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カテゴリ:極私的映画史
ジョン・ヒューストン監督のイメージは、男っぽいパワフルな作風だと思う。そのせいか、あまり縁のない監督だったのだが、1985年に見た「火山のもとで」の破滅に向かうエネルギーに魅了された。ジョン・ヒューストンという監督を語る時には、決して多くを割かれる作品ではないのだろうが、僕にとっては欠かすことのない大事な1本となった。 それから数年が経ち、1987年にヒューストンは亡くなり、1989年に遺作「ザ・デッド~『ダブリン市民』より」を五反田TOEIシネマで見た(ロードショー公開は1988年)。驚かされた。とにかく静かな作品なのである。アイルランド・ダブリンに住む家族に起こるクリスマスの出来事を、淡々と描いただけの作品。「火山のもとで」で見せたエネルギーの野放図なほとばしりはなく、エネルギーをギュッと凝縮させたかのような作品だった。 そして、この作品で特に印象的だったのは、その温度感である。見ていて、その場の暖かさや寒さが感じられるのだ。雪の降るダブリンの街の寒さやクリスマスを祝う部屋の暖かさが、映像と音響によって伝わってくる。馬車の鈴の音が夜の寒さを表し、部屋の中で交わされる会話が暖炉の暖かさを感じさせる。そして、その寒さや暖かさが、死を見つめるヒューストンの視線と重なる時、映画は一段と豊かに「生」を際立たせていく。まさにジョン・ヒューストンの遺作と呼ぶにふさわしい濃密さだ。 ジョン・ヒューストンの代表作としてあげられるのは「マルタの鷹」「黄金」「アフリカの女王」など、初期のものが多いが、彼の多彩なフィルモグラフィの到達点として、本作は決して忘れることができない1本だ。名作である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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