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カテゴリ:旅行
オーストラリア旅行12最終話
最後までハードトラベルーーーーーわっはっは╰(*°▽°*)╯ 帰り便は、シドニー発10時5分の出発予定の段取りで、日本に帰って乗り継ぐ10時35分難波発宿毛行のブルーライナーには十分に余裕がある筈だった 数日前出発時間の確認をすると、シドニー発が50分遅れの10時55分になっていた それでも十分に間に合う時間である ところがまさか当日になり、更に1時間出発時間が遅れることになった オーマイガッド╰(*°▽°*)╯ 12時にシドニー発、日本に着くのは夜9時である。そこから預けた荷物を貰ったり、入国審査を受けたり、優に1時間は時間がかかる。ということは10時になってしまうので、到底バスには間に合わない。 ところが、日本とオーストラリアには1時間の時差があるため、到着時間は9時ではなく、日本時間8時になる 8時であれば、入国審査を1時間以内に終わらせ、9時の電車に乗れば、10時前にバス発着所の有る難波駅に着くことができるので、迷子を繰り返さなければ、十分間に合う時間になる いずれにしても2時間遅れの飛行には戦々恐々、乗り継ぎバスに乗り遅れまじの気持ちを抱きながらの帰路の飛行になった 幸いなことに、天候はよく、大きな揺れもなく、私などでも余裕の空の旅であった。到着時間に気を揉みながら、却ってそのことが気になり、苦手な飛行機の時間もあまり気にならずに過ごすことができたようである 結果オーライ 到着時間は日本時間で8時過ぎ 飛行機が停止するのも待ちかねて、シートから立ち上がる これにはさすがに、アテンダントさんから着席の指導(笑) 扉が開くと順調に進み、顔認証を受け、入国チェックがあっという間に終わった。 まだ8時20分である これで預け荷物を受け取り、難波行の電車に乗ればいいだけだ しかし、なかなか荷物が流れて来ない。 先発の香港着の荷物が回っているばかりで、シドニー便の荷物は準備中の掲示がされたまま30分近くが過ぎた 細君の目立つスーツケースが流れてきた。私の荷物も これで何とか間に合う 一緒に帰ってきた姉夫婦にお礼を言っていざ電車へ進むはずだった ここで税関に引っかかった 「税関では、テロの未然防止や密輸阻止を図りつつ、迅速かつ適正な通関を行うため、日本に入国(帰国)する全ての方に「携帯品・別送品申告書」を提出していただいております」とのこと えーー書いていない 確かに機内でアテンダントが、「携帯品・別送品申告書」のカードを配っていた 出国カードと違い、私は申請が必要な人が任意で出すものと思い、要らないと手を振って、高を括っていた ところが全員出さなければならないものだった! あちゃちゃー 油断大敵である それでもチャチャっと書き上げて、入国審査も無事終わった いよいよ闘いである(^///^) 細君をせかせ、前にデイバックを抱え、背中に中身が詰まりパンパンのテニスバックを背負い、両の手にスーツケースを1個づつ持つ まさに荷物まみれ それでも、気合十分 難波行電車乗り場にレッツゴー 難波行電車に乗り込んだのが9時過ぎ 9時14分発の難波行電車に乗ることができた 電車は比較的すいていて、荷物を座席に座らせて、汗みどろになった細君と私も泥のように座席に座りこんだ 何とか、難波駅に着く前に、再び英気を取り戻した ~~>_<~~ 時間に余裕はない状況ではあるが、頑張れば間に合うタイミングである 難波駅からバスターミナルまでは、北口出口を出て、後は掲示に従って、15分ほど歩くだけで着く簡単な道程のはずだった しかし、ここからが地獄の始まりだった。 取り敢えず、元気を取り戻した私たちは、阿修羅のごとく鬼面の様相よろしく、大きな荷物を抱えて歩き出した 北口出口を出て、予想より小さな掲示案内を探りながら進んでいると 「駅外からの道は自信がない。」と細君が言い出した これまで何度も利用して慣れている細君は、いつも駅構内を移動して、バスターミナルに行っているとのことだった 万が一にも迷子になりタイムをロスしてはいけないので、時間が切迫している中ではあるが、もう一度やり直しをすることにした 再び電車入口まで引き返し、今度は駅員に場所を確認して、再びスタートした 時刻は切迫してきている 急いで急いで、小走りに、荷物をひっ転がしながらどんどん進む すると更なる試練が待ち受けていた 時間が遅くなるとほとんどのエスカレーターは止まってしまっていた 階段の上がり降りはすべて自力で行わなければならなくなっていたಥ_ಥ 大きな荷物を抱え上げ、気力で階段を上り切る 最後の階段を上り切るところでは、残り1/3を残して、足が止まってしまった。 息は切れ切れ、それでも最後の気力を振り絞り、上り切るとそこはターミナル やったーー^_____^ イヤまだ細君が来ていない あわてて、エスカレーターまで引き返すと、若い女性が細君の荷物をエスカレーター上まで運んでくれていた 細君はまだエスカレーターの中段に立ち止まっていた それでも、私以上に、ほぼ限界を超えた体で、一段づつ上ってきた 聞けば、最後のエスカレーターを上ることが出来ず、躊躇していると、随分と離れたところから件の娘さんが駆け寄ってきて助けてくれたようである。 重いほうのスーツケースを上まで運んでくれたところを私が見たという顛末である まさに地獄に仏 日本人もまだ捨てたものではない 若い娘さんに心から感謝 細君もやっと這うようにエスカレーターを上り切り、バスターミナルに到着した 既にバスの出発時刻は過ぎていた 「ブルーライナーの乗り場はどこ?」 大きな声で聞くと担当者らしき人が7番方向に案内してくれた 細君は反対方向に行こうとしていた 急いで呼び戻し、7番乗り場に着いた時、ほぼ、出発すべしと運転手が、預かり荷物のドアを閉めようとしていた やっとのことで間に合った 細君も私も息切れ切れに予約の席に乗り込んだ 大きな息を繰り返し、汗みどろのその異様さは、周りを恐怖させたのではないかと心配すること頻り、冷や汗ものだった>﹏< それでも何とかバスに間に合った >﹏< イヤ間に合わせた ☆: .。. o(≧▽≦)o .。.:☆ さあ四国へ 自宅まではもう少しだ 最後の最後まで イヤ最後に 最大の試練が待ち受けていた、何ともエキセントリックでハードな私達のオーストラリア旅行は、ひとまずこれで幕を下ろす 娘夫婦をはじめ、一緒に行ってくれた姉夫婦、息子や娘のいとこなど、言葉にできないほどの感謝感謝感謝である こうして、驚くほどの素晴らしい体験に彩られた私達のオーストラリア旅行は終わった☆*: .。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.10.03 08:39:52
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