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カテゴリ:NK関係
「三曲目?ってあの何か、難しい…」
…つまりは、あの曲だ。一面の花が浮かんだ、あの。「そうなんですよ。こいつ何か知らんけど、妙に展開ごちゃごちゃした曲ができちゃった、とか言って」 「へえ」 笑いながらミナトはカナイを指さす。確かに彼にしてみれば、展開がごちゃごちゃしているだろう。彼が作った大半の曲は、実に判りやすいが、その反面、似たようなものが多かった。 「俺、あれ好きだな」 「え?そうですか?」 カナイはびっくりしたように目を見開いた。俺はああ、とうなづく。 「何か面白いメロディラインしてるなあと思って」 「でしょう?何かこいつの感覚って変わってるんですよ」 ミナトはそう言いながらカナイの肩をぽんぽんと叩く。 * 「奴が欲しいな」 「え?」 小津は問い返す。打ち上げの店の帰り道、結構呑んだらしく、小津の足どりは怪しい。それでもバンドに関することは聞き逃さないのは、彼の性格だろう。 「本気かよ」 と彼は言った。 「本気だよ」 と俺は言った。俺はカナイの声をもう一度聞きたいと思った。いや、それだけではない。どうしても、あの声が欲しい、と思ってしまったのだ。 「…そりゃあさ、確かにいい声だとは思ったさ。それに、何かすげえ華があるしさ」 「だろ?オズもそう思うだろ?」 「…思うよ。だけどケンショー、お前、つい三日かそこら前にめぐみがいなくなったばかりなんだよ?まだ帰ってくるかも知れないじゃないか」 「帰ってこないさ」 俺は首を横に振った。俺には確信があった。めぐみは帰ってこない。 「何で」 「何でと言われても」 これがいつもの、時々あった些細ないさかいだったら、どんな悪口雑言投げられても、戻ってくると言えただろう。だが、あの朝の手紙。 「ありがとう・今まで」 俺はその二つの単語を何度も口の中で繰り返した。それでも長かった方なのだ。めぐみとの仲は。 声で惚れる俺の相手との仲は、たいていは大して長く続かない。それは自分のバンドのヴォーカリストの場合もあるし、そうでない場合もある。 いずれにせよ、俺と別れたヴォーカリストは、二度と人前で歌わない。それが怖くて俺と「そういう意味で」付き合う可能性を避けている者もいたくらいだ。 めぐみはその中でも長く続いた方だった。このバンドに彼を加えてから二年半が経っていた。専門学校を休学してまで彼は慣れないバンド活動に打ち込んできた。彼を入れてからバンドはいい方向に進みだし、今ではメジャーに手が届きそうな所にいた。レコード会社からも声がかかりつつある。 そのまま、行けると俺は思っていたのだ。 ところが。 「ありがとう…」 繰り返す。この言葉が出たら、終わりなのだ。いつもそうだった。誰もが、そうだった。 ひどく哀しくなった。ひどく泣きたくなった。だけど涙が出ないことを俺は知っていた。どうしようもない。自分はそういう人間なのだ。 本当に、ひどい奴だ。 それでいてまた、あのライヴのカナイの声が頭の中でぐるぐる回っているのだ。あの声を手に入れたい、と思ってしまっているのだ。 「まあお前はそういう奴だよな」 さすがに小津にそう言われると耳が痛い。小津は現在残っている…結局彼しか残っていないのだが、メンバーの中で一番の古株だ。さすがに最初のメンバーという訳ではないが、出会って五年にはなる訳だから、俺の恋愛遍歴も色々と見てきている訳だ。その奴にそう言われると。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.20 21:07:02
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