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カテゴリ:きぬきぬ日記
渋谷駅にある岡本太郎さんの巨大壁画「明日の神話」に 爆発した四つの原子炉建屋を描いたベニヤ板を、 壁画とつながるように、横にチョイ付けした件で、 「Chim↑Pom]というアートグループが自分達の行為だと認め、 軽犯罪法違反(はり札)容疑で書類送検されたそうです。 これらの行為を嫌悪の目で見る人達は「当然だ」と言いますし、 岡本太郎の壁画の意味から、文脈のつながりを読み取れるという人達は 「これは美術のパフォーマンスだから笑って赦せ」と言いますし、 ネット上でもこの二極化だったみたいですネ。 …スピさんはというと、 ぶっちゃけ、Chim↑Pomに興味ないんですが(苦笑) 『芸術か犯罪か?』という点において、ふと 1965年に裁判となった「千円札事件」を思い出しました。 ******* 「千円札事件」は、
{復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)} 1963 赤瀬川はこの模写に飽き足らず、 千円札をオモテのみ・一色刷で印刷し、 印刷した紙を『包装紙』や『招待状』として用いました。 {千円札梱包作品} 1963(押収品) 上:第6次ミキサー計画 {中西作品・パフォーマンス} 1963 下:第5次ミキサー計画 {梱包椅子の岡本太郎} 1963 これらが、ひょんな事から警察の目に止まり、 通貨及証券模造取締法違反で起訴され、『千円札裁判』となりました。 この時、赤瀬川は「千円札の偽物」ではなく「千円札の模型」と主張し、 法廷の場で前衛芸術やハイレッドセンターの活動を説明するために、 押収品や証拠品を法廷に並べたそうです。 {法廷写真} 1966 この時、法廷の場は、さながら 前衛芸術オブジェの展覧会のようだったそうです。 …当時は60年安保直後でしたが、 司法は赤瀬川を反体制運動家と混同せず、 『思想的変質者』とし、作品を『芸術でもあり犯罪』と示し、 1967年に執行猶予付きの有罪となりました。 (赤瀬川を支援する芸術家の中にも、赤瀬川の行為を、 バタイユの云う異質性(呪われた部分)と見なし、 司法と同じ見識をもつ人がいたそうです。) バタイユ・呪われた部分有用性の限界 (ちなみに岡本太郎はバタイユと交流があったらしい。) ******* …さてさて、 これら一連の出来事(1960年代)の頃、 まだスピさんは生まれてません。(笑) 1995年、名古屋市美術館で行われた 『赤瀬川原平の冒険』という回顧展(市美術館・毎日新聞社主催)で 一連の作品や起訴状、法廷写真を観る事が出来ました。 回顧展を見てスピさんが思った事は、 芸術が、芸術に全く興味の無い人達の前に飛び出し、 「どのへんが芸術なの?」と、一瞬でも意識させた意義は (賛否はどうあれ)大きいように感じました。 しかも、マスコミや新聞に酷評されればされる程、 美術に興味のない人から注目される「異質っぷり」や、 柔道の投げ技みたいに、法廷をコロリと美術館に一変させた 「ハプニングぶり」を見るにつけ、 むしろ完成度が高くなったようにも感じられました。 ******* さてさてさて、今回の「Chim↑Pom」の件では、 「千円札事件」と比較すると犯罪の重さに違いはあるものの、 「ハイレッド・センター」と方向性は同じなのかなぁ? なんて、ちょっと思いました。 …なので、もしも彼らを擁護する美術愛好家の中に、 「今度の個展は法廷でやればイイんじゃね?(笑)」 …みたいな事をジョークまじりに言える人が居たならば、 日本のアートは、やっと45年前を咀嚼できたのになぁ…。 …な~んてネ、ほんのちょっとだけ、ほんのりと、うっかりと(笑)、 スイ~ツな主婦が思っちゃったりしちゃったのでした。(笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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