|
カテゴリ:日記とか雑文(旧)
カーマイン市。
惑星クリムゾンレーキの首府である。 だが「地方」の惑星の首府というものは、「中央」の惑星の郊外都市ほどの規模がないことも多い。 この場合もその例に漏れない。 生活水準は辺境の開発惑星に比べればおおむね高いが、中央の都市部に比べれば格段に低い。 軍備も比例するのが普通だ。 「…のはずだけどねえ」 彼女はつぶやく。 通りを歩く人々の群。先程から軍服ばかりが目につく。もっとも、そう言う彼女自身も同じ格好の訳だが。 肩と胸の黒星、軍警の印だけ外し、彼女は足を進めた。 やがてふと足を止める。顔を上げる。目を細める。 眉を寄せる。 石造りの建物の壁のあちこち、外宣ポスターが幾枚も重ね貼られている。 走り書きのような字体。 中央の横暴を許すな! 自治を守れ! 白地に赤と青と黒。 …今必要とされているのは君だ。君一人の存在は小さいが、君は一人ではない… 屋外モニターからは毒々しげなアジテーションフィルム。繰り返し繰り返し流されているコトバと音。 「飽きねぇなあ…」 彼女はつぶやいた。 「十二年前と同じじゃねぇの…ここの連中って、ホント、学習能力がねぇなぁ…」 立ち止まり、ポスターを見上げる。 「馬っ鹿みてぇ」 「―――今、何と言った?」 不意に背後から声がした。 「んー?」 視線はずっと感じていた。 そろそろだな、とも思っていた。 先程から遠巻きに自分が見られているのを彼女は感じていた。 たとえ黒星を外したしても、その服の作りは佐官であることを隠せない。 …こんな佐官は居ただろうか。 視線がそう語っていた。いい傾向だった。 「何と言った、と聞いている!」 そうだねえ、と彼女は首を傾げ、ポスターの一辺に視線をやる。 と。 一気に。 「貴様…!」 ポスターは一気に引き裂かれた。 その途端、足音がばらばら、と近付いてきた。 周囲にどう潜んでいたのだろう、兵士が飛び出してきた。 彼女はゆっくりと振り向いた。 傾いでいた帽子を直す。ちらり、と周囲を見渡す。 嫌な空気だねえ。内心つぶやく。 にやり、と笑う。 三十人は居る。よくもまあ、と苦笑し、彼女はポケットに手を突っ込む。 「…! 動くな」 「何怖がってんの」 ぽん、とシガレットとライターを放り投げる。う、と目の前の一人が口を歪めた。 ぽん、と一本取り出し、火を点ける。煙を吐く。目の前の一人は顔をしかめる。 それはそうだろう、と彼女は思う。愛用の煙草は「プリンス・チャーミング」。愛煙家でも口にするのをためらう強い刺激。独特の匂い。 にやり。 両の眉を大きく上げ、破れたポスターに向かって煙を吐き出す。 険悪な空気が密度を増す。 「…退くがいい」 「は、中佐…」 一人の佐官が進み出た。 「中佐、ねえ」 「如何にも。見たところ貴官もその様だが」 「まーね。一応」 「ポスターを破っていたようだが」 「如何にも」 「何故そんなことをする?」 「下手だからさ」 彼女はあっさりと言った。 「…上手下手の問題ではなかろう、中佐…」 「じゃあ何よ」 「これは我々の主義主張の書かれたものだ! それを平気で破ることができる、貴官の神経が判らん」 真面目なことで。彼女は内心つぶやく。 「んー? でもひどいもんはひどいんだよね。色もレイアウトも字体も全くなってない」 「…くっ!」 「地元軍の中佐」は露骨に顔をしかめる。 「これじゃあせっかくのお題目が泣くってもんじゃねぇ?」 くくくくく。彼女は笑う。 「…失礼だが、貴官の所属は?」 「聞かれる前に名乗るのが礼儀じゃねえ?」 そう、ここの地元軍の連中は名乗るんだよ。妙なところで礼儀正しいんだよ。 口元を緩める。変わっていなければ、だけどね。 それにしても。彼女は煙を揺らせながらふと思う。 何処かで見た様な顔。 「…私はコーラル中佐だ。そう言って判らないのなら…」 黙って軽く目を細め、彼女は煙草を足元に落とす。踏みつぶす。 「貴官を逮捕せねばなるまい」 コーラル中佐はさっと手を挙げた。 ざざざ。 兵士達が動き出す。 「中佐、女性には―――」 そう言った一人が彼女の蹴り一発で飛ばされた途端、 火がついた。 「派手な格好しやがって!」 「何だよずいぶん弱っちいじゃねぇか、本当に中佐?」 「胸でけぇ!」 …全く、馬鹿馬鹿しい。よってたかって。 彼女は意識を手放した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.08.24 22:29:08
コメント(0) | コメントを書く |