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カテゴリ:日記とか雑文(旧)
「蜜? 相変わらず、いじめられてるよ」
そう洋は答えた。それが何? と画面に真っ直ぐ視線をやりながら。 「や、それを見過ごしてるの?」 横でゲームコントローラーを動かすヒカルが問い返す。 囲碁では教える側と教えられる側のこの二人は、対戦ゲームではいい勝負だった。 ちなみにこの家で最もゲームが弱いのは行である。アキラも弱いが、彼には何とか勝てる。 そんな様子をあかりは食事の用意をしながらしばしば眺めている。この二人は、煌と蜜が「上」に二人で行っている時によくそんな話をしている。 だが洋の方はいつもそれに対しては「面倒くさいなー」という表情で聞き流している様に―――母親としては、思えた。 その話題を、持ち出されたくない様に、思えた。 「見過ごしてる訳じゃあねーけどさ…何ができるって言うのさ、オレに」 「そだな」 そしてまたゲームの画面を展開させる。 ああ、とあかりは微妙に嘆息する。結局そこで終わってしまうのよね、と。 この曖昧さが、実に親子だ、と彼女は思う。何ができるか、彼等は無意識に良く知っている。できないことは、できない、と。 逆に煌は二年生だというのに、五年生の教室にすっ飛んで行って、「いじめた」上級生に平気で蹴りや突きを食らわす。あかりはこの点についても何度か注意を受けた。 だが。 彼女は中華鍋を振り回しながら思う。今日のおかずはマーボーナスだ。 「何よりさ」 ぼそっと洋がつぶやいた。 「あいつ、いじめられてるって自覚ないもん」 「そだな」 だからっていじめられていいって訳ないでしょ! あかりはじゃかじゃかとお玉を回しながら内心叫ぶ。 「相変わらず靴隠されたり」 「ふでいれゴミ箱に入れられたり」 「体操服を屋上に置かれたり」 「掃除当番の時に置いてかれたり」 「水ひっかけられたり」 「…飽きないなー」 「飽きないねえ…」 ぴこぴこ。 平行した視線を画面に向けながら、淡々とヒカルと洋は会話を続ける。 「でもそろそろ止むよ」 「そだな」 「だってさ、あいつに何しても仕方ないもん」 「そだな」 ぴこぴこ。 「先生達もさー、いー加減あきらめてる。それでも蜜が学校来てて、何とも感じてないの、よーやく判ったみたい」 「お前は知ってたな」 「そりゃあね。オレだし」 「さすが双子ちゃん」 「オヤジに言われたくねーぜ」 「嫌味かよ?」 「イヤミだよ」 へっ、と洋は笑う。 「オヤジも昔そうだったって、かーさんが言ったけどさ、あいつ程じゃあないだろ?」 「あかりは強かったしなー」 「それにオヤジはそれでも、ちゃんとこーやってオレと話してくれようとしてるじゃん。蜜は違うじゃん」 「馬鹿やろ、俺は大人だぜ」 「何処が」 ぴこぴこ…どかん。 うっわ~、とヒカルは叫んだ。 「何処が大人だってんだよ」 けけけ、と洋は笑った。 「くそーっ。ああもうゲームやめやめ。ヒロ稽古つけるぞーっ」 立ち上がるとヒカルはリヴィングの隅に置かれた碁盤を持ち出す。 「ちょ、ちょっとオヤジさん」 「いーから座れって。こいつはなー、日々の積み重ねなんだぞー」 どっちも子供だわ、とマーボーナスを皿に分けながら、あかりはつぶやく。 一番ひどかったのは、五年になったばかりの頃だった。それが、夏休みも近付くにつれてだんだん減ってきた。 秋になったら、もっと減るのだろうか。 あかりは思う。だといいけれど。 またその一方で、それでいいのだろうか、という気持ちが彼女の中にはある。 ぴんぽーん、とチャイムが鳴る。インタホンから娘達の声。はいはい、と彼女は鍵を開けに行く。 娘達は夏休みになってから、「上」で遊ぶことが多くなった。 元々蜜はその傾向が多かった。だが煌までそれにひっついて行くことは無いだろう、と時々彼女は思う。 煌は実のところ、同学年の友達が少ない。―――いや、居ないのではないか、とあかりは訝しんでいる。 大好きな姉のためなら高学年の尻を蹴倒す彼女を「凶暴」と見る親も居なくは無い。その一方で「格好いいーっ」と拍手する同級生の存在も知っている。 少なくとも、同級生に嫌われてはいないだろう、と彼女は思う。同級生の親、はともかく、子供達には。 それにこの娘は、自分が嫌われることがあったとしても、姉とは違った意味で「どうでもいい」と思うだろう。「それがどうした?」と。「わたしはわたしだ、文句あるか!」とばかりに。 そんな考えを巡らせながら。 「おなかすいたーっ」 扉を開けると、ばたばた、と煌が走り込んで来る。たぱたぱ、と蜜がサンダルを脱いで、扉を閉める。 「鍵、掛けてね」 ん、と蜜は母親の声に、鍵をかちんと閉める。 注意しないと、彼女はそれをしない。扉が開いたままでも平気だ。 そのあたりが「ドアは開けたら閉める!」の煌とは反対だ。「上」では煌がおそらく蜜の開けっ放しにした扉を閉めるのだろう、とあかりは想像した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.09.08 20:13:51
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