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Eastasian in peninsula.

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2007.07.01
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カテゴリ:想書、看書而想
「趣味は読書」と言う人は多いと思いますが、色んなタイプがいると思います。
休み時間でもいつも本を読んでいる人。とにかく読むのが速い人。二冊以上の本を同時に読める人。いつも読んでいるわけじゃないけど、一度読み始めると徹夜してでもやめられない人、などなど・・・

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私が本格的に「趣味が読書」になったのは、中学校時代でした。

いまでもそうなのですが、私は読書スピードは人並みです。中学時代は速読術とか話題になっていたので挑戦したこともありますが、ダメでした。斜め読みとか、二行読みとか、出来る人は出来るみたいですけど。
それと「徹夜で読書」とかもあんまりしたことありません。単に集中力がないだけかもしれませんが。

私の読書は、言ってみれば、「スピード」型でも「徹夜・集中」型でもなくて、「いつも読んでる」型です。「読むのは遅いし、一気読みも出来ないけれど、常に何か読んでいる」というタイプ。

もちろん研究のために資料を読んだりする場合は、読書スピードや読書集中力(←造語)は大切で、その意味で私は非常に不利。でも、こういうのも人間の質の違いなのでしょうがないような気もします。

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ところで、私は中学校の卒業文集でエッセイみたいなものを書いたことがあります。
あくまでも「みたいなもの」なのですが。

その中の一篇として「こんな時僕が読みたい本」という、『枕草子』の「ものずくし」章段の真似事みたいな文章を書きました。詳しい内容は忘れちゃいましたが、「机の上に意味不明な記号を見つけた時―スパイ小説」みたいな感じだったと思います。たぶん。

どうして、中学生の私はこんな面白くもない文章を書いたのか?
何分アホな厨房時代のことですので定かではありませんが、とにもかくにも「読書」という行為に対する過剰な意識を見て取ることは出来ますね。

だって卒業文集ですよ?普通の人は「楽しかった修学旅行」とか「部活の思い出」とか書いているんですよ?
全く頭おかしいです>中学生の俺。

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しかし。
この「こんな時僕が読みたい本」という駄文に書かれたことは、今の私自身の読書傾向や読書に対する考え方とあんまり変わらなかったりします。

私にとって、「読書」とは現実と乖離した単なる娯楽・息抜きというのとはちょっと違う。
というのはこのブログの読書カテやマンガカテを見れば一目瞭然なのですが。
もっとも「悲しい小説を読んだ日は気分も悲しい」とかそういうのともまた違います。
何と言うか、もっと「自分の現状」とか「今自分が考えていること」とかにリンクしている。

だから「読書」という行為自体は非常に受動的であるにもかかわらず、「読書」に対する目的意識としては「自分の中で何処かが反応して何かが形成されていくという期待」も含めて本を読んでいるのかもしれません。

厨房shの書いた駄文「こんな時僕が読みたい本」は「現実で○○ということがあった~→そういう時は△△のジャンルの本を読むね!」という文の羅列で構成されているのですが、これは「△△という本を読んだ→現実の○○はこうなんじゃないか?」というある意味一般的な読書の考え方?とは逆の道筋をたどっています。

「『読書』自体は受動的な行為だけど、どんな本を読むか選択するのは能動的な行為だ」と、たかが厨房が意識していたとは思えませんが、これも私の読書型が「スピード型」でも「集中型」でもない、「いつも読んでる型」だったからこそ形成された考え方だったんじゃないかな、とか思います。
そして人生とか生活の中で、「何を読むか?」と「読んでどう思ったか?」という二つを合わせた意味での「読書」という営みが、唯一無二とは言わないまでも、かなりの影響力を持つに至ったのではないかと。

・・・なんかここまで大げさに書くと「読書オタク」とかそういうレベルじゃない。ある意味「読書廃人」ですね。

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何時にもまして前置きが長いですが、藤沢周平『ふるさとへ廻る六部は』。

オンライン書店ビーケーワン:ふるさとへ廻る六部はふるさとへ廻る六部は藤沢 周平著1998.1新潮社

これは藤沢周平が雑誌新聞等に発表したエッセイをまとめたもので、あとがきは平成七年(1995年)になっています。昭和末から平成初期に発表した文章が多いです。

藤沢周平は山形県出身ですが、若くして上京して小説家になりました。
この本の前半部は、藤沢周平が自分の故郷山形について思いを馳せ、さらにそれ以外の岩手や青森なども含めた「東北」全体について改めて興味を持ち始めた経緯について書いています。

本によると藤沢周平という人は自律神経失調症をわずらっていた時期があるらしく、そのせいもあってあまり旅行などには行っていなかったようですね。東京でひたすら時代小説を書いていた。
その著者は、自身の「東北回帰」についてこう書いています。

「つまり世の中をぐるっと迂回して、興味がまた東北にもどって来たということで、本人は東北を認識し、あわせて東北人である自分を再認識するための旅と思っているのだが、ひょっとするとこれが、むかしの人が言った『ふるさとへ廻る六部は気の弱り』ということかもしれないのである」(文庫版62p)

「ふるさとへ廻る六部は気の弱り」。
六部、とは諸国を巡る僧侶のこと。全国六十六ヶ所の霊場を巡るのが彼らの務めです。
この川柳は、その六部がふるさとへ向かうのは気の弱りからだ、と揶揄しているのだと思います。それを使って藤沢周平は自身の「東北回帰」をちょっと自嘲的に表現している、と。

藤沢周平は自分の「東北回帰」は彼自身が「半分以上東京人になってしまった」から、「しなければいけないこと」として浮かび上がってきた、とも言っています。

自分自身が「東北人」ならば、実際に見ていようがいまいが、その「東北」を確認しようなどと考えるわけはない。「東北人でなくなってしまった」からこその「東北回帰」。

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藤沢周平のエッセイは始めて読みましたが、とてもまっとう、というか正直というか。やはり小説と同じ雰囲気です。

平成二年に書かれた米の自由化反対運動に関する下りは、韓米FTAで浮かれている半島住民にも読ませてやりたいですね。
また、自分は反対なのに自由化反対運動に参加要請されてそれを断ったことについては、「反対は反対だが、ではどうするのかという青写真がないから」といっていて、客観的には曖昧な対応なのかもしれませんが、これも私個人は非常に好感が持てます。

あと「岩手夢幻紀行」は良かったー。私も訪ねたことがある場所がたくさん出てきて、「あー、そういう見方もあるかー」と。はわー、岩手行きたくなってきたー。

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「東北人 IN 東京」な藤沢周平の「東北回帰」。
確かに、人は異郷に来て初めて自分の故郷について深く思いをめぐらすもののようにも思います。

韓国に来て一年近くが経ち、まあ韓国語も全く話せるようにはなっていませんが、いろいろと「日本」について考えさせられることが多かったように思います。

大陸にいたときは、外国生活自体が初めてでハイテンションだったし、子供の時から憧れていた中国のという国の雰囲気や文化を(時に幻滅したりしながらも、それなりにw)楽しんでいたし、何より日々の留学生活が楽しすぎたので、それが終わった時も中国を離れることに対する感慨は非常に強かったけれど、「日本」に対してはこれといった思いを抱いていなかったのですが。

今回はなんかちょっと違う気がします。
まあ韓国での仕事はこれからも続くので、藤沢周平のようにじっくりと、とはいきませんが、私も「即席日本回帰」でもしてみようか、と思います。まあ来学期の準備や研究再開のための勉強も進めなくちゃいけないので、よほど気合を入れないといけませんがね。
「気の弱り」なんて、言ってられませんて!


ということで。
明日、日本に帰ります。





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最終更新日  2007.07.01 19:05:11
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