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上階の人が引っ越してゆく。
聡明で、交友も広く、友達の趣味もよく、現代的だが同時にクラッシーで、芸術的な、素晴らしいひとだった。 この物件を買ったときから、既に間違っていたのだろう。 2人で買うはずだったのに、別れてしまった。 1人で買う決断をした。 高給で有名な、尊敬される職場で働いていた。 辞めて、アートギャラリー的な仕事を始めようとした。 そのプロジェクトのためにこの物件を買ったというところもある。 そして上手くいかなかった。 ついにローンの滞納という状況になり、仕事を探して会社勤めを再開したが、自己破産か銀行の差し押さえかというところまで来た。 それでも銀行はかなり長い間待ってくれていた。 自己破産になるよりもと、格安で物件を売った。 物件を売った後でさえ、残額のローンは月々かなりの金額になる。 引越しの日の前夜、彼女の飼っていた猫がうちに訪ねて来た。 うちのドアがよく開けっ放しになっているので、その間に入って来たのだろう。ふと見ると柔らかな黒い姿がリビングを横切っていた。 黒い体に、後肢の上関節まで毛が白いのがショセット(靴下という意)、それよりも白い毛が少ないのがパントッフル(室内履き)という名前の、2匹の猫を彼女は飼っている。 うちに来たのはショセットだった。 色々なところを歩き回っては、植木の下でふみふみと足踏みをしている。 赤ちゃんの猫が、母猫の母乳を出すためにする動作だ。思えば彼女とこの建物の共同所有者会議で初めて集まったとき、この猫達はもらわれてきたばかりの20センチばかりの子猫だった。 お別れするのがわかって、挨拶をしに来たんだね、と夫が言う。 物件を引き払って、すっきりした顔の上階の人。厳しいローンがあろうがなかろうが、楽しみを諦める様子の無かったライフスタイルは逆に天晴れだった。家族を亡くす悲しい思い出もあったこの場所を離れて、心機一転、新しいスタートを切って欲しい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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