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カテゴリ:メンタルヘルス
【不安を和らげるには】
生きていれば、不安に思うこともあります。 しかし中には、「不安なことは何もない」と、超然としている人が存在する かもしれません。 そもそも不安になるのは、自分を防衛するための生存本能があるからです。 命にかかわる不安な予想には、前もって備えておく必要があります。 それが、命を守ることになるからです。 ただ、まだ起きてもいないことが現実に起きたらどうしよう、と予想すると 心は不安になります。 その不安から、恐怖心になったりします。 不安と恐怖心はつながっているのですが、本来は別々のものです。 不安なことばかり考えていると、起きるかもしれない現実に恐怖を感じてしま いますが、不安な心を和らげれば、恐怖心も軽減されます。 不安というのは、取り越し苦労と同じです。 中村天風という思想家が次のように語っています。 『多くの人は、取り越し苦労を当然と思っている。 物事を問わず、たとえ、本当に心配することを心配した場合でも、 心配しなくてもいいことを心配した場合でも、結果は同じです。 すなわち、取り越し苦労をすればするほど、その心の消極的反映が、 運命や健康に影響を与えるのです』 つまり、不安なことを考えても考えなくて結果は変わらない。 しかし、不安な心を抱くこと自体、心がマイナスなことを考えてしまい それが、運命と健康に悪い影響を及ぼすことになるのです。 この言葉から、不安な心を和らげるための方法を知ることができます。 不安なことを考えても考えなくても同じで、考えるだけ時間のムダです。 それより、心がプラスになるようなことを考えれば、運命も健康にもよい 影響を与えるのですから、そのように考えればいいのです。 これは、「常日頃から考えていることが現実化する」、ということです。 古語にも次のようなものがあります。 『心は、常に現在の一刻に集中しておかなければならない。 物事がまだ出現していないのに、これを迎えることはできない。 過ぎ去ったことを追いかけても、追いつくことはできない』 いま目の前にある現在、するべきことに集中し、どうなるかわからない未来を あれこれ考えず、昔のことをあれこれ考えることはやめましょう、という意味 です。 もし、不安なことがあっていろいろ悩むようなことがあれば、その時にすべき ことを淡々とやればいい、と自分に言い聞かせましょう。 このときに、「不安なことを考えてはいけない」と思う必要もありません。 それは、「不安なことを考えてはいけない」という自身の心に執着すること になるからです。 これは、坐禅のときに無念無想にならなければいけないのに、それができない と悩んでいる人がいますが、それと同様です。 坐禅では、雑念が起きてもかまわないのです。 そのために、自分の呼吸に集中するのが坐禅の取り組み方です。 座っているときに、できることは自分の呼吸に集中するだけ、と単純に考えれ ばいいのです。 不安な心が起きたら、あえてフタをせずにやるべきことをやればいい、と考え ましょう。 しだいに、不安からの執着から解き放たれるようになるはずです。 (by ハートリンクス) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年09月12日 07時00分08秒
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