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はてなのゆりさん

2018年04月25日
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カテゴリ:生きるって?

去る4月9日に母が亡くなりました。

10月9日生まれでしたので、
ちょうど99才と6か月でした。

四つ葉

3泊4日で、ショートスティに お願いしていた、
3日目の4月8日の朝に食欲がなくなり、その後
茶褐色のものを吐いたとお昼過ぎ姉に電話があり
私のところにはお客さまがあったので声をかけず
午後1時過ぎに姉がひとりで会いに行きました。

私は、3時頃に姉から聞いて
そのあと会いに行きました。

母は、ベッドで横向きに寝ていて
「もう、いいよ」と言いました。

これまでも こういうことはよく言っていたので
私は、あまり、気にも とめませんでした。

四つ葉

主治医のN先生の部屋に案内されました。
「私はこれまでとは違うと思うんですよ」
と言われて、
「自宅に連れて帰りますか? それとも
入院させますか?」と 聞かれました。

私は「これまで吐いたことはなかったので
家に連れて帰って、吐かれたら、姉も 私も
 まごまごしてしまうので入院させて下さい」
と お願いしましたら、
「大部屋が空いてなくて個室になってしまいます。
個室だと1日8600円になってしまいますが
いいですか?
短いかもしれませんし、あるいは
長くなるかもしれませんし」とのことでした。
私は、入院を お願いしました。

四つ葉

私が、携帯電話を家に取りに帰っている10分位の間に
母はショートスティの部屋から病室に移っていました。

看護士さんから言われて、仮の入院の書類を3枚ほど
書いて、「お姉さんは明日何時頃来られますか?」と
聞かれたので、今日、5時半前にふたりで来ます」と
言い、
姉の仕事のあと5時過ぎに一緒に行きました。

母は、さっきより良く眠っているようだったので、
起こさないで帰ってきました。帰る前に、姉が
「側についてましょうか?」と 聞くと、
「いいです。何かあったら連絡しますので、夜の間も
電話がとれるようにしておいて下さい」とのこと。

帰りがけに「悪いものを食べたとしたら、吐いて
しまえば、明日の朝には良くなるんじゃないの」
などと、姉と話しながら気楽に帰ってきました。

四つ葉

夜の間に連絡がなかったので、母が良くなって
いるのだろうと思い、私はのんびり、庭の
竹の子を掘ったり、室内に飾った花の
水をかえたりしていました。

9時過ぎに、姉のところに
「明け方、急変しましたので来て下さい」
と電話があったというので、ふたりで
5分後には家を出て、病院に行き、
10分後には病室に着きました。

「お母さん、ゆり子だよ」と声をかけると、
かすかにうなずいたかどうかという様子。

ベッドの際にはモニターがあって、数字が
80 と 20・・・ それが 60 と 10、
たちまち 40 になって、20になって、
 10 になって、0 になってしまいました。

足や手が冷たくなっていき、さすっていると
いちばん下の目盛りが10とかに表示され、
遠くの親族が着くまでそうしていましたが、
それは振動などによるものだとのことです。

四つ葉

母は遺体となって、
姉の家に帰ってきました。

お通夜が14日、告別式が15日でした。

15日は、わが家の ​​藤の花が満開​​ でした。





【生きるって?】  







最終更新日  2018年04月25日 16時21分00秒
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