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テーマ:たわごと(26807)
カテゴリ:日常
8月31日に豊島園が94年の歴史を閉じました
父に初めて連れて行ってもらったのは、4才(当時の数え年でいえば5才)くらいの時だと 記憶しています。 浦和→赤羽→池袋→豊島園。3回の乗り換え。そこは当に天国でした。 1940年頃、明治生まれの一家の主が子供を連れて外出するなど、あまり例が無かったのではと 危ない遊具 には乗せてもらえませんでしたが 回転木馬から父に手を振って誇らしかった記憶。 デパートにも、何度も行きました。銀座松屋・日本橋三越等々・・・屋上の遊園地で遊具に乗り、 食堂のお子様ランチの旗をそっと持ち帰ったものでした。 後年、この楽しかった記憶を娘たちにも経験してもらいたいと、夫に託しました。 Mrs.サマンサは喜んで、嬉々として出かけ、デパートで出会った女優さんに「なんて可愛いの」と 声をかけられたとか。ティンママは絶対遊具には乗らず無理に乗せても降りてしまうのでした 読書家だったので、私にも本をたくさん買ってくれました。雑誌は『小学〇年生』 何故か1学年上の号を。1年生の時は『小学2年生』『ファーブル昆虫記』から得た知識。 勉強しなさいと言われたことは一度もありませんでした。 長くなりました。次回に続きを書きます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.10.01 12:11:26
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