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外面はクールで 内面はベリーホットな男の日記

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考古学

November 10, 2009
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カテゴリ:考古学

先日のブログでこんなことを書いていた

ちなみに

近々

邪馬台国に関する発表があるとか・・・

という噂を耳にしました

どんなことなのでしょう?気になります

実はこれ

我が桜井市のまきむく遺跡で

邪馬台国卑弥呼の居館か?と思われる建造物の痕跡が

出土したというニュースである

おそらくは

今日(10日)のトップニュースになるはずであったろうし

明日(11日)の朝刊1面のトップ記事になるはずであった

しかし・・・

市橋容疑者逮捕!

森繁久彌さん死去!

に取って代られてしまいました

市長さん

かなり気合が入っていたみたいなのに運が悪いです

授業終了後

テレビでニュースを見ようと思っていましたが

生徒を11時半まで残していましたので

見損ないました

っていうかすっかり頭から飛んでいました

しかし

この週末はまた全国から考古学ファンが

わが町に数万人は訪れるのではないでしょうか

うれしいことです

日ごろガラガラの2両編成のJRも増結したほうがいいのではないでしょうか

奈良交通のバスもピストン運動をすれば

めちゃ儲かりまっせ!

それから

塾生の保護者のみなさま

こんなすごい発見

近くで見れるのですから

(といっても地面を掘って所々丸い穴が空いているだけですが)

ぜひとも勉強のためにお子様に見せておくべきだと思います

これで歴史に興味を持つ子もいますからね

 

 

余談ですが

市橋容疑者を発見した人は

懸賞金の1000万円を貰えるのですかね?

気になります

 







最終更新日  November 11, 2009 02:07:15 AM
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October 30, 2009
カテゴリ:考古学

最近の日本の考古学をにぎわしているのが

この古墳

我が家から歩いて5分のところにある

60年ぶりの石室の発掘調査の結果

石室を作る石全面に水銀朱というものが塗られているという

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その水銀朱の材料費

今なら2000万円は下らない量だという

当然当時のかなりの有力者の古墳なのは間違いない

そんな製作費のかかっているこの古墳

作られたのは古墳時代前期

すなわち

弥生時代末期の邪馬台国から

古墳時代前期にわたる大和政権成立の謎を解くカギ

をもつ古墳と考えられる

そして昨日今日明日とその見学会が実施され

多くの考古学ファンがつめかけた

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ちょうど僕の家の前が駅から古墳への徒歩ルートとなっているため

ものすごく多くの人がゾロゾロと歩いて普段とは異なった光景となった

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さて

僕も仕事前に歩いて見学に行ってきた

約30年ぶりに古墳に入ることになる

子供のころは基地であり

カブトムシ、クワガタ捕りの場所であり

探検場所であった

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この斜面を登ったり滑ったり

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前方部頂上の平たい部分

ここを走り回っていた

当時はまさかこんなすごい古墳とは知らなかった

不思議なもので30年ぶりの景色は

見事に僕の記憶にあるものと同じだった

 

 

 







最終更新日  October 30, 2009 11:43:25 PM
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December 13, 2007
カテゴリ:考古学

我が町で弥生時代後期前半

すなわち邪馬台国の少し前 倭国大乱前の

高地性環濠集落の遺跡が見つかった

桜井公園遺跡とよばれ

文字通り以前は公園だった場所であり

高さ数十メートルの丘陵地になっており

僕の小さい頃は2段式の長さ50メートルくらいの滑り台があった

小学校の校区外であったが度々遊びに行ったりした公園である

今回の発掘調査からの推測では

当時の最先端地域の北九州からの攻撃を監視するような機能があったのでは

ということだ

地元であるゆえ納得のいく推測であると思えるのであるが

桜井という場所は

奈良盆地の東南奥にあり

この場所から対角線上すなわち北西側が大阪方面であり

北九州から瀬戸内海を通り大阪に上陸あるいは

現在の大和川を上流に進めばこの地にたどりつくわけであるが

この地に構えていれば大阪方面からの進入に対しては

すべてお見通しできるわけである

とりわけこの桜井公園遺跡という地形は天然の物見櫓であり要害といえる

こんな実際の風景と新聞記事を重ね合わせていると

わくわくさせられる

ちなみに

あの神武天皇の東征は

大阪からの進入を断念し

この地を背後から突く奇襲攻撃的な方法である

これまた北西方面を見つめていれば良いだけだったこの地の人にとって

寝耳に水の攻撃だったのではないだろうか

しかし

熊野灘からこの桜井までの道のりはとてつもない山岳地帯であり

徒歩でしか陸行の手段をとれない当時としては

ある意味奇跡的なルートをたどったことになる

車でさえもいやになるようなルートであるのに

本当に神がかりの行動だ

その名のとおり神がかりの武者だったのかもしれない







最終更新日  December 15, 2007 02:45:40 AM
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