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カテゴリ:サブカル我流評論
わたしは、得てして小説なんぞ読むことはないのだが、況してやライトノベルも敬遠してきた。 活字分野で言うならば、文藝なんかよりも考察とか、研究とか図鑑や辞書や事典そんなのばっかりだった。 何故か、読もう読もうと思っても、興味が湧かないから読む気にまでは至らないのだろう。 しかし、このタイトルにもあるように、わたしはこの作品が好きである。 恥ずかしながらアニメで入りました。 それで原作の方にも移行していったので、なかなか面白くて、ついつい関連物まで集めるようになり、Blogの贔屓のぺえじと言うリンク先にも『イリヤの空、UFOの夏』関連を貼っ付けるようにしたくらいです。 他の人達の感想にとやかく口挿むつもりはないです。 少し気になったのは、このリンク先なのだが、 ttp://www.so-net.ne.jp/e-novels/hyoron/syohyo/195.html 週刊書評というページにイリヤの空の書評についてですね。 プロの人が認めておりますが、評価は貶める訳でもなく、礼賛する訳でもない、極めて公平に判断しているといった所でしょうか。 しかしながら…、 たかがライトノベルに吉本隆明を持ち出さなくてもいいだろう。 ただ、作品を評価する際に引用させるための物として、「エヴァンゲリオン」や「最終兵器彼女」止まりにさせたことは、賢明だと思います。 わたしとしては「たかが」と括ること自体に公平さを欠くと思っていますが、しかしながらどのジャンルにも重み付け、即ち価値の順列や格という物、ランキングはあると思います。 当たり前だが、世界観やキャラの描写が特に秀逸でも、描くジャンルが「エロアニメ」だったり、国文学系の卒業文集のお題だったらば、評価は予め定まってしまいます。 どんな高尚な物であろうと、ジャンク雑誌だろうとその世界に於いて評価さるべき物はして然るべきなのです。 一線を越えてはいけないのだし、棲み分けは必要なのです。
さてここで、わたしの個人的な感想。 人の褌で相撲を取るみたいなことしますが、ここは所詮Blogだと言うことを許して頂きたい。 ライトノベルにそこまで深淵な考察って必要かなあ…? エヴァンゲリオンもそうだったが、そこまでこねくり回す必要はないんじゃない? もしかしたら、既存の物が書き尽くされたからこそ、今迄に無い物を展開させただけじゃないのかなあ? よくあるボーイミーツガール物なのだが、これって結局、一夏の(てか、この作品自体が夏過ぎちゃってるけど)儚き物という形で終わっているんだよね。 選択肢の追加というか、分岐の可能性が拡がったという考え方も可能だ。 恥ずかしながら、わたしはこの原作者の著作は「イリヤの空、」しか知らない。 他読んでみればいいのだろうが、何せ時間がない。 大体、出来る人は既存の後追いをしないのが常である。 そんなものは既存の物で自慰に耽ってればいいのだ。 或いは同人で事足らせばよい。 その辺りは書評のプロの人はここまで書かねばならぬと言う根性から来ているのだろうが。 その点、わたしのような素人は楽である。 Blogに書き散らかしていりゃいいだけの話である。 しかし、ライトノベルって、既にキャラクターのイラストが確立されちゃっているから、作品としてはほぼ漫画みたいな出来なんだよね。 本家たる漫画の方が今現在、劣化しているためか、ラノベの方が良くできていると思わざるを得ませんね。 それに最近は漫画の方も「原作付き」が多く、分業化も進んだ感があるなあと。 特に角川系の漫画雑誌なんかは小説(ラノベ)やギャルゲー(エロゲー)を基にした漫画の作品が多い。 もはやそうした宣伝に掛かってしまっているのかも知れんが、しっかりしろと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.03.20 00:39:32
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