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カテゴリ:本日のスイーツ!
「…彼だわ」
手にしていた洗濯物もそのままに、居間の壁から浮き上がる映像に思わず彼女は目を見張った。 いつもと同じ夜のはずだった。 浮かび上がるニュースキャスターの姿もいつもと変わらない。ただ違っていたのは、その後ろの風景だった。 見覚えのある光景。掴んだままのタオルが、次第にぐっしょりと手を濡らし始める。 映っているのは、幾つかの建物。 そう、私はそれをよく知っているのよ。 「あのひとよ」 もうずっと、探していて、そしてとうとう見つからなかった、私のあの。 彼女の中で、その名前が次第に形を為す。 画面の中で、その男は、建物の前で、幾人かの人々の先頭に立ち、何処か古めかしい建物の、取り壊し反対の看板を手にしていた。 「…キュア・ファミ…」 男の名前を、彼女は口にした。 1 「キュア! キュア・ファミ・ダーリニイ!」 何処に居るのだろう、と彼女は濃い金色の髪を揺らして歩く。 「…だいたいこのキャンパスは、広すぎるのよ」 ぶつぶつぶつ。 「いくら最高学府だからって、広さまで一番にすることないじゃないの…」 彼女はそれでも「広すぎる」キャンパスの真ん中を突っ切り、「森」の方へと進んで行く。 その剣幕に、ペリドット色の瞳がきらきらと輝く。 キャンパスには「森」がある。 いや、「森」もまた、キャンパスの一部だった。 探し求める人物が、その「森」の常連であることを彼女は知っていた。 ただ問題は、「森」は必要以上に広い、ということで。 たった一人の建築学部の学生の姿を探し求めるには、なかなか難しいということで。 「キュア・ファミ! いい加減にしなさいよ!」 ふう、と一声叫んで、彼女は息をつく。 だいたいこのあたりだろう、と予測をつけた所だった。「森」のその辺りには、彼の故郷の星系でしか見られない木々を植えてあるのだ。 「んー…」 そして案の定、木々の合間から、声がもれて来る。彼女はそこだ、と慌てて声のした方へと駆け寄った。 短い、焦げ茶色の髪がとりとめもなく、あっち向きこっち向きしている男が、木々の一つにもたれ、うとうとしていた。 彼女は前から近づくと、勢いよくその両肩を掴む。 「捕まえた」 「は」 どうやら一瞬にして目が覚めたらしい。くるくると跳ね回っている頭の、その内側もまた激しく回転を始めた。 「捕まえた、って何だよ、それ」 「捕まえたから捕まえたのよ。あのねえ、キュア、あんたが居ないと、何故かあたしのところにとばっちりが来るんだってば!」 「…そりゃ、仕方ないだろ、エラ…俺達、今年のペアなんだし…」 「上から勝手に決められた、ね!」 彼女は言いかけた彼の言葉を遮る。 「でも、それでも決めた学校に入学した時に従いましょ、って宣誓したのはあたし達よ」 彼女は腰に手を当てて、きっぱりと言い放つ。 「あたし達はそれを承知で、ここで七年勉強することにしてるんだからね。今更言うのも何だけど、守るのは当然なのよっ! ええだから別にあんたと組むのは今更構わないわよ、キュア・ファミ」 「だったら、いいじゃないの」 「良くないっ!! 組んだのはいいわよ。だけどあんたがこうも逃走が日常茶飯事の奴とは思わなかったってことよ!」 「…何、今日に限って、そんな今更のこと、そんなに怒ってるのさ」 きょとん、と言われた男は首をかしげる。 「…あんたまだ、卒業研究だか製作、決めてないんだって?」 「あーあ、そのことか」 あっさりとキュアは言って、落ちてくる前髪をかき上げた。 「仕方ねーじゃないの。なかなかいいテーマが決まらなくてさ」 「あんたねえ…自分が居る研究室、判ってる?」 「判ってるよ」 んー、と伸びをして彼は立ち上がった。 ぱんぱん、とほこりをはらうそのジーンズは、元は黒だったらしいが、今ではいいところダークグレイとしか言い様が無い。 その上のシャツも、元は白だったらしいが、今ではクリーム色だ。しかし元の生地がしっかりしているらしく、何処もほつれたり透けたりしていない。 彼女はそんな彼の姿を見るたび、よくあの研究室に居られるなあ、と思うのだ。 「判ってないわよあんたは」 「判ってる、って言ってるだろ?」 「判ってないわよ。ディフィールド教授の研究室って言ったら、このウェネイクの建築系で、いえ、全星域の建築学会でもって、一番のエリート集団じゃないの」 「だからって、俺までそうしなくちゃならない理由ってないでしょ」 もう、と彼女は唇を噛む。 いつでもそうなのだ。同期生の彼女達が、このウェネイク総合大学の専門過程に入った三回生の時以来、ずっと彼はそんな調子なのである。 共通学科クラスのペアになったのは、六回生である今年が始めてだが、エラはずっと知っていた。 まあ実際、彼は当時も今も、目立つのだ。 最初からそうだった。入学した時から既に彼は目立っていた。 新入生歓迎の縦割りパーティで、専門課程の先輩達が彼らに一人一人自己紹介をうながした時からだ。 出身星系と、予科でのクラス。それだけは必須だった。 出身星系。 人類が地球を捨てて、広い宇宙に出てから数百年が経っていた。 当初は相互に連絡を取り合えず、植民した惑星はそれぞれ独自の発展をしていったが、やがてその事態が落ち着くと、遠く離れた星系同士で連絡を取り合う様になった。 相互発展の始まりである。 その一方で、星系国家同士の争いも起こり始める。 全星域を巻き込む戦争が、いつ始まったものか判らない。 当初はただの領地争いだったかもしれない。資源争いだったかもしれない。ただ戦争が戦争を呼んだのは事実である。 だが、その中で唯一、そんな戦争の手から逃れている場所があった。 それがこのウェネイク星系である。 この星系は、植民が最も古い部類であり、また、温暖な気候と居住可能地区の量において、他の星系をはるかにしのいでいた。 安定した環境は、安定した政権を呼び、その政権は飛び抜けた手腕で、中立を勝ち得た。 その結果、もともと歴史も古く、功績も大きい総合大学の地位がぐっと上がった。各星系の優秀な学徒が、安全な研究場所を求めてこの地へとやってくるのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.05.20 20:04:30
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