里見八犬士☆犬坂毛野の夢

2005/09/29(木)08:15

夕闇のピアノリサイタル第4章「言葉を失くした少年(3)~牙を剥いた真っ白な猫」

夕闇のピアノリサイタル(11)

~『・・・僕は、一瞬あいつを裏切ろうとしたんだ。   取り返しのつかない過ちを犯そうとしたんだ。   だから僕は心に想い浮かぶ大好きなあいつに向かって   何度も、何度も、ごめんって、言ったんだ・・・・。』   僕の無声の慟哭が、初夏の漆黒の闇に響き渡った・・・。~  ある初夏の夜更け、庭の暗い片隅で蹲って夜空を見上げていた思春期の僕は、着ていた服を泥だらけにしながら、親友のあいつの事を、そして、あいつに約束した“ピアノリサイタル”の事を想ったんだ....。  『嗚呼、どうしよう、全然練習してないや....。』  あの日の僕は、本当はもう練習どころでは無い筈だったなぁ。 だって、あの頃僕は何処にも行き場が無かったんだからなぁ。もちろん、僕は、もう下らない学校へは行くつもりは無かったし、家でも僕を苦しめる言葉と暴力が、一杯僕の硝子の心を粉々にし、また僕の色白の身体に一杯傷を創って血を流したから、僕の部屋にさえ辛くていれなかったなぁ。そう、部屋に入れなくちゃピアノは弾けなかったからね。あとさぁ、それでも僕を無理やり学校に連れて行こうとしてさぁ、僕が死んでも嫌だっていうのにね。だから僕はよく制服をぼろぼろに引き裂いたな。だってそんなもの僕を苦しめる場所の服だからね。嗚呼、それでもそれを無理やり着せられたっけな・・・・・。    そう、それがすっげームカついたから僕は徹底抗戦したんだ。たった独りでね。僕と一生相容れないだろう、僕の心を粉々にした大人や学校の言いなりの連中とさぁ。そうだ、僕がいちばんムカついたのは、泥だらけの僕を無理やり車に押し込めようとした時だったな。そう、大勢見てる中でね。そいつらはさ、みんな自分の事しか考えてなかったなぁ。僕見たいなやつがいるとクラスの恥だとか、家の恥だとか人様に言えないだとか言ってね、僕の気持ちなんて誰も理解してくれなかったな。だから、もうこのままじゃヤバイって感じたから、色の白かった僕は遂に牙を剥いたんだ!そう、誰にもなつかない真っ白な猫の僕は、シャーって唸ってさぁ、自分の都合しか考えられない腐った大人たちを思い切り引っ掻いたり蹴飛ばしてさぁ、ダッシュして声を詰まらせながらの涙声で、やだよって言って。そして、いつも僕の最後の隠れ家は、日の当たらないジメジメとした家の裏だったなぁ。そう、梅雨時だったから、僕が着ていた血みどろの開襟シャツはもう泥だらけで、降り頻る雨のせいで全身びしょ濡れだったなぁ。たった十年ちょっとしか生きてない僕はね、泥水でぐちゃぐちゃな地面に座り込んだんだ。なんかもう疲れちゃったって想ってさ。  そして僕は降り頻る雨を見ながら、あいつの事を想ったんだ。でも、あいつもさぁ、僕のピアノリサイタルの夢もさぁ、僕からだんだん離れて行くんじゃないかって想ったんだ。そして泥だらけの服を着た思春期の僕にも頻繁にやって来た、子供の終わりを告げる身体の変化....。嗚呼、ずぶ濡れでお腹が空いてるだけでもキツイのに、余計どうすればいいか戸惑ったよ....。でもあの場所には犬がいたんだよ。そう八犬伝に出てくる八房みたいな利口そうな病気がちの老犬がさぁ。でもあの犬も白い身体を泥だらけにしていたなぁ。じっと“泥だらけの真っ白な猫”の僕を見てたっけ。そんな時さぁ、もう誰にも抱きしめてもらえないって想った僕はね、想わずこの犬を抱きしめたんだよ!そうしたらさ、僕の身体に飛びついてきてね、僕の涙雨を全部ペロペロ舐めてくれたんだよ!くすぐったいのにさぁ、お構いなしにね!それがなんか温かくてさ、そうこの犬が僕の顔を舐めてくれるのが。だから僕は嬉しくてさぁ、あいつ以外にも僕の友達がいたって事にね!だから今度は僕は嬉し涙を一杯零したんだよ!そう梅雨時のいつ止むか分かんない雨みたいにね。でもなんか急に悲しくなったんだよ、だってさぁ、お互い言葉が通じない相手だからね。そんな時僕はこの犬に声にならない声で訴えたんだよ!寂しいってね。悲しいってね。そして僕は言ったんだよ。顔をペロペロ舐められながらさぁ。  『なんで、僕は独りきりなんだろう?』って.....。  それでもこの犬はずっと僕の顔を舐めたりしてたなぁ....。でも僕はこんな声を聴いたのを覚えてるよ。この犬が言ったんだよ、きっと。  「そんな事、キミのせいじゃないんだよ!」って.....。  『そんな事、僕のせいじゃない・・・・・。』僕は想わず胸が熱くなったよ!だってあいつもよく僕を庇ってくれた時に言ってくれたから.....。嗚呼、きっと、この声はあいつの声かも知れないなって。そう、あいつも僕の事を心配してるだろうなって想ったからね。僕の噂があいつの耳に入ったならさぁ。でももしかしたら、この八房みたいな犬もさぁ、“真っ白な猫”の僕の涙声を聴くのが耐えられなかったのかもしれないな。だからこの犬は僕にあいつ以外誰もかけてくれなかった“温かい言葉”をかけてくれたんだね。  僕は犬が寝てる横で、泥だらけに成りながら、こう想っていたよ。    僕に夢をくれた、親友のあいつの笑顔を想いながら。    そして、あいつと遊んだ楽しかったあの日を想いながら。  『そんなこと、僕のせいじゃない。僕のせいじゃない.....。』  ずっと、ずっと、心の中で叫んでいたよ.....。  いつ実現するか分からない、ピアノリサイタルを想いながら。  それに、今どうしてるか分からないあいつを想ってね.....。  そして、そんな泥だらけでも僕は心配したんだよ。  ずぶ濡れで、それに昼過ぎでもお腹空かせてたのにね。    明日、どうすればいいか、どうやって生きれば分からない、  大人の終わりの時を刻んだ、思春期の僕は.....。  『早く、月光ソナタの練習しなくちゃなっ.....。』って。  ピアノの練習すら、もう叶わないかもしれないのにね.....。  ピアノを弾く僕の白い筈の指は、泥と血にまみれていたよ.....。    残酷な運命に牙を剥いた、泥だらけの真っ白な猫は、  ただ、唯一なついた、あいつの事ばかり考えていたよ.....。  『大丈夫だよ。そんな事、・・・のせいじゃないよ!』      僕の名前を呼ぶ、あいつの声を、確かに僕は聴いたんだ.....。    To be continued.....        

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