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2005.09.07
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「こんな所にわざわざ足をお運び下さって光栄です」
 建物の外で「副長官」とサボンが紹介した男は待っていた。
 もっとも、その身なりはとても六品の者には見えない。
 裸足。土で汚れた木綿の作業着。髪をまとめる布は無造作にまかれ。
 何よりその日に焼けた顔色。
 畑には十名ほどの農夫が働いていた。もし誰かが彼をその中の一人として紹介したら、まず疑問は持たれないだろう。
 そこに違いを見つけるとしたら、彼のちょっとした仕草。
 細い目を更に糸の様に細くして彼は笑った。
「掌苑部副長官のリオノ・ケウストです」
 え、とアリカの表情が軽く動いた。
「名前は、それだけですか?」
「あ、はい女君。自分の生国では父姓がございませんので」
「珍しいことですね」
「はい。部族の名をつけるところもある様ですが…」
 サボンはそれを聞いてなるほど、とうなづく。
 たとえば彼女の良き友人であるツェイツリョアイリョセンは、それだけで一つの名であり、母姓も父姓もないと聞いている。それと似た様なものだろう、と彼女は思った。
「では遠くからわざわざ」
「はい。部族の中でも私は運良くこちらへお仕えすることを許されましたので」
 アリカは軽く首を傾げた。
「運良く、というのが、よく判らないのですが…」
「いえ、まあ…何と言いますか…やはり、あの、広いですから…」
「はっきり願います」
「は、はあ…」
 サボンは目を瞬かせる。宮中に来てから知ったことなのだが、アリカは男が言い渋るのを好まないのだ。
 しかし考えてみれば、それは仕方がないことかもしれない。
 まだ彼女が将軍家で働いていた頃、彼女に投げられる言葉は実にはっきりとしたものだった。
 命令にせよ、叱責にせよ。時にはいたわりの言葉にせよ。
 サボンは今自分がその立場にあるからよく判る。
 慣れない自分にとって、そのはっきりした言葉は時には刃にも変わる。サボンはそれに負けてはいられない、と殊更に元気にふるまう。いずれはそれが仮のものでなくなる様に。
 それと同じことがどうやら、アリカの方にもあるらしい。サボンは少しだけおかしくなった。
「実は―――出仕するだけの費用が無い者が多いのです」
「それは…確か、陛下はそれぞれの部族から定期的に良い人材を選び出す様にと」
「それはそうですが、だからと言って、全ての有能な者が出て来られる訳ではありませんです」
 おそれながらも、と彼は付け足した。アリカは目を眇めた。
「それで―――あなたは、出てこられた訳ですね。運良く」
「はい。本当に運だと思います。自分の里で、同年で同じくらいの頭の者が集められ、くじ引きで自分が選ばれました」
「くじ引き、ですか」
 ケウストははあ、とうなづいた。
「でも今の職について思います。正直、あいつ等が居てくれたら、どれだけ助かるだろう、と」
「…今のあなたの仕事は、どういうことをやっているのですか?」
 ケウストはしまった、とばかりに口を開いた。
「すみません女君、自分はここで、色んな土地の色んな作物を実験栽培しております」
「実験…栽培?」
 はい、と彼は言うと、中へと二人を招いた。
 アリカに卓の上座を勧めると、ケウストは棚から一巻きの紙を取り出した。
「今年の多菜園の予定図です」
ああ、とアリカはその時ようやく目の前の畑に感じていた違和感の正体が判った。
 畑にはたくさん仕切りの紐が張られていた。そこにそれぞれ担当の農夫が働いていた。仕切り毎に違う作物の手入れをしていた。
 彼女がそれまで見てきた畑には、どれだけ広かろうが、種類はせいぜい季節毎に三~四種程度の野菜しかなかった。
 だがここは違う。予定図には三十を有に越える数の作物の名が記されていた。
「これは一体何のために育てているのですか?」
 アリカは問い掛けた。これだけの種類の作物を、さして広くもないこの多菜園で作ってどうするのだ、と。
「実験です」
「その実験という意味が判りません」
 ううむ、とケウストは腕を組み、眉を寄せた。
「何と言ったら…」
 ああ、女君は苛立っている、とサボンは思った。
「野菜で何を実験するのですか」
「いや、違います、女君」
 即座に彼は反応した。
「野菜で実験ではなく、実験的に野菜を作るのです」
「どう違うのですか」
「各地の野菜をここで栽培し、他でも育てられるかどうか試しているのです」
「他でも」
 例えば、と彼は席を立つと、部屋の奥の引き出しを幾つか取り出し、卓の上に置いた。
「どれも同じに見えますが」
 アリカはつぶやいた。サボンも同様だった。
 そこに置かれたのは三種の穀物だった。宮中に来てから見知った、彼女達の主食となる作物の一つだった。
「同じではないのです」
「と言うと?」
 アリカは怪訝そうな顔になって問い掛けた。
「確かに同じ穀物の種なのです。が、左のは東北部、右のは南西部、そして真ん中が内陸部です。主食としてそのまま食すことができるのは、南西部のものだけです」
 アリカとサボンは顔を見合わせた。
「…でも東北部でも内陸部でも作られているのですよね?」
 サボンが口をはさんだ。
「ええ女官どの。しかし東北部ではこれはそのまま水で炊いて食すには堅すぎるのです。―――私の里がそうでしたが、これは粉にひかないと食べられません。粉にして水や乳で練って、火で焼いてようやく口にすることができます」
「内陸部は…」
「内陸部のこれは、専ら家畜専用です。と言いますのも、炊くことは可能です。が、人が大量に食すと病気になるという言い伝えから、彼等には食べる習慣が無いのです」





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最終更新日  2005.09.07 18:24:37
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