を最大限に生かすことに注力したようです。本館のドアを開けるとすぐにある受付(入場券を買い求める小さなカウンター)に2人の女性係員さんがおられました。私が、室内はどこを改装したのですかと尋ねたところ、「1階ではこのカウンターテーブル位でしょうか…安藤氏が手を加えたものは…」といって、アンティークなテーブルを示されたことがとても印象的でした。ミニマムインターベンション(Minimum intervention)「最小限の干渉」という修復方法を貫いたようです。テラスは現在、美術館の喫茶室のテラスとして利用されています。ここからは遠く、木津川、桂川、宇治川の三川合流を望む、山崎の壮大な景色を楽しむことができます。当時成功者だった加賀氏が、このテラスで自分の経営するニッカウヰスキーの水割りを飲みながらゆっくりとくつろいで景色を眺めていたのではないかと、その当時の彼の栄華を想像してみました。安藤氏は、自分の建設する新館がこの優美な大正ロマネスクのテゥーダー様式と共存するために、あえて地下にそれを建立したのでしょう。世間では時折、氏のことを「エゴイストという風に評されることもありますが、この作品や直島(瀬戸内海)の地中美術館に実際に足を運んでみて、周囲の景観の中でその建築を実際に体感してみると、氏の評価として的を得たものでないことが理解できます。私が訪問した時には、現代作家の椅子の展示会が行われていました。世界的な偉大な作品モネの「水連」のすぐそばに新進気鋭の若手作家の工芸品が展示してあるの見てこの美術館の運営ポリシーに対して強い敬意を感じました。アサヒビールさんのおかげで、この美しい建造物が、単に保存されているだけでなく、現役の美術館として利用され、多くの来場者を受け入れていること。また近代建築との融合でさらに未来に受け継がれていくことに改めて企業文化の在り様を見せていただいたように思いました。現在,新々館の建設が安藤氏のもとで着工しているようです。