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カテゴリ:本日のスイーツ!
頭をとりあえず切り換える。西側の非常階段…何処だっけ。
ああオレって何て馬鹿なんだ。後先考えないからこうゆうことになるんだよな。 聞くのに簡単なフロントマンは気絶中。さっきの女はもう居ない。ごった返しているロビーは、我先にとばかりに情報を、自分の安全を求めてる客で一杯。ああもううるさい。 意識のシャッターをオレは一気に閉めた。館内表示を地道に捜そう。その方がいい。 止まっているエレベーターの横に、館内表示があった。西、西、西…ああこれか。今更ながら、文字が読める様になってて御の字だ。 声が飛び交うロビーの人波をかき分けながら、オレは階段口へ飛びつき、狭い階段を駆け上がる。 と。上からの人々の圧力が空気の波になって、どっと押し寄せてくる様に思えた。ロビーより激しい、人・人・人! 我先にと降りて来ようとする人々の波を、わずかなすき間を、オレは逆走する。乱暴だと言われようが、何と言われようが知ったことじゃない。 「何してんだよ!」 「邪魔だ!」 「ちょっと! ったく…」 罵声・罵声・罵声。 オレは気持ちの壁を厚くする。少しでもそれを緩めると、このどうしようもなく刺々しい、暴力的と言ってもおかしくない意識の渦に、巻き込まれそうだった。 ああそうだよな。こんなとこに泊まれるからって決して意識までお上品じゃあないんだよな。 結局、とにかく、自分が助かりたいんだろ? ああそうだ、それは非常に正しいよ。 だけど知ってるか? 確かに自分の意志のためかもしれないけれど、ロブもフェイドも結局、誰かのために死んでしまったじゃないか。 犬死にって言うか? 冗談じゃ、ねえ。 オレは彼等の死を、犬死にになんてするもんか。 少なくとも、彼等は、命と引き替えに、彼女に希望を託した。 …だからお前ができるのは、何だ? 記憶の中のフェイドが問いかける。 オレにできるのは、彼女を守ることだけだ。 カストロバーニは死んだけど、暗殺命令の解除が今更出る訳じゃ無い。 …最初の一瞬が、大事なんですよ。 マスターの声がする。 そうだ一瞬だ。暗殺者なんていうのは、最初の一撃に、かなりの意識を集中させる。 その後に、必ずスキができるはずだ。だからその一撃を、何とかして防げば… オレは十二階の踊り場に居た。 既に人々の数も少ない。だんだん走る速度も上げられる。 だけど逆に、今度は走るオレ自身が疲れて、少なくとも一段抜かしで上る様なことができなくなっていた。 ああでも、彼女の気配は近い。頭上に迫りつつある。もう少し。 止まると心臓が飛び出しそうだ。速度を少し落として、吹き出る汗をぐい、と袖で拭う。頭からもだらだらと流れてるのが判る。 そして再び速度を上げた。 だけど、刺客は―――誰なんだ? 「見送り」と言っていた以上、警察本部長か、その側近は…確かだろう。それとも、ホテルの支配人…そのクラスだよなあ…それとも他に? 支配人だったら、エレベーターで足止めを食らってるかもしれない。そこで時間が稼げるだろうか。 三十五階に差し掛かったあたりで、黒服の男達が、オレの前に立ち塞がった。足を止める。肩ではあはあと息をする。汗が一気にだらっと全身から流れ落ちるのが判る。 「…何だお前は」 「…ブランシュさんは…」 はあはあ、とオレはそれだけ言うと、心臓が飛び出しそうな胸に手を当てた。 「その声は…シャノ君!?」 懐かしい声が、耳に入る。 「大丈夫よ、この子は!」 彼女が少し上から駆け下りてくる気配がする。はあはあ、とオレはまだ呼吸が整わない。 周囲の男達からは、何だこいつは、という気配が濃厚に立ち上っている。だがそれは純粋な警戒心だ。信用できる類のものだ。 またでかい男達ばかり。絶対これって、これはいざという時の盾にしようって、旦那がつけたんだ、とオレはこんな時にも関わらず想像してしまった。 「…ブランシュ…さん…あのさ」 「ゆっくり喋りなさい、シャノ君、あなたひどい顔色よ」 そりゃあ三十五階まで走れば仕方が無い。だけど。 「…ブランシュさん、カストロバーニは死んだ」 「…え」 「ベンジャミンを、知ってる?」 「ベンジャミン…? って…あ!」 彼女の中に、さあっ、と学生時代のマクラビー兄弟の姿が走った。 「…いろいろ…あったのね」 「…うん、いろいろ、あった。でも、だから、あなたが、生き残れば、…こっちの勝ちだよ」 「…そうね」 ふう、とオレは大きく息をついた。 「そうして、みせるわ」 彼女はそう言うと、オレの手を取って、ゆっくりと立ち上がらせた。 「行きましょう」 オレは立ち上がりかけた。―――その時だ。 非常階段の上から、駆け下りて来る足音がする。 でかいボディガードの身体ごしに見える踊り場に、一人の男が飛び出して来た。スーツの様な制服? 胸には、ネームプレート。よっぽど焦ったらしい。撫でつけた髪が、乱れている。 支配人? …だな? さっき見た、フロントマンの中にあったイメージと合う。 「議長夫人! …ああ、ご無事だったのですね!」 「ああ、支配人、心配かけました」 「いえいえ、本当によろしゅうございました。さあ、安全な所へとご案内致しましょう…」 顔中に笑みを貼り付かせて、男は近づいてきた。右手には、小型の黒いアルミトランク。 だけど。 何だこいつ。 オレは彼女の側に寄り添う様にしながら、男の貼り付いた笑顔を凝視していた。 ぴーんと張り詰めた様な感触。笑顔の下の意識には、分厚い壁。 職業柄? …いや違う。 まるであの、フェイドの様な… ―――って。 気付いた時には、遅かった。 笑顔の男は、笑顔のまま、トランクの手元のスイッチを押した。 がご。 奇妙な音が、その場に響く。 トランクの両蓋が、一瞬のうちに、その場に落下する。するとそこには手提げ形のハンドマシンガンが現れたのが一瞬見えた。 「伏せて!」 オレは、彼女に飛びかかり、自分の下に抱き込んでいた。 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ、と音が、狭い非常階段に反響する。 ボディガード達は銃を抜く間も無かった。ぴ、と頬に生暖かい液体が飛ぶのを感じる。ちらと見る床に、壁に、血しぶきが飛んだ。 オレは気持ちのガードができないのが辛かった。殺意の居場所を感じてなくてはならない。だけど、その代わり、断末魔の悲鳴も―――飛び込んでくるのだ。 嫌だ。嫌だ。嫌だ。 心臓が、どきどきする。頭に血が上る。くらくらする。血のにおいのせいだけじゃない。 階段室中に響く銃撃音が、振動となって身体に伝わってくる。 あ。 …オレの背にも、斜に、銃弾が撃ち込まれて行くのが、判った。 いくら巨漢だって、全然盾になってないじゃないか、馬鹿野郎… …それに、何だよ、一体こいつ、何発持ってるんだよ… 背中が熱い。何か、ひどく、他人事のように、オレはその痛みを感じていた。 すごく痛い。だけど、どうでもいいような。 痛いんだよ。だけど。痛いだけ、だろ。 それだけ、だろ… ちら、と相手に意識を向ける。殺意はまだ奴の周囲に充満している。ロブじゃないけれど、明らかに、戦争経験のある奴だ。マシンガンで特攻する類の… 「…シャノ君…」 「…黙って…目をつぶって…」 呼吸の音すらも、聞こえない様に。 静けさが、辺りを覆った。 微かな足音。男がとどめを刺しにやって来るはずだ。オレはそっと、自分の服の中を探っていた。 足音が、止まる。 奴がオレ達を見下ろしているのが判る。ああこいつは、ハンターだ。獲物をいたぶり、仕留める瞬間の強烈な快感って奴を求めるような。 美味いものは最後に取っておく、タイプかよ。 手を伸ばす。だけどそれはゆっくりと――― そのスキを、オレは見逃さなかった。 「!」 オレは最後の力を振り絞り、起きあがった。 「お」 奴に飛びかかる。かなり意外だったのか、奴は目を大きく開き、バランスを崩し、その場に倒れ込んだ。 がん、と音がする。後頭部を階段にぶつけたのか。 「う…ち、お前、生きてたのか」 そう。オレは、バケモノだからね。妙に乾いた気持ちで、内心つぶやくと、ぐい、と銃を奴の顔に突き付ける。 「撃てるのかい、ガキが」 「…ああ」 オレは、目を伏せた。 「…これで、最後だからね」 相手の口に銃を突っ込む。これが一番有効なんだ、とストリート・ギャング時代、あれはフェイドが言ったことだ。 一発で、確実に殺すには、そうしろと。 身体に、思い切り、衝撃が走った。 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ。 ひでえ音。何だろ。一体。 何か、痛いんだけど。 痛いだけ、だけど。 そしてオレは、引き金を、引いた。 「シャノ君! シャノ!!」 階段には血がだらだら、と流れているだろう。彼女の声が、聞こえる。 すごく、遠い。 身体が重い。 早く逃げて。 近づいてくる彼女の気配に、オレはそうつぶやいたつもりだった。 オレはあなたを助けたかったんだから。それだけなんだから。 だから、オレのことなんか、放っておいて、逃げて欲しい。そして… お願いだから。ねえ。 頼むから。 …オレは、もう、疲れたんだ… お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.08.19 08:45:35
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