子どもが親をののしる時
子どもは、親に何か制限された時や親に何かをいいつけられた時、憎しみをこめた言葉で親をののしることがあります。本当は、子どもは自分の思うように物事が進まないので、そのことに憤っているのですが、その自覚がないのです。物事は何でも思い通りに進む「べきだ」と思っているのに、親のせいでうまくいかないとか親がゆるしてくれない、そう思って親に対して憎しみの言葉をぶつけているのです。子どもは、親を始めとする他の人の意見も尊重するべきだということにも、自分の悪い言葉で人が傷つくことがあるのだ、ということにも気付いていないからです。そんな時、まず、子どもに「そんなことを言われれば自分は傷つく」と言うことを伝えることからはじめます。「自分は思い通りに行かなくて腹が立っている、悲しい、と言葉で表現するのはかまわない。けれど、だからと言って、他の人をそんな言葉でののしることは良くないし、その人を傷つけることになる。」ということを伝えるのです。それを教える一番良い方法は、「私自身(親)は傷つく」ということを言葉で伝えることです。それは、本当に親が子どもの言葉に傷ついてしまって、これ以上傷つきたくないからと、何でも子どもの好きなようにやらせるように制限を取りのけてしまうことではありません。それでは、子どもは逆に「人を傷付ければ何でも思い通りになるのだ」というレッスンを学ぶことになってしまいます。また「何を言っても構わない。私(親)は傷つかない」という態度を取ることでもありません。それは、真実ではないし、子どもは「自分の言葉で人は傷つくのだ」という貴重な教訓を学ぶ機会を失してしまうからです。親自身が、自分にも感情があることを認め、その怒りを鬱屈しておいて、暴力ややつあたりで爆発させるのではなく、自分にも感情があり、傷つくことがあるのだと冷静に認めることなのだと思います。また「自分がそんな風に言われたら、どう感じる?」とか「自分もそういう風に言われたいの?」のように言って、考えさせるのも効果があります。考える間もなく、矢継ぎ早に質問するのではなく、子ども自身が考えて、それぞれの質問に答えるのを待ちます。また、子どもが親をののしる時、親自身が聞き方に制限を設けるのも、効果があります。たとえば「腹が立っていることはよくわかるけれど、人を馬鹿呼ばわりするなら、話を聞いてあげることはできない。もし何を怒っているのか話がしたいなら、他の言い方で話してね。」という風に、他のやり方を考えさせるのです。こういう風にして、子どもが思い直して、謝ったり、別の方法で話をすれば良いのですが、子どもがそうしないとか、このパターンが何度も繰り返されるなら、この行為による「結果」を返すことになります。子どものしていることは、言葉によって他人を傷つけることですから、それによって壊れるのは「人間関係」です。ですから、この場合、その行ないが改善されるまで一時的に、子どもの持ちたがっている「人間関係」を与えないことが「結果」になります。あくまでこれは「一時的」なものであること、そして、子どもに教えることが目的であって、親の苛立ちのはけ口のためではありません。たとえば、「もしそんな言葉を使い続けるなら、私(親)の気持ちが傷つくから、これ以上は聞きません。自分の部屋で、どう話せばいいか考えて来なさい。」と部屋へやるとか、「家族に対してそんな言葉づかいをするのだから、きっと外でもそんな言葉を使っているのね。人を傷つけない話し方を覚えるまで、外では遊ばせません。友達との電話も禁止。」というようにして、子どもに行ないの結果を帰してやると良いのだそうです。実際おとなになって、子どもが人を傷つけたり、酷い言葉を吐いたりすれば、子どもの周りの人間関係は壊れ、社会や家庭での人間関係がうまくいかないことに傷つくのは子ども自身です。そうならないよう、今のうちから、現実的な結果を帰してやるのです。◆ゆっぴーのかんしゃくゆっぴーも、自分の思い通りにならないことがあると、すぐ泣き喚く傾向があります。ついさっきも、一緒に復習をしている時、何度もかんしゃくをおこしました。まず最初は、友達が遊びに来たけれど、復習が終わってから、と私に言われたから。そして、その後は、横から間違いを私が指摘するたびに、うう~ん!と唸ったり、うへーっと泣いたりしていました。自分が遊びたいのに遊びにいけないのと、間違えずにすらすらやりたいのに横から間違いを指摘されるのを、自分がなんとかしなければ、とは考えずに全てを私(母親)のせいにしているのです。こんな風に、子どもの心理がわかったのも、バウンダリーのおかげです。以前だったら、子どもがかんしゃくで来たら、こちらも石頭で勝負してたところでしょう。今日も、嫌になって、もう勝手にしたら!と思いかけたけれど、私が自分自身のコントロールを失ったのでは、バウンダリーの実践にはならないので、ぐっと我慢です。「遊びにいきたいよね、それはわかるんだけどね、泣いてると余計時間がかかって、遊びに行く時間がだんだん遅くなるからね、ゆっくり、確実に、一つづつやってしまった方がいいと思うよ」と言うことにしました。気をとり直して、ゆっぴーも復習にとりかかりますが、間違えるたびに、いらいらして、私をにらめつけます。「ゆっぴー、間違えていらいらするのはわかるけどさー、間違えたのはお母さんの責任じゃないよね?どうしてもそうやってにらめつけたり、そういう態度を取り続けるんだったら、落ち着くまで2階へ行かせないといけないかな。」ゆっぴーは、怒った顔をしながらも、じっと考えている様子です。2階へ行けば、余計時間がかかる。そしたら、遊ぶ時間が短くなるのは自分だ。お母さんは泣き喚いても、「じゃあ、もういいから遊んできてからやりなさい」とは言わないだろう。そう考えたら気がおさまってきたのか、椅子に座って、「お母さん、ぼく、やるから手伝って。」と言いました。「うん、急いで読めない字を書いたら、またやりなおしだから、ゆっくり、確実に、一つずつね。書く前に、いっぺん口で言ってみて。」その後も時々間違えたりやり直したりもしながら、なんとか復習を終えたゆっぴーは「イェー、終わったー、もう遊びにいってもいい?」と元気に遊びに行きました。(かんしゃくについては、また別のところで、詳しく取り上げます。)我が家のバウンダリー実践は、まだまだ続きます。