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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

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2007.06.29
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カテゴリ:ヒラカワの日常
『株式会社という病』は、順調に売れているようである。
黙って
いても、企業が次から次へと不祥事を起こしてくれるので
宣伝になっているのである。
いわば、敵失で得点しているようなもので、あまり喜んでばかりはいられない。

この本は、前著で試みたビジネスの構造を描くところから
一歩踏み込んで、ビジネスの肉体とでもいうものを
記述して見ようと思って書いたものである。
ただ、そこには、もうひとつのひそかな「思い」があった。
最後までお読みいただいた方は
唐突に、二行の詩句が挿入されることにお気づきかもしれない。
「光を集める生活は
 それだけ深い闇をつくり出すだろう」
という、清水哲男の『短い鉄の橋を渡って』という詩の一部である。

俺は、このブログにも
清水哲男については、何度か書いていると思う。
こんな感じでね。


短い鉄の橋を渡って
私が出発したとする
激流からの距離が
磁石が鉄をひくように
私の悲しみの位置を定めたとする

この「出発したとする」というまさに、「出発」の取消しを含む表現にまず圧倒される。私は出発していないのである。哲男さんは、絶対伊東静雄を意識していると思う。勿論それは、「わが人に与うる哀歌」である。

太陽は美しく輝き
あるひは 太陽の美しく輝くことを希ひ
手をかたくくみあはせ
しづかに私たちは歩いて行つた

二行目が一行目を打ち消すような文体。
ここでも、太陽は美しく輝いていないのである。
この屈折によって、伊東静雄は日本浪漫派の他の詩人から抜きん出た表現者の位置を獲得したと言ってもよいと思う。
一見、そうは見えないが、哲男さんは抒情の前線@(清岡卓行)で耐えている詩人であると思う。日本浪漫派のしっぽを残しているといってもよい。
それを、このようなモダニズムの衣にくるんで湿気をぬいて、硬質な抒情として表現してみせた。

いまはもう君はこんなふうに話さないだろう
死んでゆく小鳥が最後に放した枝のように
深い息づかいを世界につたあえて
むしろ忘れられることを望むのだ
光を集める生活は
それだけ深い闇をつくり出すだろう



 70年代の後半、俺の元に届いた現代詩年鑑にその詩は掲載されていた。
それまで、鮎川信夫や、北村太郎、田村隆一といった荒地派の詩人たちの
作品に耽溺したものである。
そして、かれらの作った重厚で深みのある戦後的な世界にほとんど
窒息しかけていたのだと思う。
清水の詩句に出会ったとき、目の前の霧が晴れるように視界が開け
新しい空気が流れ込んでくるような爽快な気持ちであった。

ただ、その詩が持っていた、易しく鮮烈な言葉と
輻輳して読む度に色合いを変える意味がつくる感覚は、
その後三十年以上にわたって、
のど元に引っかかることになる。
それが何かは、ひとことで言い表すことはできない。
また、うまく言える自信もない。
いつか、清水のこの作品のようなものを
何か別のかたちで表現できないものかという思い込みが
残ったとでも言うべきかもしれない。

もうお分かりだろうが、
『株式会社という病』は、現在のビジネス状況を分析する
ビジネス書として書かれてはいるが、同時に
清水哲男へのオマージュでもある。
献辞には、なにも書かれていないが、
「清水さんへ」と見えない文字で書いたような気持ちでいた。

そして、昨日、
その清水さんと仕事でお会いすることになったのである。
実際に、この詩人とお会いするなどということは
考えてもいないことであった。
俺の中にある清水さんは、
京都の町に逼塞しながら、輝くような言葉を携えたゲリラ戦士のように
詩を書き付ける紅顔の青年であり、会うことのない
兄貴分といったところであった。

実際にお会いした清水さんは
想像よりは、お年をめされていた。
数時間の邂逅ではあったが、
俺は、身体ごと一気に「あの頃」へ
送り戻されたような気持ちになった。
忘れていたことをたくさん思い出させてくれる
会話というもの。
それが、楽しくないわけはない。
そして、かれとお会いできることになった
僥倖に感謝したい気持ちにもなったのである。

世の中は、捨てたもんじゃない。
生きていれば
見なくていいものを見、
聞かなくてもいい声を聞かなければならない。
それは、あまり楽しいことではないが
いいこともある。






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最終更新日  2007.06.29 21:49:36
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