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炬燵蜜柑倶楽部。

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2005.09.08
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「蜜? 相変わらず、いじめられてるよ」
 そう洋は答えた。それが何? と画面に真っ直ぐ視線をやりながら。
「や、それを見過ごしてるの?」
 横でゲームコントローラーを動かすヒカルが問い返す。
 囲碁では教える側と教えられる側のこの二人は、対戦ゲームではいい勝負だった。
 ちなみにこの家で最もゲームが弱いのは行である。アキラも弱いが、彼には何とか勝てる。
 そんな様子をあかりは食事の用意をしながらしばしば眺めている。この二人は、煌と蜜が「上」に二人で行っている時によくそんな話をしている。
 だが洋の方はいつもそれに対しては「面倒くさいなー」という表情で聞き流している様に―――母親としては、思えた。
 その話題を、持ち出されたくない様に、思えた。
「見過ごしてる訳じゃあねーけどさ…何ができるって言うのさ、オレに」
「そだな」
 そしてまたゲームの画面を展開させる。
 ああ、とあかりは微妙に嘆息する。結局そこで終わってしまうのよね、と。
 この曖昧さが、実に親子だ、と彼女は思う。何ができるか、彼等は無意識に良く知っている。できないことは、できない、と。
 逆に煌は二年生だというのに、五年生の教室にすっ飛んで行って、「いじめた」上級生に平気で蹴りや突きを食らわす。あかりはこの点についても何度か注意を受けた。
 だが。
 彼女は中華鍋を振り回しながら思う。今日のおかずはマーボーナスだ。
「何よりさ」
 ぼそっと洋がつぶやいた。
「あいつ、いじめられてるって自覚ないもん」
「そだな」
 だからっていじめられていいって訳ないでしょ! あかりはじゃかじゃかとお玉を回しながら内心叫ぶ。
「相変わらず靴隠されたり」
「ふでいれゴミ箱に入れられたり」
「体操服を屋上に置かれたり」
「掃除当番の時に置いてかれたり」
「水ひっかけられたり」
「…飽きないなー」
「飽きないねえ…」
 ぴこぴこ。
 平行した視線を画面に向けながら、淡々とヒカルと洋は会話を続ける。
「でもそろそろ止むよ」
「そだな」
「だってさ、あいつに何しても仕方ないもん」
「そだな」
 ぴこぴこ。
「先生達もさー、いー加減あきらめてる。それでも蜜が学校来てて、何とも感じてないの、よーやく判ったみたい」
「お前は知ってたな」
「そりゃあね。オレだし」
「さすが双子ちゃん」
「オヤジに言われたくねーぜ」
「嫌味かよ?」
「イヤミだよ」
 へっ、と洋は笑う。
「オヤジも昔そうだったって、かーさんが言ったけどさ、あいつ程じゃあないだろ?」
「あかりは強かったしなー」
「それにオヤジはそれでも、ちゃんとこーやってオレと話してくれようとしてるじゃん。蜜は違うじゃん」
「馬鹿やろ、俺は大人だぜ」
「何処が」
 ぴこぴこ…どかん。
 うっわ~、とヒカルは叫んだ。
「何処が大人だってんだよ」
 けけけ、と洋は笑った。
「くそーっ。ああもうゲームやめやめ。ヒロ稽古つけるぞーっ」
 立ち上がるとヒカルはリヴィングの隅に置かれた碁盤を持ち出す。
「ちょ、ちょっとオヤジさん」
「いーから座れって。こいつはなー、日々の積み重ねなんだぞー」
 どっちも子供だわ、とマーボーナスを皿に分けながら、あかりはつぶやく。  
 一番ひどかったのは、五年になったばかりの頃だった。それが、夏休みも近付くにつれてだんだん減ってきた。
 秋になったら、もっと減るのだろうか。
 あかりは思う。だといいけれど。
 またその一方で、それでいいのだろうか、という気持ちが彼女の中にはある。
 ぴんぽーん、とチャイムが鳴る。インタホンから娘達の声。はいはい、と彼女は鍵を開けに行く。
 娘達は夏休みになってから、「上」で遊ぶことが多くなった。
 元々蜜はその傾向が多かった。だが煌までそれにひっついて行くことは無いだろう、と時々彼女は思う。
 煌は実のところ、同学年の友達が少ない。―――いや、居ないのではないか、とあかりは訝しんでいる。
 大好きな姉のためなら高学年の尻を蹴倒す彼女を「凶暴」と見る親も居なくは無い。その一方で「格好いいーっ」と拍手する同級生の存在も知っている。
 少なくとも、同級生に嫌われてはいないだろう、と彼女は思う。同級生の親、はともかく、子供達には。
 それにこの娘は、自分が嫌われることがあったとしても、姉とは違った意味で「どうでもいい」と思うだろう。「それがどうした?」と。「わたしはわたしだ、文句あるか!」とばかりに。
 そんな考えを巡らせながら。
「おなかすいたーっ」
 扉を開けると、ばたばた、と煌が走り込んで来る。たぱたぱ、と蜜がサンダルを脱いで、扉を閉める。
「鍵、掛けてね」
 ん、と蜜は母親の声に、鍵をかちんと閉める。
 注意しないと、彼女はそれをしない。扉が開いたままでも平気だ。
 そのあたりが「ドアは開けたら閉める!」の煌とは反対だ。「上」では煌がおそらく蜜の開けっ放しにした扉を閉めるのだろう、とあかりは想像した。





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最終更新日  2005.09.08 20:13:51
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