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一、ふざけるな。やってられるか。 一、御魂鎮のために据えられた守宿の役割? そんなもの自分には関係ない。 一、神霊ふぜいに大切な身体をいじられて、 将来を勝手に決められてたまるか。 一、以降、履歴書の職業欄に‘山の神の愛人’ とでも書けというのか。 不二の不文律に対する豊の常日頃からの思いを挙げ連ねれば、こういったところである。 遼がおたまじゃくしの尻尾のようにひとつに結えた髪を揺らして風呂を浴びに行ってしまっても、囲炉裏端ではいまだ兄弟会議が紛糾していた。 ──ええが。こうなるとゆんゆんっちゃなんは、これでも守宿(すく)、それでも守宿、信じられんが守宿だっちゃ。つまり、女神の心身ともに満ち足りて差し上げて、それで世界も安定。世のため人のため、何より自分のため。考えてもみろよ、世間では高校一年生ですでに定職に就けるんだぜよ、人生明るいっちゃ。 ──まどの言うとおりだが。この浮き沈みの多い世の中、こんな安泰なお役に就けることは喜ばしいことなんだぞ。お祖父さまも父上も謹んで我が身をうろ様に捧げたと聞くではないか。おまえだけだじぇ、渋ってんの。 呪師の本家に生まれついたくせに、ふだんから神霊関係にはなにかと気弱な和(のどか)までが議論に参加してきたので、豊は不服そうにつんと顎を上げた。 ──わしはな、守宿っちゃなんが、休みも収入もない職業に就きたくはないのだが。 これで収入があったら、ハッキリ売春だが。 ──なら、ゆんゆんは将来にどんなビジョンを持っとるんじゃ。 ──だから・・・・普通に会社入って、お嫁さんもらって、甘~い新婚生活送るとか? ──愛人しながらでもできるって、そんなん。 ──できんわ! 思いっきり叫んで、豊は円の顔をひた、と見つめた。 ──千や二千以上の年上の・・・・しかも愛人だが、愛人! 兄(あに)さは、よう平気っちゃな。 ──しっつれいやなぁ、女神さんを化け物みたいに。 化け物だろ。 ──滝壷を風呂代わりにして一緒につかったりー、寝たりー、ふたりきりで遊んだりしてれば、おまえも【うろ様】に必要とされてるって、きっと幸せ感がわかってくるでよ。 ──風呂にまで入るのか。 ──わしが知るか。けど恋人っちゃなんが皆そうするもんだで。言うてるだけで照れるなぁ。 ──まどはしたいようにすればええ。わしはとめんが。 たしかに、ものごころつかない時分には、 ──守宿ってええなぁ。お嫁さんもいて、きれいな姫さまともいつでも契りを交わせて・・・・わしも大きゅうなったら、絶対父さまみたいになる。 なんて、兄弟ではしゃいでいたこともあった。 ──だいたい、十五ってまだ成人でないんと違うか? 冠婚葬祭の冠やろ。日本では古来から男子の十八が初冠(ういこうぶり)にあたるんでないだか。そんな若輩者に、年長の女性との‘契り’を強要するのは、青少年保護条例に照らしてみてもいかがなものかと・・・・。 ──冠婚葬祭の冠? そがなことよう知っとるな。けどな、頭ええ奴は愛人には向かんで? もっと莫迦にならんと莫迦に。 埒が明かん、と顔をそむけると、そちら側には長姉の気遣わしげに覗きこむ瞳があった。 ──ほら、ゆったん。ぐずってるから日が翳ってきたでよ。このまま夕方になってくると暗いし、雨でも来たら足元が悪なるで。 ──ゆいさんの言うとおりだっちゃ。父上もおまえの存在を忘れないでいてくれたことだし、ここは一発、不二一族を助けると思って、どうだ。やってみるだっちゃ! もとより、年に一回、親族が集まる七月の祭礼は、子供たちにとっては気の重いお勤めでもあった。なぜなら、祭礼が始まる前は、必ず一族の子供たちが拝殿に集められ、現世守宿の小角さまによる口伝が始まるからである。一族の家訓から、荒神さま──いわゆる【うろ様】と交わす御詞(みことば)まで、それは正座させられた足の痺れとの格闘でもあった。 まして、毎年わずかずつ伝授される御詞は、口伝独特の韻を踏むため一度でも聞き逃すと丸暗記できなくなる。そうやってくり返しくり返し覚えて、一字一句違えることなく暗唱できてはじめて、本家の嗣子として認められるのである。豊のように、本人の意思として嗣子と認められたくない者であっても、不参加は許されない。これが彼らにとって面倒なこと極まりない。 守宿さえ決まれば、選別にあぶれた者はこのお勤めのすべてから解放されるのだ。それはとりもなおさず、守宿に当たった者へのお勤めの押し付けに他ならない。 やれやれ、身内にひとりくらいは味方がないんかい。 豊はあらためて円をふり返った。 ──まど、だいたいおまえはどういう了見で守宿の条件をなくしてきたのや! まどさえ条件そろえておれば、年功序列で次世の守宿はおまえだったっちゃが! ──すまん・・・・。おまえを裏切るつもりはなかってんけど、酔ったいきおいで、つい。 弟にぴたっと額を指さされて、円はえへへっ、と恥ずかしそうに頭をかいた。 ──酔ったいきおい・・・・この鬼畜め。けど、酔ったいきおいで一緒に風呂にまで入るかっての! ゼッタイ確信犯だろおまえ! ──わはははは! 照れるなぁ。 ──・・・・・。 本格的にむくれようとした時だった。 ──まだこんなところで駄々ってるのか・・・・・・相変わらず、仕様のない子だね。 いきなり響いた冷淡な声。 抑揚のないその声に振り向くと、いつの間にか彼はそこにいた。 いつ引き戸を開いて入ってきたのだろう。音もなくその場に現われた青年。静かな、だがどことなく攻撃的な波動をその長身から醸し出している。 ──静・・・・・・? しずさん! 円がふり返って声を上げた。 ──悪いがゆた、そこの椅子を替わってくれないか。 しつらえてある大型の椅子に力なく身体を預けているようだった弟に、開口一番、絶対零度の声音で言い放つ。 ──ベルギー・アールヌーボーの逸品、ヴァン・ド・ヴェルドはぼくにこそ似合うものだからね。 ──なにそれ、プロレス技? 言い返す豊に、縁なし眼鏡の向こうから氷点下の視線を向ける。 ──やれやれ十六にもなるというのに、これかい・・・・・・。 豊を椅子から追い出すと、白いワイシャツの腕をゆったりと肘掛にもたせかけ、ダークグレーのスラックスに包まれた長い脚を組んで、彼はあからさまな冷笑を浮かべた。 この青年が次兄の静(しずか)である。 無言で睨みあげてきた豊の視線をきれいに無視して、静はほかの兄弟に向き直った。 ──お久しぶり、みなさん。 双子の姉たちもほほ笑んだ。 ──いや、本当に久ぶりやね、しずさん。兄(あに)さんたち県外組だとこういう機会がないとなかなか会えんで。しずさんは医学部だったか──いやいや立派になりはって。 ──ああ。ところで、 時候の挨拶はここまで、とばかりに短く答えると、静が豊をちらと一瞥する。 ──聞き分けがないと、父上も大変だね。 聞こえよがしに言う。 ──まるで子供だ。末息子だからって、あの人も少し甘やかしすぎるんじゃないの? ──・・・・・・っ!! いかな豊にも相性というものはある。この兄とは、幼い頃から幾度となく性質の合わなさを感じてきた。 今、久方ぶりにそのことを実感している次第である。 ──二十八年に一度、一族総出で行なわれる《御魂鎮》の神事の三日前、直系の清童が【うろ様】のまします滝の祠に詣でる。それが昔からの決まりごと・・・・・・ゆた、父上の受け売りではないが、何の意味がないように思えても、欠かさず続けることが大切なこともあるんだぞ。御魂鎮の儀式を執り行うのは、【うろ様】と不二一族が交わした誓約を世襲するための大切な儀式だってこと、まさか──忘れたわけではないだろうね。 最後の‘ね’に、絶妙な皮肉の調子を含ませて、静は独特の威圧感のもとに長いセリフを切り上げた。 御魂鎮(みたましずめ)の儀式? 医学を志す、現実主義者であるべきの静が何を言い出すかと思えば──。 豊にとって、それは祝言のマネごとに他ならない。茶番だ、はっきり。 弟が言い返そうとしているのを感じ取って、静は唇の端だけで薄く笑った。 そうして豊の次の言葉を封じておいて、彼は血も凍るような伝承を語り始める。 よどみなく、淡々と・・・・・。 --------------------------------------------------------------------- 写真はイメージです。化身ではありません(笑)。実際はどちらかといえば白蛇のような・・・・。 静さま、ごめんなして。お久しぶりでございます。 明日は●コブラVSマングース●・・・・じゃなかった●間引き●です。 この方が語ると、ミョ~に説得力があるのです。 血も凍るような伝承も怖ろしいけど、静さんの存在自体コワイ気が・・・・・(笑)。 タイムスリップして、ベルギー・アールヌーボーの逸品、ヴァン・ド・ヴェルドの椅子の前(笑)に集まりなんせ。 ◆番外編登場人物のご紹介はこちらへジャンプ。 ◆備考として、番外編の「呪の子」を読み返していただければさいわいです。 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ 1日1クリック有効となります。ありがとうございます。励みになります! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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