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炬燵蜜柑倶楽部。

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2007.06.17
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カテゴリ:時代?もの2
「んー、でもこれは墨がついてしまっているからね」
 そう言うと彼は「こっちのが白いよ」と卓の上にある食器を代わりに十宮に渡す。
 十宮は首を傾げつつも、そのままとことこと他の人々を回って行く。
 周囲の人々は、兼雅のいつもと違う振る舞いににやりとする。中には昔のことを思い出したのか、ふふ、と笑うものも居る。
 皆それぞれの思いを持ちながらも、どんどん十宮の杯に酒を注いで行く。
「ちょっと宮さま、お酒、多すぎませんか?」
 そう心配する声もあった。実際杯の中は、溢れそうな程にいっぱいになっている。
 だが小さな十宮はむきになってか。
「大丈夫です」
 そうけなげに言うと、そろそろと兼雅の元へと持って行く。
「どうも、ありがとうございます」
 兼雅は杯を受け取ると、十宮を再び抱きかかえ、次の人へと回す。
 その時、順の和歌を行正が書いていたので、硯が近くにあった。
 それに気付いた兼雅は、ちょっとした隙をつき、その硯と筆を側に引きつける。そして果物に敷いてある浜木綿の葉を取ると、こう書き付けた。
「ああ、何と久しぶりなことでしょう。
 ―――いつまでもいつまでもあなたの前に現れるであろう葦田鶴/自分も、どうして昔のことを忘れられましょうか」
 そして十宮に「母上にね」と言ってそっと渡す。
 何なのか判らないままに、十宮はこくんとうなづくと、そのままとことこと再び母の元へと戻って行く。
 そんな一幕が演じられている間に、彼の息子に関する言葉があちこちで発せられる。
「それにしても、まあ皆歳を取っても学問はすることはするんだが、この仲忠は、真面目に一体いつの間に、この様に深い学問をしたのだろうね。こんな無礼講の席に出るのは、彼の本意ではないだろうな」
 忠雅が言うと、正頼は扇をぱたぱたとはためかせながら笑う。
「いやいやそんなことは無いだろう。仲忠も今夜は大役だった。全く本当に」
「それじゃどうしてその大役の仲忠の座を低くするんですか。今夜ばかりは彼は上座に。さあさあ」
 中務宮も言う。すると聞きつけた兼雅も面白くなり、息子を焚き付ける。
「さあさあ早く、皆さんもそうおっしゃってることだ」
 仲忠はこの時、殿上人の座のある簀子に居た。そこから皆に押される様にして、上座へと移動させられる。
「さあさあこれから、御簾の内の女君達から、お食事のお残りを頂戴致しましょう。蒜の匂いのする御肴をぜひ頂きたいものです」
 式部卿宮までもそう言う。続いて忠雅が。
「私も兼純も頂戴しましょう。どうか下さいませ」
「さあさあ、左大臣が仰らなくとも、遠慮なしに頂きに参りますよ」
 中務宮も言う。兵部卿宮も高い声を張り上げて、あれこれと言い立てる。

 次第にほのぼのと夜が明け始める。
 その中を、行正が階を降りて「陵王」を繰り返し繰り返し、素晴らしく上手に舞う。
 おお、と周囲の皆が驚く。
「これはまた、世の中で見たことも無い程、見事な手だな。どうしたことだろう」
「嵯峨院の大后の御賀には、宮あこ君が舞われたのが素晴らしかったのだが…」
「そうか、行正が伝えたのだな」
 皆はあの折りの不思議を納得する。
 行正はこの日、いい気分になっていたのだろう。普段は隠しているというのに。こうもあからさまに自分の手を披露してしまうというのは。
 成る程、と皆が騒ぐ中、正頼の息子達は、客人達への被物を用意していた。
 仲忠は宮達に一度に被物を取って渡す。それは皆、女の装束、産着、襁褓が添えてある。
 涼も同じ被物を手早く持ち、未だ舞い続ける行正へと砂子の上に降りて渡す。
 その様子がまた非常に美しく、人々の目には映る。
 左右の近衛司の幄舎の人々は、行正の舞いや、その舞人に被物をする人々、殊に涼の艶に美しい様子を見てこう思う。
「色々と今日はあったけど、これこそ一番面白い見物だな」
被物は続く。
 三位中将以上には白い袿が一襲、袷の袴が一具。
 四位五位には白い袿が一襲。
 六位には白い布で強く糊で張った狩衣。
 下仕えには一匹の絹を巻いた「腰指」。
 上から下まで、被物の趣味は大層素晴らしいものだった。
 そのうち、それぞれの幄舎で唐楽の曲を演奏し、孔雀や鶴の舞いを披露する。
 すると御簾の内に居る女君達―――一宮、女御、尚侍をはじめとてた、正頼の娘や御達、それに女房達が、騒いで見ようとする。
 その御簾の中から、黄金を柑子ほどの大きさに丸めたのと、小さな銀の魚が二つ出された。
 式部卿宮がそれを取り、孔雀に黄金の柑子を、鶴には銀の魚を与えた。
 それぞれが、嘴でそれを挟んで舞う様はまた実に面白いものだった。
 孔雀の舞人は、禄として袿を、鶴には白い綾の子供の単襲を一具与えられた。





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最終更新日  2007.06.17 14:38:26
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