|
カテゴリ:できごと
最近、つり銭の出るセルフ・ガソリンスタンドがある。
老人アスも、3度ばかりそのスタンドを利用した。 ある日、「ケイサツです」と称する男たちが6人、アス老人を訪ねて来た。 ![]() 「管轄内で起こった窃盗事件の調査」だという。 先日、キムラという33歳の男が給油した際、釣り銭を取り口に忘れたまま帰った。数キロ走って、釣銭を持って来なかったことに気付き、すぐにガソリンスタンドへ引き返した。 と、そのボックスに別の車がいて、給油している男がいた。 「ここに、お金置いてたん知りませんか?」 と訊ねたけど、「さあ。知りませんで」と言われてすごすご帰ったが、どう考えてもその男がネコババしたに違いない、とケイサツに訴えた。1万円札で千円分ガソリンを入れた釣銭だから、千円札9枚の窃盗事件として受け付けたケイサツは、ビデオ・カメラに写っているフィルムを調べた。 ![]() キムラの車が給油を終えて出て行って暫くしてから次の男が来た。フィルムには、次の男が立っているところ、給油しているところが写っていた。ケイサツは車のナンバーから、その男アス老人の住所を突き止めた。「ケイサツ」と聞いたら逃亡するかも知れないと、刑事6人でアス老人の家へ行った。 「え? ガソリンスタンドの? 釣銭? 知りまへんなあ」 老人は逃げもせず、怪訝な顔をした。 翌日、改めて刑事が迎えに来て、任意同行でケイサツへ行ったアス老人は、そのスタンドで給油したことと「お金知らないか」と訊ねられたことは覚えているが、お金は見なかったと言った。 ビデオからプリントした写真を見せて、この車が出たあとあんたが来るまで誰も来ていない、出来心ということもある。あっさりスンマセンと言ってお金を返したらそれでしまいだから……と刑事達は入れ替わり立ち代り、6時間もかかって老人に自白させようとした。 「知らんもんは知りまへんな。大体、自分の財産の管理が出来んヤツはアホでっせ。1万円札で千円しかガソリん買えんて、よっぽどの貧乏でっしゃろ。貧すりゃ貪するいうて、妙なこと思いつくヤツいますからな。そんなヤツの言うこと真に受けて、ケイサツはヒマでんねんなあ」 「ヒマなことはない。あっさりスンマセンと言うてくれたらそんで片付くんです」 「どう片付くんでっか。その人、訴えを取り下げると言うんでっか」 「いや。こうして書類になったものは、ちゃんとケリを付けないとダメなんです。書類送検のあと、身柄拘束、裁判ということになります」 「よろしいで。裁判やりまひょ。拘置所いうとこ、ハナシのタネに1遍入ってみてもよろしいで」 刑事達の思惑に反して、老人は「知らん。知らん」を繰り返した。刑事達は、アス老人の妻に説得してもらおうと相談し、夫人を迎えに行った。 アス夫人はなにも知らないようだった。 刑事は車の中で、ジケンのあらましをかいつまんで話した。 「9千円の紛失ジケンですか」 「いや。窃盗事件です」 「katuケイサツって、ヒマなんですねえ」 「いや。ヒマなことはないですよ。忙しいのに、簡単に済むと思ってたことが簡単に済まんので困ってるんです」 「その人、1万円で千円しか買わなかったんですか。よっぽど困ってはる人なんですねえ」 夫人は、アス老人と同じことを言った。 「いや。友達の車を借りて、使った分を入れて返すべしだったらしいです」 「使った分といわず、満タンにして返したらよろしいのにね。そんな根性やから、お金失うんですわ」 ![]() 「出来心ということもあるんやから、あっさり認めてくれはったら、書類だけで片付くんですけどね。ご主人も強情ですねえ」 「間違うたことは、しない人です」 「知らん、知らんばっかり言うてはるけど、写真見たらご主人しかないんですよ。おくさんから説得してもうたら……」 「それは、無理ですわ」 「あははは。ムリですか」 アス夫人は老人とは別の調べ室に通された。モトオと名乗る刑事が、カメラからのプリント写真を見せて説明した。 「キムラの車が出て行くところ。これはご主人の車。ご主人が手を上げているところ。この手の位置が不自然でしょう」 「さあ……」 「お釣りの出る口は上の方なんです」 「お金を仕舞ってるようには見えませんね」 「でも、ガソリン買う時は最初にお金を入れるのに、この手は違いますやろ。この機械は、お釣りが残ってたら一旦抜いて、それからしか入れられんのです。お釣り忘れて行ったら、事務所の方にブザーが鳴るそうです」 「その人が出て行って、主人が来るまで、何分あったんですか?」 「7分です」 その2分間になにがあったか、と此のあいだ船の衝突事件でモンダイになっていた。飛行機墜落事件の時は4分だった。7分といえば、事務所にいる店員がビデオを消して出てきて、お釣りを抜いて戻ってまたビデオを点けることが出来る。 「ご主人、認めんかったら身柄拘束して、手錠はめてケンケイの方へ送られて、また調べられて、裁判ということになります」 車の中で説明した刑事と同じことを、モトオ刑事も言った。 「もう3時間ほど、調べてもうたら、答えが変わるか知れませんよ」 「いや。ご主人血圧が高そうですから、ひっくり返りはっても困りますので…」 「あっちこっち病気抱えてますからねえ。毎日、12種類のクスリ飲んでますわ」 「そうですか。顔色見ながら、質問してますんやけどね。血圧高そうですんで、気ィ使います」 「なんやったら、今晩ここへ泊めてもうても……」 「明日も遠い病院へ行かれるそうですね」 「そうですか。病院もあっちこっち行ってますわ」 「で、今日のところはお引取り願います」 モトオ刑事は夫人に、身柄引き受け書にサインさせ、別室からアス老人をつれて来た。 「あ。お前、なにしに来たん?」 「迎えに来はったから…」 「へええ。なにしてんのん?」 「身柄引き受け書にサインしてますねん」 「へええ」 家まで二十キロほどある。夫人を迎えに来た刑事が送ってくれるという。夫人は無印の車の左のドアを開けて乗り、老人は右側のドアから乗った。田舎の町はもう真っ暗だった。 家の前で、何気なくドアを開けようとしたアス老人は「あっ。開けへん」と驚いた。 「こっちは逃亡防止になってます」 「逃亡防止ですか。あはははは」 夫人が面白そうに笑った。 これはほんとの話です。 さて、この後はどうなるやら-------- ご意見があればお聞かせください。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|