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カテゴリ:本日のスイーツ!
その日は朝から雨だった。
ロブはまた例のごとく、ふらりとスケッチに出ていた。もう三日になる。 だいたい奴がスケッチに出て行くのには、よく考えればペースがあった。 気付かなかったオレが馬鹿だと言えば馬鹿なんだが、画廊から絵の依頼を受けると、用意をして、出かけているのだ。ただオレが、画廊からの連絡が来ていることに気付かなかっただけで。 「おやシャノちゃん買い物かい? 雨期ってのは全く嫌だねえ…あたしもまた後で出かけないと」 市場に出ようと、アパートの玄関で傘をさしかけたら、一階の窓から声が聞こえた。でもさっきオレ、このひとが帰って来るの、窓から見た気がするんだが。 「買い忘れ? じゃオレ、ついでに買ってこようか?」 「あ、いいのかい?」 そう言うと彼女は、市場の肉屋で、牛のすね肉を少し多めに、と頼んだ。大鍋にスープでも作るのだろうか。OK、とオレはうなづいた。 ぱっ、と傘を開く。ロブの持っていたそれはでかい。しかも、何かずいぶん地味で、がっちりとしている。 「おっちゃーん、すね肉をこんだけで」 「ほいよ、何だねシャノ、お前さんとこでこんなに食うのかい?」 市場の馴染みの肉屋は、目を丸くする。オレは笑いながら、ひらひらと手を振る。 「オレんとこじゃないよ。ロブ今日居ないしさ。ついでついで」 「ふーん、また居ないのかい。いっつも忙しいひとだねえ」 「忙しいって言うんかなあ。だって、いつものスケッチ旅行だぜ?」 「そうかい。でもなあ、あのひとだったら、もう少しいい給料のとこに勤められるはずなんだがなあ」 「ロブがあ?」 オレは思いっきり声を上げる。 「だって画家だよ、あいつが他に勤めるなんて、オレ、考えつかないって」 「いや画家の方は、趣味でも出来るだろ。だいたい、こないだの戦争で、あんだけ功績立ててる奴が」 「は?」 そう言えば、戦争に出たことがある、とは聞いていた。 「優秀な狙撃兵ってことで、何度か記事にもなったじゃないか? うん、あの頃は、ちょうどこっちも負け続きで、ヒーローが欲しい頃だったしなあ…確か政府から勲章をもらったんだよねえ」 「…」 「何だいシャノ、お前さんが知らないのかい?」 「…や、あの、そういう風に見られてるとは思わなくて」 「そうかあ? だから、奴さえその気になれば、そのテの仕事も引っ張りだこのはずなんだがなあ、軍じゃなくても、警察や警備会社とかさ。何だってまあ、明日も知れない画家なんかやってるんだか」 ほいよ、と言って、肉屋はオレにすね肉の山をくるんでよこした。どっさりとした包みが、妙に重く感じた。 初耳だった。 確かに戦争に行った、とは聞いた。だけどそんなこと、何も。 …戦争の頃… 自分の買い物も忘れて、そのままオレはアパートに戻った。 「おやシャノちゃん、早かったねえ」 「うん、はい、肉。これでいい?」 「あー、結構おまけしてくれたねえ。ありがとうさんよ。あんた気に入られてるね、あの肉屋」 「そんなことないよ」 彼女はそのずっしりとした手応えに、にっこりと笑う。口の横に大きくシワができた。 「そのありがとうついでで、悪いんだけど」 オレは傘をさしたまま、窓にぐっと近寄っていた。 「ねえねえおばさん、うちの兄貴って、昔新聞に載ったことあるの?」 「ロバートさんかい? 何だねいきなり。…ああ、そういえば、そんなこともあったかもねえ。ねえちょっと、あんたぁ」 奥から、何だ、と彼女の旦那の声が聞こえる。やっぱり雨で旦那の仕事も休みなのだろう。暇を持て余している様な声がのっそりと聞こえてくる。 「何だい、俺は眠いんだが」 「三階のロバートさんってさあ、昔、新聞に載ったことあるかって」 「何だい…おいっシャノ、何だい、お前の兄貴のことだろう」 「ほらうちの兄貴、照れ屋だから。オレにもあんまり言わないことってあるんだってばあ」 少しわざとらしいくらいに、オレは上下に手を振る。 「あーあー、あのひとはそうかもしれんなあ」 腕を組んで、旦那はうんうんと大きくうなづく。なるほどあんたにとって、ロブはそういう奴なのか。 「載った載った。このアパートの空き室に引っ越してきた時には、俺はびっくりしたものなあ」 「そんなに!?」 「おお。そん時の新聞があったら見せてやりてえくらいだ」 ぽん、と悔しそうに旦那はひざを叩く。しかしさすがに新聞をそのまま残しておくような酔狂な奴はこのアパートには居ないだろう。 「ねえあんた、図書館だったら、残してあるんじゃないかい?」 「図書館は遠いだろ。いいじゃねえか、兄貴が帰ってきたら、聞いてみれば」 「ほら兄貴、照れ屋だから」 同じ言葉を繰り返す。そうだ。絶対ロブはそんなことを言いはしないだろう。 何かを奴は、オレに隠している。 「図書館って、何処だったかなあ」 「何だいシャノ坊、今から行くのかい?」 「内緒のことってのは、さっさと済ませておくのが一番だろ?」 このひと達の好きそうな、子供っぽい笑いをにやりと見せる。ふうん、という顔をして、彼等はちょっとおいで、とオレを手招きした。 「ほら」 休日の旦那は、扉の中にオレを呼び込むと、古い市内地図を広げて、今はここ、と指さした。 「で、図書館は、そう遠くはないが、おい、今日やってるか?」 「そんなこと、あたしらに聞いたって知りませんよ。使いやしないんだから」 「俺だってこのかた、使ったことなんてねえよ」 「今日だったらやってるわよ。先生があそこは火曜日がお休みだって言ってたもん」 十歳くらいの子供の方が、オレンジの仕切り布の向こう側から顔を出した。 「おいお前、今日何曜日だ?」 「水曜日ですよ」 それで決まりだった。地図借ります、とオレは言うと、再び外へ飛び出した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.26 06:39:31
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