066:二つの媒体
066:二つの媒体標茶町役場の一室に、神妙な顔の人たちが集まっている。越川町長の招聘(しょうへい)で集まっているのは、山際標茶高校校長、越川工務店社長、北村広報課長、宮瀬哲伸、そして秋山昭子である。「お忙しい中を、急に集まってもらって、申し訳なく思います。本日みなさんにきていただいたのは、標茶町の未来について、私たちに何ができるかを、ざっくばらんに話し合ってもらいたいからです」 会合の趣旨を話し、町長の越川常太郎はバトンを北村に渡す。昭子はこの時点で、呼ばれた意味を察知した。標高新聞の回収騒ぎのメンバは、糾弾の矛先を生まれたてのマガジンに向けてきた。昭子は、膝においた手を固く握りしめている。「標茶町には私どもが発行する、広報誌『標茶町だより』があります。しかし最近、ご出席いただいている秋山昭子さんが責任者をなさっているマガジン『標茶の未来』が、広く町民に配布されました。これはゆゆしきことで、多くの町民は二つの媒体から入る情報に、翻弄されています」「ちょっと待ってください。マガジンのタイトルは、『未来の標茶』です。お間違えになっているか、別の刊行物の話なのか、はっきりとさせてください」 昭子に追求され、北村はあわてて手持ちの資料に目を落とす。「大変申し訳ありません。『未来の標茶』でした。話を続けさせていただきます。それで町民を混乱させるマガジンを、即刻廃止していただきたいと、みなさんのご意見をうかがう次第です」 昭子は立ち上がり、憤然と抗議の言葉を述べた。「どんな資格や法律に基づいて、廃止勧告をなさっているのか、その根拠を教えてください」「法律的な根拠は、存在しません。ただ混乱している町民を代表して、自主的な撤退をお願いしているだけです。マガジンには、多くの高校生が参加しています。彼らの本分は勉強をすることであり、大人の世界に巻きこまないでもらいたい、というのもお願いの根拠です。山際校長は、どうお考えですか?」「学外での生徒の活動は、倫理や道徳上でのしばりがあります。マガジンについて学校としては、好ましくない範囲の活動として、参加させない方向で指導するつもりでおります」 山際校長の意見を受けて、宮瀬哲伸が立ち上がった。「私もちょっと前までは、同じ考えでした。しかし生徒たちの真摯(しんし)な心に触れ、この子たちとともに、明るくみんなに喜んでもらえる町づくりをすべきだと思い至りました。私は会社の博物館の、館長も兼務しています。残念ながら、当初の目論見どおりの成果は上げられていません。そんなとき彼らが町民から集めた、アンケートの結果を見ました。そこには、町民の生の声がありました。観光客誘致より以前に、観光客を迎え入れる町民の方を、幸せにすることが大切です」