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カテゴリ:フランスの本
失われた時を求めて 9|2 ソドムとゴモラ この調子だと、死ぬまでに「失われた時を求めて」を読み終わらない可能性があると思って、BLエロパートだけでも読んでおこうと思い、花咲く乙女たちのかげにからいきなり8・9巻にジャンプしました。 おそらく、全編通して、著者が一番主張したいのは「社交界ってくだらない」ということなのでしょうけど。社交界がどういう構造で、どういうところがくだらないのかを仔細に書いているため、ページ数が超膨大。 上流貴族がブルジョワに向かって、自分の名字の由来とか土地の名前の由来などを延々を語りまくって、君たちみたいな新興の成金と私とは格が違うのだよ、と語るのをブルジョワが聞き流したりするシーンがずーっと書かれているのは読み飛ばした。 それが実在する名前とか地名だったらまだしも、架空の名前と地名についてここまで色々書けるのはすごいなと思った。 上流貴族の序列では、王族が一番上で、その王族と婚姻関係をより多くもっている昔からの貴族が2番目で、あとは自分の名字をどれだけ歴史を遡れるか、パリの一等地から半径どれくらいの場所に住んでいるかなど判断要素が続々と語られる。 貴族の意識の中では所持金はあまり関係ないので、超名門でも貧乏貴族もいるけど、ブルジョワの価値観では所持金が一番。その中でも医者・学者などの金+教養の持ち主が評価に値する、という考えを持っているらしいことに最初の400ページは消費される。 名門貴族でもブルジョワでもないけど、親が金持ちな主人公「私」が割と中立的な立場から社交界を描写しているんだけど、心の中ではくだらないなって思っていることがわかるように書かれている割に、いざ、晩餐に招待されなくなるかもしれない状況になると、周りの人に働きかけて翌週も自分が招待されるように心を砕く。 なんだよもうーそんな人間関係やめちゃえよーとソドムとゴモラの全編を読んでいる時に割とくじけそうになりました。 その「私」が一番気にかけていることは、ガールフレンドのアルベルチーヌが実はレズなんじゃないかということ。 自分よりも格下のアルベルチーヌをバカにしているようでいて、あまりにも首ったけ。 レズと決まったわけではないのに一緒に電車に乗っている時に、女友達に二人で別の車両に移らせないためだったら、社交界の重鎮に挨拶することも断る。 常に監視下に置いていないと不安で夜も眠れず、食事会の閑談中でも、自分が安心できる相手としか話をさせない。こういうギリギリの精神状態で暮らしてたら体壊した。 この辺の話は2巻のスワンの恋で死ぬほど読んだことだ。 こうした報いは、けしからぬ行為をした者たちのみ降りかかるのではなく、好奇心をそそるなんらかの光景を気晴らしに眺めただけの者たち、いや眺めただけだと思っている者たちにも降りかかる。残念ながら私の場合がそうで、私がスワンの恋の話をいい気になって聞いていた時と同じように、私はうかつにも苦痛となるべく定められた「知る」という不吉な道を私の心中に広がらせたのである。それな。自分のことを知るのも、相手のことを知るのも、不吉というか。 好奇心が働いて、その話をもっと聞いてみたいと思ったところに自分の業があるように思えるな。 スワンの恋の話をなかば馬鹿げていると思いながらも、それを分析せずにはいられなかった「私」が研究していたのは、実は自分の性癖とか自分の運命のようなものだったのかもね。 一度見聞きして通った道を、今度は自分の実体験として通り直してしまったことに気がついたときどうするのか。 自尊心と見栄からは何も生まれないどころか、悪影響しかないとは分かっていても、それを守り通すためならどんな苦労も惜しまないってことが、それもまた400ページくらい書いてある。 「あたし、あなたのそばを離れないわ、ずっとここにいてあげる」そう言ってアルベルチーヌが私に授けてくれたのは―それを私に授けることができるのはアルベルチーヌだけだった―私に焼けるような激痛を与えている毒に良く効く唯一の薬にほかならない。もっともこの薬は、毒と同質のもので、一方はやさしく、もう一方は残忍であるが、双方ともに同じアルベルチーヌから出てきたものである。今のところアルベルチーヌー私の病巣ーは私に苦痛を与える手を緩めて、私にー薬たるアルベルチーヌとしてー快復期の病人のように同情を寄せている。アルベルチーヌがこのセリフを言った時、毒と薬、アメとムチを使い分けようとして言ったんじゃなくて、そんなに意味もなかったと思うよ。 スワンさんは「一人のどうしようもない女が自分に与えてくれる印象は、自分の心の状態の深さであって、その女が与えてくれていると思っているものは、自分の精神状態の反映が作りだす幻でしかない」ってなことを言っていたのを思い出す。 そして待ちに待ったBLパートといえば。 超見栄っ張り貴族のシャルリュス男爵×卑しい出自のヴァイオリン奏者(超美形) 自分が音楽家として大成しようと野心を持っているヴァイオリン奏者のモレルが、シャルリュス男爵をうまいこと使おうとするも、自分がホモだということがコンセルヴァトワールの仲間たちにバレないために男爵と一緒に行動することを恥だと思って冷たい態度をとりまくる。 肝心のモレルと男爵の肉体関係の有無は不明。しかし、ヴェルデュラン夫人の家にお泊りする時、内扉で繋がった部屋をあてがわれて、夫人から 「もし音楽をなさりたければ、どうぞご遠慮なく。ここの壁は要塞のように分厚くできていますし、同じ階にはだれもいませんし、主人はぐっすり眠る人ですから」 と言われている状況で、庇護される側のモレルが誘いを断れそうもないし。モレルのヴァイオリンを男爵が奏でた可能性が高いな。音楽(意味深)笑 モレルがやりたがるトランプ遊びで、トランプの輪に混ざらない男爵が、モレルの後ろからカードを見ながら「これで良い手が打てるな」って耳打ちするシーンは萌えた。 モレルを所有しているのは私ですアピール。 しかしモレルは自分の名声と快楽にしか興味がないから、男爵のことは使い捨てにしか思っていない。 さんざんモレルからバカにされた態度を取られた男爵が、モレルに矛先を向けず、一緒にバカにした将校に決闘を挑むシーンで 私ほどの人間がなぜどこの馬の骨ともわからんあなたのようなジゴロと付き合えるのかと図々しく尋ねても、「そは我が喜びなり」と答えるだけにとどめてきた。この喜びは私の最大の喜びになる可能性をひめているが、あなたが勝手な思い込みで偉くなったつもりでいても、それで私の価値が下がるわけじゃないんだ。「唯一ノ者カラ発スルカクナル光輝!」相手に合わせて身を低うしてやるのは、落ちぶれるのとは違うんだ」って言った時はちょっと笑った。確かにそうだけど、惚れたら負けのトランプゲームで完全に負けちゃったのは男爵だよね。お布施というのは報酬のあるなしに関わらずするものだけど、これだけ不遜な態度とられると喜びではなくなるよな。 「あなたがとんでもない不良だとわかった今でも、最期の覚悟をするときにはご先祖様と同じく「死こそ我が命」と宣言する、そうした私の姿こそをあなたの誇りをすべきだろう」 と言われたモレルがなんて返したのか描いていないことが残念だ。 この実利しか考えない青年は、自分のために他人がどういう態度をとったかよりも、どのくらい金を出したかしか考慮しないんだろうな。 この決闘をやめさせるために、モレルが決闘当日までどうかおそばにいさせてください、と男爵に縋りついたのは、男爵がケガするのを心配するのではなく、ホモの痴情のもつれ劇場をコンセルヴァトワールの仲間に知られたくないから、というのが哀れすぎる。 男爵にたいしてはこんなにもったいぶっているのに、ゲルマント大公とは浜辺でちょっと喋っただけで、娼館で娼婦を含めた3Pしちゃうところはちゃっかりしているよな。 こういう痴情のもつれシーンだけじゃなくって、ドレフュスを支持するかしないか、それを表明したのは誰か、というところを面白いと思えないとこの本を読んだことにはならないんだろうなーと思いつつ、ドレフュス事件がなんだったのか私は思い出せないのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2017.07.09 16:06:53
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