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「男の名前で生きていきます」 1940字
犬や猫に苗字までつける人は少ないと思う。ワテにフリムン太郎と苗字付きの名前をつけた飼い主の名前も変わっています。フリムン徳さんといいます。ワテは人間様ではおまへん。ワテは様付けで呼ばれなく、チャン付けで呼ばれる猫ちゃんです。ワテのお父ちゃんは、作家の向田邦子が自分の猫に(向田鉄)と苗字までつけたので、その真似をして、苗字がフリムン、名が太郎、とフリムン太郎と名つけたのです。 太郎という男の名前を付けられたが、ワテは雌猫であります。雌猫なのに、男の名前の猫と変わっていますが、毛色も変わってまんのです。シャムネコみたいに、上品な毛色ではおまへん、三毛猫みたいに茶色と白黒でもおまへん。もらわれてきて、生まれて間もない頃は、グレーがかったブルーの、それは珍しい色でしたが、だんだんと大きくなるにつれ、鼠色が濃くなり、生まれてから1年近く経った今頃は、とうとう鼠色になってしまいました。鼠を獲る猫が鼠色になった。ひょっとしたら、昔ワテの祖先はネズミだったかもしれないと思う時があります。鼠色の猫は鼠を捕りやすいと思いますが、ワテのお父さんの嫁はんが、ワテを絶対に出してくれまへんので、鼠は見たこともないのです。 ワテのお父ちゃんは、ちゃんとした人間様でおます。お父ちゃんの名前はフリムン徳さんと申します。4年前までは、立派な大工の徳さんと、さん付けで呼ばれていたのですが、長年のビールの飲みすぎで4年前に痛風で倒れて、大工仕事が出来ん身体障害者になりました。難儀な男はんです。 ベッドの上で四つん這いになって、文章の書き方を勉強して、「フリムン徳さんの波瀾万丈記」という本を文芸社から出版してからは、フリムン徳さんと呼ばれるようになりました。 フリムンとは喜界島の方言で、常識はずれの行動をする人のこと、大阪弁の(アホ)に似た言葉です。自分ひとりがフリムンと呼ばれるのは淋しい気持ちもあったから、一人でも仲間がおれば心強いと思って、私にもフリムン太郎と付けた様に思います。 ワテに男の名前を付けた理由はそれだけではおまへん。もっと深い理由があったのです。彼は病気で59歳に倒れるまで、26年間、大工仕事とビール一筋にわき目も振らず、わが道をまい進してきた男はんです。お客さんには気を使っても、嫁はんには気を使うことをしなかった男はんです。 ところが病気になってからは、目が覚めて、嫁はんにも他人様にも気を使うようになりました。少し世間様の男はんと同じようになったのです。特に、嫁はんには、今までと打って変わったように、気を使うようになりました。 これはえらいことになったのです。 大工さんの頃のように、朝、早よう家を出て、夜、遅そう、家に帰ってくるのではありません。今は1日中家にいて、コンピューターに向かってエッセーばかりを書いているのですから、息抜きの相手にワテを飼ってくれたのです。エッセイを書きながら、うまく書けない時は頭を掻いていたようですが、私を飼ってからは、「太郎、太郎」とうるさく私をしょっちゅう呼びつけて、撫で回して触るのです。 ある日、ワテはアタスカデーロ(Atascadero)のペット病院へ検診に連れて行かれました。お父ちゃんは医者にワテの名前を聞かれて、「太郎」と言いました。そしたら医者は「トロですか、おいしそうな前ですねえ」とニヤニヤしながら「トロ、トロ」と呼んでくれました。その白人の医者は寿司が大好きで、サンルイス・オビスポ(San Luis Obispo)のすし屋さんへ毎週1回寿司を食べに行くそうです。どうも寿司好きのアメリカ人には、「太郎」は「トロ」に聞こえるようです。ワテは、トロか、太郎かどっちを取ろうか迷いました。 ワテは女だから、男の名前よりは魚のトロの方が皆さんに喜ばれるから、ええなあと思いますが、これだけはおとうちゃんが付けてくれた名前ですから、どうにもなりまへん。ワテは1年近くフリムン徳さんと一緒に住んで、なぜ女のワテに男の名前「太郎」と付けたかその理由が分かりました。 お父ちゃんはエッセイがうまく書けないと、すぐに、「太郎、太郎」と私を呼びます。1日中、朝から晩までです。そうしたら、私も「私はひょっとしたら男かもしれない」と錯覚しそうになる時があるのです。私の場合はそうです。ところが徳さんの嫁はんにしてみれば、また違う受け取り方をするはずです。 たとえば、私の名前が女の名前で、「愛子、愛子」と徳さんが毎日呼んでいたら、嫁はんはヤキモチを焼くに違いありません。ワテは徳さんが女のワテに男の名前「太郎」と付けた理由が分かりました。フリムン徳さんはフリムンでも、賢い、立派なフリムンだとワテは尊敬しています。 だからワテは、徳さんのために、このまま男の名前太郎で生きていきます。 フリムン徳さん お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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