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2005.08.31
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 終わりはあっけなかった。

 軍警の正式通達が来る直前に、ローズ・マダーの元に極秘で通信が届いた。
 彼が中央に居た時の友人からだった。
 ローズ・マダーがその知らせを受け取った頃、既にクリムゾンレーキ包囲されていた。
 当時は空の防衛ラインは殆ど丸腰に近かった。
 軍警は難なく惑星全体に攻撃を宣言した。
 当時の騒乱の首脳陣は、若い士官と、それに無理矢理従わされていた老いた将官達という図式である。
 ローズ・マダーは首謀者の一人ではあるが、リーダーではなかった。所詮彼は大尉に過ぎなかった。
 どうしたものか。
 だらだらと脂汗を流しながら、将官達は自分達の半分以下の年齢の士官達に訊ねた。
「小官でよろしければ、一つ考えが」
 ローズ・マダーはそう切り出した。
「『首謀者』を、軍警に差し出すのです」
 基本的に善良な、地元軍の将官は眉をひそめた。
 彼等は長い間、平和な惑星で現場に立つこともなかった。
 権力闘争もさほどに経験したことが無かった。
 それだけに彼等はその提案に戸惑った。
 だが。
「スケープゴートか」
「そうです」
 将官の一人は眉間に皺を寄せた。
 決して後味の良いものではないだろう。
 だが軍警に攻撃されてクリムゾンレーキが焼け野原になるのは困る。
 何より彼らは、自分達の命が惜しかった。
「その提案は悪くない」
 ローズ・マダーは黙ってうなづいた。将官はそんな彼に嫌そうに問い掛けた。
「だが誰が居る? ローズ・マダー、貴官には適当な人物に心当たりがあるのか?」
「はい」
 ローズ・マダーは迷わず一人の部下の名を出した。

 軍警は惑星を攻撃することもなく上陸した。
 何ごとが起こるのか、と民衆は緊張した。
「…ずいぶんと中尉は落ち着いてますね」
「そうかな…」
 部下の言葉に、彼女は奇妙に平静だった。ああそんなものかなあ、と感じていた。
 この騒乱が成功すること自体がおかしい、と彼女は感じていた。
 参加していながらも、ずっと感じていたのだ。
 だから、首脳部が軍警の命令にあっさりと従った、と聞いたときも、そんなものかなあ、と考えていた。
 そしてその心の片側で、膨れて行く考えがあった。

「私、軍を辞めようかなって思うの」
 彼女の言葉に、両親は一瞬顔を見合わせた。
「せっかく、士官学校まで行かせてもらって、何かと思うかもしれないけど…」
「そうだね。こんなことでいちいち何かと騒がしくなるんだったら、何も居ることはないね。嫌ならお辞め」
 母は口に出しては言わなかったが、娘が軍勤務にいそしみ、人並みの娘の幸せを掴もうとしないことに寂しさを感じていた様だった。
 そして父も言った。
「構わんよ、うちには畑もあるし、お前はそれを手伝ってくれればいい。継いでくれとも言わん。儂等、食べていくくらいは何とかなる!」
 ありがたい、と彼女は思った。騒ぎがひと段落したら辞表を出しに行こう、と思った。
 その時だった。

 がんがんがんがん!

 何ごとか、と家族三人が揃って入り口の扉に目をやった。
 食卓を立って、その扉を開いたのは母だった。
 扉の向こうには、息子と同じだけの星を肩と襟に付けた軍人が居た。
「…コーラル? 何だ、こんな時間に」
 彼女も立ち上がる。友人に問い掛ける。
 だが、そこに立っていたのは友人だけではなかった。
 背後に何名かの兵士。
 そして黒星をつけた士官。
 黒星。―――軍警!
 コーラルより一歩、黒星の士官が前に進み出た。腕を上げる。その手には一枚の紙。
「***中尉、貴官を騒乱の首謀者として逮捕する」

 は?
 彼女は耳を疑った。
 音は飛び込んで来る。だが言葉の意味が判らなかった。
 黒星は軍警。脳内の知識がめまぐるしく回転する。
 では。
「何故!」
 彼女は誰にともなく、叫んでいた。
 軍警の士官は、淡々と理由を告げた。
「皆が揃って証言した。今回の騒乱のもっとも最初の首謀者は貴官だと」
「残念だよ***」
 コーラルは乾いた声で言った。
 全身の血が一気に足元に落ちていくような気がした。
 罠だ。私は、はめられたんだ。

 立ちすくむ彼女を正気に戻したのは、頭の横をひゅん、とかすめたパイだった。
 ぴしゃり、と音と共に、士官の顔にそれは命中した。黄金色のペーストが弾けると同時に、母親の声も炸裂した。
「逃げなさい***!」
 弾かれる様に身体が動いていた。
 父親もまた、食卓にあったものを手当たり次第に彼らに投げつけていた。
 やめろ、とコーラルは叫んだ。
「急ぐんだ***!」
 父親も叫ぶ。
 裏口をちら、と見る。兵士が待機していた。
 彼女は窓を開け、そこからひらり、と身を踊らせた。
 兵士達は屋根のない軍用車に乗って彼女を追い始めた。追いつかれるのも時間の問題だった。
 だが彼女は走った。何故だか判らないが走った。
 その時。
 銃声が聞こえた。思わず足を止めた。つい今飛び出してきた家の方向。まさか。
 ぞわり。全身を悪寒が包んだ。考えられないことではない。
 軍用車のライトが迫る。思わず飛び上がっていた。
 車のボンネットに飛びつく。
 立ち上がっている兵士に飛びつく。ふるい落とす。
 訓練ではあったが、現実では初めてだった。
 自分が実際にそんなことできると、考えてもみなかった。
 運転席でハンドルを握る兵士をその場から蹴り倒した。明後日の方向へ行きかかった車の体勢を立て直した。
 彼女はそして元来た方向へと、車を走らせた。
 無茶苦茶だ。
 苦笑まじりに彼女はつぶやいた。
 ほんの三十分前までは、ありふれた、平和な夕食の時間だったはずだった。明るく、暖かく…
 なのに。
 家は確かに明るく暖かかった。
 暖かいを通り越して…熱かった。
 火の手が上がっていた。
 彼女は自分の目が信じられなかった。
 車を止めて、呆然と、そのひどく明るい光景を見ていた。目が離せなかった。
 一体何が起こったっていうんだ? 私が一体何をしたっていうんだ?

 どのくらいそうしていただろう。
 首筋に、不意に小さな痛みを感じ…意識を失った。





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最終更新日  2005.08.31 22:34:02
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