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1

室町

2018.04.10
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カテゴリ:室町
紀元前
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1335年


2月


29日(1336年4月11日)
延元の乱が起こる
足利尊氏
鎌倉時代後期から南北朝時代の武将。
室町幕府の初代征夷大将軍

征夷大将軍とは蝦夷を討つために任命された朝廷の機関であったが、いつしか幕府将軍のことを征夷大将軍と時代を越えて呼ばれるようになった

後醍醐天皇




6月
後醍醐天皇暗殺計画が陰謀された


7月


23日(1335年8月12日)

中先代の乱
*1

両面使える Youtubeの授業講座に便利
ホワイトボード 幅1200 x 高さ905mm


*1 3:43~
鎌倉幕府再興のため北条時行が残党を集め挙兵し反乱を起こした

自殺した鎌倉幕府 北条高時

のこども(時行)

*1 4:20~
後醍醐は足利尊氏

を鎌倉に派遣
し、時行を滅ぼした(旧暦8月8日参照)

護良親王(28)は殺害される(後醍醐天皇の皇子)

*2


*2 0:00~
時行は鎌倉を一時支配
北条時行が鎌倉へ乱入した際(=足利直義(足利尊氏の弟))が逃れる際)に、直義は、家臣淵辺義博(ふちべのよしひろ)に命じ幽閉されていた護良親王の殺害を命じた。

護良親王が幽閉されていた土牢


8日
一時は鎌倉を支配していた時行だったが旗色が悪くなって攻められてしまい追い詰められ自害した





8月
後醍醐天皇の命令を待たずに鎌倉奪回
*1


*1 6:17~
足利尊氏は、勅許を待たずに鎌倉に下向し、足利直義と合流して、鎌倉を奪回した。



4日
夜の東京は大雨だった。 暴風のため*1高幡不動が倒壊

*1寺

7年後、真言僧儀海が麓に移し建てた

*1「建武二年(1335)八月四日夜の大風の為、不動堂が倒れた折*2不動尊像が落ちて鼻をついた所と 伝へられている」

*2不動明王



19日
足利軍はついに鎌倉に突入した


11月


19日(1336年1月2日)
顕家は、まず足利義詮・桃井直常らの足利勢を破って鎌倉を制圧する

そのまま東海道を 進撃して、1月12日には近江愛知川に達す。

25日(1336年1月8日)
三河国矢作川の戦い


1336年


1月


24日(旧暦1335年 建武2年12月11日)
足利尊氏と新田義貞(源義貞)が激突した。足利尊氏率いる北朝側の勝利。静岡県小山町竹之下で「箱根 ・竹ノ下の戦い」と呼ばれます。 足利軍は、その勢いで京都へと攻め上りますが、天皇方の北畠顕家らの活躍によって敗走します


主な出来事
大麻の頒布が広まる 室町時代 大麻の頒布が広く行われるようになる

足利尊氏が入京する

足利尊氏十七条の憲法を手本にして、建武式目を定めた 建武 3年 足利尊氏が室町幕府の式目、施政方針を示した式目を定める 建武式目である 聖徳太子の十七条の憲法に影響されたとあり式目は2項目17個ある

後醍醐天皇(南朝の第96代)は、尊氏の離反に対し新田義貞に追討を命じた 鎌倉幕府討伐に貢献した足利尊氏も命令に従わず後醍醐天皇(南朝の第96代)は、ついに朝廷では最大の功 労者足利尊氏の討伐を下す。 後醍醐天皇(南朝の第96代)の長子、尊良親王を上将軍とし、新田義貞以下の軍勢をつけた。

足利尊氏は新田軍を撃破

後醍醐天皇(南朝の第96代) 二万余騎の勢を従えて比叡山へ、勝 利の見通しが立たないため足利尊氏の誘いで和解へ

後醍醐天皇(南朝の第96代)は足利尊氏と和睦することを思いつく 比叡山から下り、三種の神器を足利方へ 渡す 後醍醐天皇(南朝の第96代)は恒良親王に三種の神器を渡し皇位を譲った上で、足利尊氏と和解し京都に戻 った 光明天皇(北朝第2代)はこれを 偽ものである と宣言 (本物は後醍醐帝が吉野に携えていったという)

三種の神器の無い状況で光明天皇(北朝第2代) が即位する 再び 南北朝分離へ 南北朝時代と言われ2つの朝廷 2つの天皇がいた時代だった 京都に光明天皇(北朝第2代)、吉野に後醍醐天 皇(南朝の第96代)


後醍醐天皇(南朝の第96代)は敗北後、吉野で新たな朝廷、南朝を起こし、足利尊氏の作った北朝に対抗し 、南北朝時代を迎えることとなります。 この時代は三種の神器が皇位継承の絶対条件ではなかった



1338年


5月


3日
恒良親王(後醍醐天皇の子) 薨去(死去)


8月


11日(9月24日)
足利尊氏征夷大将軍に任命室町幕府が開かれる



1339年


8月


26日
*1後醍醐天皇(南朝の第96代)は奈良の吉野に逃れるものの失意のうちに吉野で崩御

*1崩御された後醍醐天皇


*1「後醍醐天皇は左手には法華経の五巻を持ち、右手には「剣」を握りしめて崩御さ れた」と記載されている。

*1天皇陵は通常南向きだが、こちらは*2北を向いています。

*2後醍醐天皇の遺言で*3京都の方角(北)を向いているそうです。

*3最後まで京都に帰れず、京の都に未練を残して*1崩御された。

*1後醍醐天皇*4空海が唐から持ち帰った法衣を着て、大日如来を示す太陽を冠に戴いた異形の天 皇で在ったとされる

*4空海

*4真言宗の祖




1351年


1月
尊氏,桃井直常と合戦し利あらず播磨に退却
2月
光明寺合戦。打出 浜の戦い,尊氏,直義軍に破れ敗走。


1354年


4月
南朝主戦派の 北畠親房没


10月
足利義詮、 直冬討伐のため出陣


1356年


大内義弘 生誕


1358年


4月
30日
足利尊氏(54) 死去 洛中(二条大路高倉)の自邸で亡くなりました ￿


1359年


足利義詮 2代目将軍となる ￿








Last updated  2018.04.30 13:31:20
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2018.04.08
カテゴリ:室町
紀元前
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1362年


2月



7日(康安2年/正平17年1月12日)
*1佐竹義篤 死去
*1鎌倉時代、南北朝時代の武将、佐竹氏の第9代当主


*1細川清氏*2斯波(しば)氏*3佐々木道誉らとの政争で失脚し、南朝に属して阿波へ渡った。
*1細川頼之の従兄

*1細川清氏


*1南北朝時代の武将大名。
*1室町幕府2代将軍足利義詮の執事、伊勢・伊賀・若狭守護。

足利尊氏が死去(延文3年/正平 13年=1358年)して仁木頼章が執事(後の管領 )を退くと、*1 2代将軍足利義詮の最初の執事に任ぜられた

*2 室町幕府将軍足利氏の有力一門

*3佐々木道誉



3月


*1頼之は将軍義詮から清氏討伐を命じられた

*1細川頼之


5月


30日(康安2年/正平17年5月7日)
*1懽子内親王
*1鎌倉時代、南北朝時代の皇族、伊勢斎宮、光厳 上皇の妃(*1315年)


7月


28日(康安2年/正平17年7月7日)
*1杲宝 死去

*1鎌倉時代、南北朝時代の真言宗の僧(* 1306年)


8月


14日(康安2年/正平17年7月24日)
*1細川清氏 死去

讃岐へ移った*1清氏勢に対し、頼之は*2宇多津の兵を率いて白峰城でこれを破った。

*2香川県綾歌 郡宇多津町

*2清氏はこの戦いで戦死


*1南北朝時代の武将(* 生年未詳)


11月
19日(貞治元年/正平17年11月3日)
*1大友氏泰死去

*1南北朝時代の武将、大友氏の第7代当主(* 1321年)


1362年の出来事


正法禅寺 *1建立
rblog-20180408155656-00.jpg
*1静岡県袋井市



天恩寺*1建立

山号は廣澤山、臨済宗妙心寺派の寺院。
*1足利尊氏(1358年没)の遺言により、貞治元年(1362年)、足利義満により建立。


*1度会家行(わたらいいえゆき)死去
*1伊勢神道を大成
*1福沢諭吉が影響を受けてそうな言葉を世に*2残している

*2神は正直をもって先とし、
正直は清浄となって本となす


*1光厳法皇(天皇)が*2常照皇寺を開山された
*1光厳法皇

*1南北朝時代に北朝初代の*1天皇となったが政争に敗れて出家
*2京都市右京区京北井戸町)=(旧京北町)。
(京都市内から40キロ、車で約1時間の距離にある)

*1光厳天皇の木彫像

非常にリアルで怖い(実物大だが昔の人は小さかったという声もある

*2 1579年に*a明智光秀の手により全焼したが、江戸時代に 入り、*b御水尾天皇や*c徳川秀忠の援助により再興した

*a明智光秀


*b御水尾天皇*c徳川秀忠


*2常照皇寺*3桜だけでなく紅葉も綺麗で人気があるという

*2納豆発祥の地とも*4言われている

*4里人が納豆を*5献上している様子を描いた絵巻が残っているそうです。

*5御所を退き、この地に住まわれた*1光厳法王(天皇)

*2奥の細道


また、*2常照皇寺*1光厳天皇の人柄が溢れているのだとか

*3九重桜 (ここのえざくら)
国の*3天然記念物になっている
*3九重桜*1光厳法皇のお妃様の名前が由来となっている
rblog-20180408164332-00.jpg

*3「九重桜」は、*1光厳法皇の実弟である光明天皇が贈られた








Last updated  2018.04.19 12:39:34
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1333年(元弘3年/正慶2年)


1月


15日
*1陶器城(大阪府堺市)は、鎌倉時代の終わり頃北条氏の家臣陶器左衛門尉の居城でしたが、
元弘3・正慶2年楠木正成一族に攻め滅ぼされました。

*1現在、本の丸が東陶器公園となっていて、フェンスと公園(案内)となっているだけ


21日
後醍醐天皇(第96代)の皇子・護良親王の令旨を受けて*1赤松 則村は反幕府勢力として挙兵する 。

*1赤松 則村(あかまつ のりむら)


*2足利尊氏・名越高家は鎌倉幕府の命を受け、反乱軍討伐の大将として、一族・被官以下3千余騎 を率い鎌倉から京都都へ向けて出立。

*2足利尊氏



2月


11日
六波羅軍2万が攻め寄せてくるが、赤松軍が得意とした野伏り戦を展開し撃退した


24日
後醍醐天皇(第96代)が*1配流先の隠岐を脱出して京へ向かう
*1島根半島北

24日
勢いを駆った円心は尼崎の久々知に陣取り、酒部に進出


3月


10日
六波羅軍1万が瀬川に布陣した


27日
上方で元弘の乱が起こる

27日
足利高氏が鎌倉から派遣された

27日(1333年6月10日)

*1名越高家*2赤松則村との合戦で敗死

*1北条氏の一門

*2朝廷側(後醍醐天皇)に組して鎌倉幕府倒幕の挙兵をした人物


28日
再起した円心は山崎と八幡に陣取り淀川と西国街道を押さえ兵糧攻めに切り替え京都を攻めたが、六 波羅を落とせず八幡で待機 4月 16日(1333年6月1日) 足利高氏、京都着。


5月


4日
新田勢は、由比ヶ浜の家々に火を放ち、愈々北条を追い詰める。


8日


*1新田義貞*2生品神社(上野国)で北条氏討伐の旗挙げ。

*1わずか150騎で旗揚げでしたが、西進して越後の越後・甲斐・信濃の同一族と合流する。

*1武将正式名 源 義貞

*2群馬県太田市新田市野井町
8日
円心は千種忠顕や結城親光、高氏らに合流して京都を包囲、六波羅を陥落させた。


9日(1333年6月21日)
六波羅探題北方の北条仲時一行(*2)432人が*1集団自決した

*1集団自決


(*2)北条仲時以下432名*3墓所


*3蓮華寺

9日
新田義貞ら、利根川を渡って武蔵国入り


14日
合戦前夜、鎌倉軍の北条泰家軍二十万騎は、*1よこやまの道の尾根で息を潜めて一夜を明かした。
*1若葉台〜唐木田


15日
*1 分陪河原の合戦 正慶2年

*1武蔵国多摩川畔の分倍河原で、鎌倉幕府軍と新田義貞軍が激突 幕府軍の増援を知らなかった*2新田義貞軍は多摩川で大敗

*2新田軍が幕府軍に対し決定的な勝利を収めたことにより、 幕府軍は完全に守勢に転じたとの意見も

*1現在の東京都府中市


*1分陪河原


相当の死傷者を出したという


16日
新田義貞軍は府中の分倍河原で*2北条泰家率いる幕府軍を下した

*2北条泰家


*3関戸の戦い
*2家臣の横溝八郎などの奮戦により鎌倉に生還。一命を取り止め鎌倉に逃走したが*4横溝八郎(*4)安保 入道父子は*3関戸で*4討死をした

*3霞ノ関(現在の東京都多摩市関戸)一帯

*4横溝八郎之墓(*4)


*観音寺では、毎月16日に供養を行っている

*2北条泰家は鎌倉に逃げ戻った


18日
村岡の合戦(藤沢市)で飽間氏3人が亡くなった


その名前と日付を彫り込んだ板碑


18日
(1333年)6月30日 元弘の乱:鎌倉幕府軍と新田義貞率いる反幕府軍の合戦・鎌倉の戦いが始まる。


21日
*1新田義貞*2干潮を利用して難攻不落の城塞都市鎌倉を攻め落とした


*2夜半の干潮時(干潮になると海底が現れ陸続きに)、新田義貞軍がここから海伝いで鎌倉市内に突入した

*1新田義貞



22日

(引用文)
向こうに見えるのが稲村ヶ崎です。新田義貞は幕軍を撃破しつつ南下し、数日の攻防戦の後、*1稲村ヶ崎 の沖合を突破して、こちら側の*2鎌倉に突入しました

*1稲村ヶ崎の沖合を突破(*2)


22日(1333年7月4日) 足利高氏が京都を攻め幕府軍を破り、新田義良が鎌倉攻め落とし鎌倉幕府が滅亡した


鎌倉幕府滅亡 148年間 続いた

22日(1333年7月4日) 鎌倉幕府第15代執権北条貞顕(56)死去 自刃

22日(1333年7月4日)


*東勝寺跡

新田義貞の鎌倉攻めにより屋敷を焼かれた北条高時が一族郎党をこの寺院に集め、堂に火をかけて一 族郎党800人ともに自害したといわれています

東勝寺 *かつて神奈川県鎌倉市葛西ケ谷にあった寺院で、鎌倉幕府の執権として活躍した北条氏の菩提寺のひと つ。関東十刹の一つであった。 東勝寺で自決した北条一族とその家臣が供養されている。


30日
円心は六波羅陥落後、帰洛の途についた後醍醐天皇に兵庫で拝謁している


6月


鎌倉幕府滅亡後 *1後醍醐天皇(第96代)

「*1親政」を開始
*1天皇が自ら行う政治*2建武親政と呼ばれる

後醍醐天皇の建武の親政 ~何をしたか

土地の所有権をすべての無効化した
(土地を所有する場合、天皇の許可が必要となるようにした)
裁判所を作った
行政の記録所を作った
武士の管理所を作った

関東の監視
*2建武政権では、鎌倉倒幕に貢献した足利尊氏の弟の*3足利直義が執権を務めた。
義博は直義の配下として鎌倉にあった。 *3関東支配及び監視のため*1後醍醐天皇は鎌倉将軍府を置いた
陸奥(東北にも)



関連アイテム 室町幕府は第5巻に掲載
まんが NEW日本の歴史 全巻オールフルカラー







Last updated  2018.04.12 10:03:20
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