柚木麻子『ランチのアッコちゃん』(双葉文庫)
地味な派遣社員の三智子は彼氏にフラれて落ち込み、食欲もなかった。そこへ雲の上の存在である黒川敦子部長、通称<アッコさん>から声がかかる。「一週間、ランチを取り替えっこしましょう」。気乗りがしない三智子だったが、アッコさんの不思議なランチコースを巡るうち、少しずつ変わっていく自分に気づく(表題作)。読むほどに心が弾んでくる魔法の四編。読むとどんどん元気が出るスペシャルビタミン小説! (「BOOK」データベースより)柚木麻子『ランチのアッコちゃん』(双葉文庫)◎2つの極をつなぐ 柚木麻子は27歳(2008年)のときに、「フォーゲットミー、ノットブルー」(『終点のあの子』文春文庫所収)で第88回オール讀物新人賞を受賞しました。オール讀物新人賞は第1回の佳作に、松本清張 「啾啾吟(しゅうしゅうぎん)」(『西郷札』新潮文庫所収)があるほど伝統的な新人賞です。 文学界新人賞が芥川賞への登竜門なら、オール讀物新人賞は直木賞への入り口といえると思います。ただし最近は、少し色あせてきましたが。 柚木麻子は舞台や人物について、執拗に書きこみません。そのかわり会話には、力点がおかれています。テンポのよい短い会話をならべ、登場人物の心理をそこにはめこむのです。「フォーゲットミー、ノットブルー」は、女子高が舞台の作品です。希代子はエスカレーター式に高校へ進学します。そこに新たに入学してきた朱里が加わります。希代子は、自由奔放な朱里に魅せられます。しかし好意はしだいに変質してゆきます。私は本作を『終点のあの子』で読みました。どこにでもある小さな組織のなかを、巧みに描く新人登場とワクワクさせられました。 今回紹介させていただく『ランチのアッコちゃん』(双葉文庫)は、『終点のあの子』の直後に書かれた作品です。柚木麻子はそれをボツ原稿にしたのですが、たまたま双葉社の編集者が拾い上げてくれたようです(『ダ・ヴィンチ』2014年1月号参照)。 たしかに『ランチのアッコちゃん』は、直木賞候補となった近作『伊藤くんAtoE』(幻冬舎、初出2013年)や『本屋さんのダイアナ』(新潮社、初出2014年)とくらべると荒削りです。しかし小さな世界の2つの極をつなげる巧みさは、天性のものだと思います。◎おちこぼれ豹変小説 柚木麻子『ランチのアッコちゃん』は、あるきっかけで元気になる若い女性の物語です。大きなできごとはないのですが、読後感はすこぶるさわやかです。2014年度本屋大賞第7位は、うなづけます。『ランチのアッコちゃん』には、表題作の続編ともいえる「夜食のアッコちゃん」と、「夜の大捜査先生」「ゆとりのビアガーデン」が所収されています。いずれも30分ほどで読むことができる短篇です。「ランチのアッコちゃん」「夜食のアッコちゃん」は、彼氏にフラれて落ち込んでいる派遣社員・三智子と辣腕のお局・アッコさん(黒川敦子)のお話です。ある日三智子は、アッコさんからランチを交換しようと持ちかけられます。三智子は手づくりの弁当をひっそりと食べていました。 1週間、三智子は自分の弁当をアッコさんに渡し、代わりに外食の店を指定されます。嫌々店へ行くのですが、どこの店でも固有名詞を呼ばれ、熱烈歓迎されます。いつも一人ぽっちだった三智子は少しずつ元気を取り戻します。冷たい弁当を一人ぼっちで食べていた世界から、アツアツのメニューを店主との会話をそえて味わう世界へ。三智子を心を温められていきます。そしてどの店でも一目おかれている、お局さんの無言のメッセージを受け止めます。「夜食のアッコちゃん」は会社が倒産して、アッコさんが移動販売車でポトフを売る話です。三智子も仕事の合間に、手伝うことになります。「ランチのアッコちゃん」では、形だけで元気を与える仕組みをつくったアッコさんですが、こちらは身体を張って元気を表現してみせます。 早朝から深夜まで、アツアツのポトフを待つ客へと車を走らせます。「夜食のアッコちゃん」は、アッコ節が全開します。こんな具合です。――二十四歳になって甘えるんじゃないの。今いる場所でちゃんとやれない人間が、私の役に立とうなんて百年早いのよ。(本文P67)――あなた、世の中の人間が全員、朝起きて夜寝ると思っているの? 皆、あなたみたいに九時から六時のタイムスケジュールで働いていると思っているの?(本文P72)――そうよ、あなた、いつもニコニコ優等生過ぎるのよ。だから、なめられるの。たまには不機嫌そうな顔をして、周りにも気を使わせてやった方がいいのよ。(本文P107)◎長編を読みたい 他の作品は、元鬼教師と元ワルだった生徒の話(「夜の大捜査先生」)と、元小さな会社の社長と早期退職したダメ女子社員の話(「ゆとりのビアガーデン」)です。 柚木麻子は、歯切れのよい会話のなかに、微妙な心理の綾を書きこみます。直木賞を獲得するには、長編小説がほしいと思います。まだレンジでチンと世界を、彷徨っている感じが否めません。若手作家のなかで飛びぬけて文章力がある、柚木麻子に必要なのは、骨太の長編小説だと思っています。少し辛口のスパイスを加えましたが、期待している柚木特製のランチをお召し上がりください。(山本藤光:2015.05.09初稿、2015.12.10改稿)