全国的に雨が降り続け、場所に依っては、大雨洪水警報に加えて、土砂崩れ警報が発令されていて、住民の不安は増すばかりです。
鎌倉源氏政権の3代目将軍の実朝は、次の様に詠んで住民への不安を代弁していました。
時によりすぐれば民の嘆きなり八大龍王雨やめたまへ
心優しいこの将軍は、不幸にも従弟に刺殺されることになり、将軍不在のまま、頼朝の妻政子の親戚一族が執権職として政治を司とることになり、1333年新田義貞に依って滅ばされる迄、鎌倉時代が続くことになりました。
此の事案は建武の中興と言われ、武士に押し上げられた後醍醐天皇が執権を担うのですが、武士勢力を蔑ろにした政策は不評を買い、源氏の遠い縁戚でもあった足利尊氏の反乱は功を奏して、足利時代が成立することになりました。