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カテゴリ:NK関係
絹地を引き裂くような声が飛び交う中、彼らは元気にステージに出た。そしてハイハットの音が四つ響くと、演奏が始まった。
「…へえ…上手いな」 やっぱり上手で一緒に見ていた中山がふとつぶやいた。 「あ?やっぱりそう思う?」 「ああ。お前や俺とはずいぶんタイプ違うけどさ、テクニックは確かだな」 「そうだな」 上手い下手というのは、イントロ一つ聞いただけでもピンとくる。そこは長く演ってきた者の強みだ。耳は肥えている。 基本的には、8ビートの曲だ。だけど曲調はマイナー。まあよくインディーズのバンドにありがちな軽い音と言ってもいい。 「…惜しいなあ、あのギター」 「何?」 中山は軽く向こうのベーシストを指す。 「テクニック的には悪くないのに、ベースの音量に負けてやがんの。PAのバランスが悪いのかなあ」 「…ああ、そう言えばそうだな」 俺は気のない返事をする。歌は既に始まっていた。変だ。俺は思う。同じあの声なのに、どうしてあの時のような感触がないのだろう? 下手から、舞台裏を回って小津もやってくる。ほう、と感心したように奴は腕組みしながらステージを眺めた。 「上手いねー」 「だろ?」 「うん。いや、そうじゃない。おいケンショー、ナカヤマ、フロアにこないだの人いたぞ」 え、と思わず二人とも小津に視線を移した。 「こないだの人?」 「こないだ、俺達に名刺渡して行ったPHONOの人」 「ウチの為に来たのなかあ…」 「とも考えられるけどさ、ここも狙っているとも考えられねえ?」 確かにそうだった。それは考えられる。 「…不利だよなあ。タイミング悪いぜえ」 「うーん…」 俺は何と返していいか困った。ステージから聞こえてくる曲は、メジャーコードのメロディアスなものに変わっていた。 「あれ、妙な曲」 小津がぽん、と言った。あれ、と俺も耳を澄ませた。 何と言えばいいのだろう。クリーンな音が所々に挟まれたギターのイントロに続いて、出だしのメロディ…Aメロは、俺には結構懐かしいフレーズに聞こえた。完全にポップとは言えないけれど、一度聞けば覚えてしまうような。 「へ?」 転調。耳から首の後ろにすっと氷を当てられたような感触が走った。Bメロでいきなり転調する。メジャーからマイナーへ。このメロディには懐かしさはない。 そしてまた元に戻る。サビはメジャーのメロディ。のびのびとした声が、高低・シャープ・フラット慌ただしいメロディを事も無げに歌う。下に敷いたギターの明るい音が伸びるのと相まって、実に気持ち良さそうだ。 …あれ? ふっと頭の中に、何かが浮かんだ。 鮮やかな、何か。 俺はそれを捕らえそうとするが、覚めたばかりの夢を思い出せないのと同じように、それはするりと逃げて行った。 ギタリストは元気に間奏のギターソロを奏でる。ベーシストは、よく動き回るわりには落ち着いたフレーズで次の展開へと向かっていた。 Bメロが再びやってくる。さっきよりは弱いが、再び何やらすっと首の後ろを通っていくような感触がある。俺は最後のサビに備えた。浮かんだ、鮮やかな何かの正体を見たいと思ったのだ。 だが努力する必要はなかった。 テンションは上がっていく。興奮ではなく、ただただ気持ち良く歌っていくテンション。眼鏡のおかげでくっきりと見えるカナイの端正な顔にも笑みが浮かんでいる。この間のやや皮肉げなそれではなくて、もっと単純な。 背中から、ぞくぞくとした感覚が湧き上がった。サビのメロディ。思いきり、奴が声を伸ばした瞬間、俺はそれを捕まえた。 花だ。 淡い、とりどりの色の小さな花が、地平線の見えるくらいだだっ広い平原に咲いている。 一瞬目眩がした。まるでその、周りに何も無いような平原に、突然一人で立たされた時のような時と同じ感覚だ。 ひどく怖い。そしてひどく気持ちいい。 まずい、と俺は近くの機材に手をつきながら思った。 本気になりそうだ。 * 「本当に助かったよ~!」 小津はS・Sのドラムスに抱きついて揺さぶる。泣き上戸なのだ。ははは、と相手の乾いた笑いが耳に飛び込む。 俺はと言えば向こうのギタリストのミナトとヴォーカルのカナイと話していた。もう一人居るメンバー、ベースのマキノは何やら明日また用事があるとかでさっさと帰ったらしい。 「どうでした?」 とミナトが訊ねた。 「うん、良かった」 俺は素直な感想を述べる。実際、あの曲の後も、演奏は上手かったし、まとまりのある、それでいて客は熱狂する…そつの無いライヴだったのだ。ああ確かに人気が出るのも当然だろうな、と思う。曲の間中も、カナイもミナトもマキノもちゃんと客に気を配っていて、ノリの悪い所はきちんと煽っていた。 だが、俺に目眩を起こさせた程の声は、あの曲の後には全く聞かれなかった。 「曲は、ミナト君が作ってんの?」 「だいたい俺ですよ」 彼もカナイも、俺にはだいたい敬語を使う。どうやらこのバンドは礼儀正しいらしい。時々居るのだ。初対面から同等口をきく奴も。俺は俺で、彼らの敬語に敬意を評して、「やや年長さん」的な言葉づかいになる。実際俺や小津に比べて、彼らは若そうだ。 「全部ミナト君?」 「あ、いや、一曲だけ違うんですよ。今日も演ったんですけど」 「三曲目」 カナイが口をはさんだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.18 20:38:35
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