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2005.06.28
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カテゴリ:調べもの
「おお~いい景色じゃないかっ」
 屋上へ続く扉を開けた途端、高村は右手の拳を強く握りしめた。両手が空いていたら、きっと両手で感動の表現をしたに違いない。だが左手は、パンとコーヒーに占領されていた。
 数歩進み、180度見渡す。五月のさわやかな風が、彼のやや乱れた長めの髪と、腕まくりをした白衣をさわさわと翻す。
「何でこんないい景色なのに、外で食おうって奴が居ないのかなあ、全く…」
「…あの…金網が無いせいじゃないですか…」
 彼はとっさに、声の聞こえる方を振り向く。だが姿は無い。
「誰!? 誰か居る訳?!」
「…すみません、つい」
 先程出てきた階段室の裏から、ひょいと女生徒が顔を出した。高村は思わず指を突き出す。
「あ、君、見覚えある! 確か図書委員の…」
 いかん、名前が出て来ない、と高村は口を開けたまま、上げた右手の指を何度も何度も上下させた。
「…村雨です。高村先生。村雨乃美江」
「そうそう、村雨さんだ」
 そう、あの図書委員の子だ。あの印象は非常に強かった。
「どうも昨日はすみませんでした。私とろくさくて」
 言いながら、彼女はまたも頭を下げた。
「うーん…それはまあ…いいけど」
 苦笑しながら、高村は彼女の方へと近づいて行く。
 彼女が腰を下ろしていたのは、屋上の他の所より一段高く、ややこの季節には、陽当たりが良すぎるかもしれない場所である。だが南向きの風が緩やかに吹き込んでくるせいか、全体的には心地よい空間となっていた。
 よいしょ、と高村は彼女の横に座り込むと、買ってきたパンを次々に放り出す。それを見て村雨は目を丸くした。
「高村先生…四つも食べるんですか?」
「そりゃあ、まあ。慣れないことばっかだから、腹も減るし…」
 ぴり、と高村はその中の一つ、チョコリングの袋を破く。
 ふと彼女の方を見ると、膝の上には手作りのカバーを敷いた、可愛らしいお弁当箱があった。その脇には、ステンレスの小さな水筒も置かれている。
「へえ、ちゃんとおべんと作ってるんだ」
「ええ、料理は好きなんです」
「ってことは自分で作るの!? すげえ」
 率直な高村の賞賛に、彼女は顔を赤らめた。
「そんなこと、無いですよ。お弁当の子もたくさん居るし、これだって、あり合わせのものとか、昨夜の残りとか…」
 いやいや、と高村はわざとらしい程に、首を大きく横に振る。
「こう見えてもオレ、大学に入ってから一人暮らし三年やってるけど、マトモに料理なんて作ったことないぜ?」
「だって先生は、男だし」
「男女は関係ないさあ。料理はできるに越したことないし。オレの友人にも、そういうの、すげえ上手い奴が居てさあ」
「彼女ですか?」
 ぷっ、と高村はパックのコーヒーを吹き出しそうになる。慌てて口を拭きながら問い返す。
「彼女?」
「だって…先生、結構、六年の間でも、もう結構、人気出てるんですよ?」
「えええっ? 何でオレがっ」
 思わず彼は退く。
「だって、先生格好いいですよ」
「…冗談はよそうね」
「冗談じゃないですってば。細身だし、結構すっきりした顔だし…」
「今ってそういうのが、流行?」
 彼は眉間にやや大げさなまでにシワを寄せた。
「…かどうか知らないですけど、クラスの子が、トイレでそういうこと、言ってたの、耳にして…そう、今日だって、何かそのだらん、と着た白衣が格好いい、とか…だから大学で彼女の一人くらい居たっておかしくはないって、皆…」
 うーん、と高村はうなる。それは彼にとって、あまり触れられたくない話題だった。
 彼はぽん、と村雨の肩に手を置いた。ぴく、と彼女の身体がその瞬間震える。
 昨日の本にびっしょりとついた汗。彼女が緊張するタイプであることを高村は思い出した。
 気付かないふりをして、彼はすぐに手を離した。そしてあえて真剣な声で囁く。
「…あのね、君だけに言うけど…」
「は、はい?」
「…実はオレ、女には興味ないんだ…」
「え」





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最終更新日  2005.06.28 06:28:43
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