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カテゴリ:本日のスイーツ!
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「悪いのは全て、私だ」 とドクトルは丸椅子に座って言った。 「そもそも、最初から、私は彼女を偽っていたのだ」 「ママを…? マリアルイーゼを?」 ああ、と彼はうなづいた。 彼の話によるとこうだった。 もともと彼は、現在と同じ性癖―――つまりはホモセクシュアルだったという。 だとしたら、婦長さんの話も判る。ケルデン医師は皆の憧れだったのに、とりどりの花々の中から選んだのは、大人しいマリアルイーゼだったこと。 ―――だってマリアルイーゼは、あの頃本当に引っ込み思案で…ああ、ごめんね。別にけなしてはいないわよ。 そう、それはすごく理解できる。セールス一つ追い返せないママだった。そんなひとがどうやって、皆の人気者を自分から射止めることができただろうか。 と、したら、ケルデン医師の方から寄っていったのだろう。 それは正解。ただ理由が問題だった。 「私は、偽装結婚をしたのだよ」 あたしは思わず毛布をぐっ、と掴んだ。 「年齢も年齢だったし、当時の立場上、結婚をすることは必要だった。後ろ盾も欲しかった。私はこの惑星に身寄りは無かった」 偽装結婚をしたケルデン医師は、そのままマリアルイーゼの実家の医院を継ぐことになり、ハルシャー市民病院を辞め、四人家族で生活を始めた。 「それは楽しかった。とても、楽しかった。マリアの父親も母親も、いい人達だった。私は家族というものに縁が薄かったから、彼等の裏表の無い人の良さに、喜びと―――同時に、ひどい憂鬱を覚えてしまったんだ」 「憂鬱?」 あたしは問い返した。 「騙していることに対して。そして彼女の思いに、自分が決して応えきれないことに対して。私は結婚したあとも、医師の一人と付き合っていたんだ」 ! 「…それって浮気?」 マスターは眉を片方上げた。 「や、違う。関係はずっと平行させていた。そうしなくては、私が保たなかった」 「だったら結婚なんかしなくても良かったのに!」 あたしの言葉に「全くだ」と彼は苦笑した。 「全く君の言う通りだ。私はそうするべきではなかった。だがしてしまったものは仕方が無い。私は彼女との間に娘を作った。それが免罪符であるかの様に。彼女は子供が欲しかった。そして娘を可愛がった。その間に私は、もとの恋人達とよりを戻していた」 「…ひどい父親だ」 全くだ、と彼は再び苦笑した。 「ところがある日、マリアの父親―――彼は内科の方が専門だったのだが、娘には先天的異常があることが判った。…五年と生きない、と彼は宣告した」 あたしはうなづいた。 「おばーちゃんもそう言ってたわ」 「君にはどう…」 「あたしは、代わりに神様がよこしてくれたんだよって。…その子のフォートは全部焼き捨ててしまったって、何も無かったから、あたしは『本物』がどんな子だから、知らない。おばーちゃんも、そのことは言わなかった」 「マリアは…?」 「あたしを、ずっと自分の娘だと、思ってた」 あの時まで。そうあの時。 TVで「パパ」の姿が映し出された時。あの時、彼女は、まだ彼が自分の側に居た時間まで、自分の中の時を戻してしまったのだ。 「ママは、自分の本当の子供が死んだことを、忘れてた。ずっと。あなたが居なくなったショックで、―――あたしは、あなたが死んだショックで、って聞かされていたけど」 「本物のルイーゼロッテは…」 「ママはその時錯乱していて」 あの時の様に。時間がごちゃごちゃになっていて。 「本物のルイーゼロッテの世話を忘れてしまうことがあった。そして目を離したすきに」 具体的にどういう理由で死んだのか、までは聞いていないけど。 そして子供の死を伝えられた時にダブルの衝撃。―――ちょうど両親を亡くしたばかりのあたしが、同じ年頃だったせいで、彼女は「間違えた」のだ。 「あたしはそれからずっと、間違われたまま、ママの娘として育ったの。でも目をふさいでた部分もあったかもしれない。だってあたしAB型だもん。ドクトルはO型でしょ?」 O×OでABは生まれない。 少しでもママが、そういうことに疑問を持ったなら、あたしが「違う」ことくらい、簡単に割り出せたはずだった。だけどママは目を塞いでいた。塞いだまま、逝ってしまった。 それほどまでに、「パパ」が好きだったから。そこに居る「娘」は「パパ」との子でなくてはおかしいから。 「そのくらい、ママはあなたのことを愛してたのに―――どうして? どうして、わざわざ危険な活動に加わったの? あなたがもしカミングアウトしたとしても、他に愛人が居たとしても、あのママだったら、それでもあなたについてったはずだもの」 「それは、俺も知りたい」 マスターもじっと相手を見据えた。 「…軽蔑するか? トパーズ」 「するかもしれない。けどそれでもあんたはあんただ。だから言ってみろ」 ああ、とドクトルはうなづいた。 「…重かった。重すぎたんだ」 状況が。そしてマリアルイーゼの思いが。 「あんたはもっと、厚顔でいればよかったんだよ」 マスターはつぶやいた。 「そのつもりだった。そうできるつもりだった。だが」 当時の恋人―――ハルシャーの医師の一人が、反体制運動に関わってしまっていた。 恋人は、自分にはもう近づくな、と言ったらしい。おそらく自分達は「ライ」送りになるから、と。 彼はぞっとした。それがどういうことか、良く知っていたからだ。 だから彼はそれでいいのか、と恋人に詰め寄った。何故なら、恋人には、その稼ぎのみを必要としている家族が居たからだ。経済基盤がしっかりしている妻の実家と違い、生まれた方の家族。両親や弟妹。養わなくてはならない家族。 それは判っている、と恋人は言った。だけどもう知れてしまったどうしようもない、と。 そこでケルデン医師は、だったら自分が、と言い出してしまったのだ。 駄目だ、と恋人は言った。 だが残りの同志が、それを聞きつけて、恋人の意思を無視し、ケルデン医師を「仲間」に加えてしまった。無論自分達の目的だの行動内容だの、伝えた上で。 何だって、と恋人は彼に問いかけた。君は幸せな家庭があるだろう、と。 そこでケルデン医師は答えた。 「その幸せって奴が、私を押しつぶす」 最初から間違っていたのだ、と。 迷う様な弱い心があるなら、始めから偽装結婚などしなければ良かったと。だけどそれはもう、後の祭りだ。だったら、どうしようも無い理由で自分が消えてしまえばいい、と。 「…あんたは馬鹿か。すげえ勝手。いくら何だって、その理由は無いだろ」 マスターは片手で顔を覆い、大きくため息をついた。 「馬鹿だろうな。それ以外の何者でもない」 「全く馬鹿だ。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」 「…そこまで言うことはないだろう。そして私は捕まった。主犯として。…ただし、彼等はただで私を売った訳ではなかった」 あたしははっとした。 ―――同時期に医師の登録を抹消されたひとは三人しかいなかった。確か神経外科のひとが二人、内科のひとが一人――― 「もしかして…神経外科の先生!? ドクトルの恋人って…」 「ああ」 恋人は、「無駄かもしれないけど」と、逮捕直前のケルデン医師に、新型の脳内物質撹乱病の抑制剤を大量に投与した。 政治犯に対する処置に関しては、彼等はもちろん知っていた。そして内密に、その処置に対する「簡単な方法」を研究していた。 見つからずに、手術の効果を抑制する方法。 「上手く行くかもしれないし…行かないかもしれない」と、恋人は言った。すると「別にいいさ」と、ケルデン医師は言った。 そしてこう付け加えた。 「その時はその時だ。ただこのことで、マリアルイーゼ達がひどい立場に追い込まれるだろう。…力になってやって欲しい」 ママは結婚して一度病院を辞めていたが、夫の記憶が残る実家から出たかったことと、あたしを養うため、という理由をつけて、再び勤めだした。 その時に、婦長さん共々、ママの復職を後押ししてくれたのは彼等だという。 「…結果、それは成功した。無論、それは様々な条件が作用している。その薬品が脳内に影響するための待機時間、量、そして本当に作用するのか―――」 「そっち方面は俺はよく判らんけど。なるほどそれで、あんたは最初からそうだったんだな。ドクトルK」 「ああ。そうだ。お前には一目惚れだった」 …懺悔の途中で言う言葉じゃないと思う。 「もういいよ」 ため息をつきながら、あたしは言った。 「ロッテ?」 「ルイーゼロッテ?」 「なぁんか、もう嫌になった。結局、皆が皆嘘ついてたんだし、それで嫌なことはもう起こっちゃったんだし。…やめよやめよ」 そう言ってひらひら、と両手を振ったらひどい痛みが背中を襲った。途端、あたしはベッドに倒れ込みそうになって、マスターに支えられた。 「ありがと」 「どう致しまして」 にっ、とマスターは笑った。 「それで、だ、ロッテ」 「はい?」 彼はそっとあたしをうつ伏せに寝かせながら、問いかけた。 「昨日、このことを某科学技術庁長官に通信したらなあ」 通信? 妙にその言葉が引っかかった。 「ジオ君曰く、『そうか死んだなら仕方ない、僕はあきらめるよ』だと」 「はあ?」 あたしは思わず伸び上がりそうになって、再びマスターに支えられた。 「そんでもって、その後、『抗争』中に、記憶喪失の女の子を拾ったから、養女にするよ、って連絡をね」 開いた口が、塞がらなかった。 「な…な、んな、の、それは」 「『あたし、行くところが無いの』」 あの時の、あたしの言葉。あたしの声。 「…だからって養女って…マスターの?」 「そ。まずい? ワタシがママよー」 くくく、とマスターは笑った。 「家族になろうぜ、ロッテ。俺達で、ほれパパさんもこっちいらっしゃい」 …そのあとのあたしの顔は、涙と鼻水で見られたものではなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.08.30 06:35:43
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