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炬燵蜜柑倶楽部。

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2005.09.05
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 ぱちん。
「打ったよ蜜」
「ん」
 ぱちん。間髪入れずに少女の指は石を置く。
「…ええーっ」
 黙ってふんわりと蜜は笑う。
「かんがえて」
 むー、と煌は口を一文字に結び、うなる。
 そんな妹をぼんやりと眺めながら、蜜はお気に入りのビーズクッションを抱き締め、時々床にごろんと寝ころぶ。
 二人の前には、碁盤と石。
「よし、ここ」
 蜜が打った手に対し、煌は考えられる自分の記憶と知識を総動員させる。ぱちん。
 ぱちん。再び間髪入れずに蜜は打つ。ほわほわ。
「早すぎるよ蜜」
「パパがいないときだからって言ったのはキラ」
 ふふ、と蜜は笑う。
「うーん」
 そう言われると煌は困ってしまう。実際そうなのだ。
 夏休み。いまどきの「都会の」子供たちは、猛暑を避けて屋内で過ごすのが普通だ。この二人にしても例外ではない。
 外へ出る時には大きなつばの帽子と、日焼け止めが必要。
 大気はむん、と厚く、熱く、暑い。
 ちょっと外へ出ただけでも汗がどっと吹き出る。
 無論、それが夏と言われれば仕方が無い。
 だがヒートアイランド現象、この年、東京の昼間の気温は体温を越えることが往々にしてあった。
 湿度も高い。
「あーもう。息するだけで苦しいわ」
 買い物から帰ってきたあかりが汗を拭き拭き言ったものだ。
「空気そのものが重いのよ」
 そして嘆息。
「僕だってさすがに今年はスーツが嫌になるな」
「お前が言うのかよ…」
 アキラの感想にヒカルが目をむいたものである。
「緒方さん達が子供の時は、最高気温だって三十度とかそのへんだって聞いたぜ?」
「そう言えばうちの母さんの実家のある田舎も、結構涼しいのよね。山の中だからかしら」
「うちの庭は結構夕方は、打ち水をすれば涼しかったな」
 すると広い家には縁が無かった庶民代表の二人はじーっ、とアキラを見たものである。
 ちなみにそんな人々は。
「おやじどの、いまごろ涼しく碁を打っているのだろうな」
「キラ今涼しくないの?」
「涼しい。そうじゃない。クーラーじゃなくて」
「クーラーきらい?」
「きらいじゃないぞ。涼しいのは好きだ」
「ならいいじゃない」
 はて、とばかりに蜜は首を傾げる。
「けど蜜、おやじどのは外に出ても涼しい。何だかくやしいぞ」
 思わず煌はぐっと拳を握りしめる。
「それでおとーさんまでついて行くことはないだろう?」
「おとーさんはパパのこと好きだししかたないよ。見たいものは見たいと思うのが正しい」
「それはそうだけど」
 それより、と蜜は二人の間にある盤を指す。
「今のうちに思いっきり打とうっていったのはキラ」
「わかったよ」
「パパがいないときに打とうといったのもキラ」
「わかったってば! …でも」
 蜜は黙って首を傾げる。
「何で蜜、おやじどのの前じゃ、打たないの」
 こんなに強いのに、と彼女は思う。
 そう、煌の姉は強かった。
 誰にも教わったことが無いはずなのに、強かった。
 煌は教わってきた。小学校に入る前から碁石には慣れ親しんできた。
 幼稚園の頃、何気なく碁会所で九路盤で打ち出し、卒園する頃には既に十九路をそれなりに打てる様になっていた。
 何処で覚えたものか、と親たちは半ば嬉しそうに、半ば不思議そうに笑い合った。
 そしてここぞとばかりにその頃囲碁にやっと興味を持ち出した洋をも巻き込み、親達は教え込み出した。
 周囲がそれに狂喜乱舞したのは言うまでもない。
 何せ煌だ。塔矢アキラのミニチュアコピー、と彼女を知る大人達から見られている少女だ。
 その少女が碁を真剣に打つ姿。
 それは塔矢アキラを幼少の頃から知る人間にとっては「あの可愛らしい過去ウエルカムバック!」なのだ。
 そして最近では、「そっくり」と言われて怒っていた煌も、何やら対応を変えだした。
 ちなみにそれが「父親に対する愛すべき嫌がらせ」と結実するには、あと数年が必要だった。
「んー」
 ふふ、と蜜は笑う。
「おとーさんの前でもおかーさんの前でもヒロとも打たない。ヒロなんてぜったい蜜には勝てないのに」
「あたしはキラと打ちたいの」
 即答。煌はむ、と思わずあごを引く。軽くにらみつける。
 だめだこりゃ。
 蜜がこう、と決めつける様に言ったら、それは彼女の数少ない意志表示なのだ。
 少ないだけに、それは強固だ。綿菓子の様に笑うくせに、絶対それを翻さない。
「ね、次」
 ふわふわ。蜜は妹をうながす。
 煌は考える。じっと考える。父親譲りの良い頭をフル回転させて考える。ぱちん。
 ぱちん。再び間髪入れずに石が置かれる。
「蜜は」
 うー、と再び煌はうなる。
「おとーさんやおやじどのとは打たないのか?」
「だぁめ」
「何でだ」
「めんどうだもの」
 めんどう。煌は姉のこの口癖が不思議だった。





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最終更新日  2005.09.05 17:45:53
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