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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

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2008.06.09
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カテゴリ:ヒラカワの日常
すでに、報道されているように、日曜日、
俺の仕事場から目と鼻の先で凶行があった。
俺が毎日通っている交差点である。
やりきれない事件である。
被害者の無念に関しては、言葉がない。

テレビのニュースを見て、新聞を読んで、関係者の証言や、
心理学者の解説を聞いているのだが
ほんとうは何が起こったのかということが
よくわからない。
加害者の「かれ」の中で何が起こったのかが
よくわからないのであり、被害者と加害者の間にある落差のなかに、
何があるのか(あるいは何がないのか)がよくわからないのである。

残虐非道の加害者と無辜の被害者。
切れる性格と、挫折、苛立ち。
会社でのトラブルと、社会への呪詛。
チェックが甘い銃刀法。
自己顕示欲とバーチャルな世界。
劇場としての秋葉原。
身勝手な行動が引き起こした憎むべき犯罪。
ニュースは、そう伝えている。
加害者の生い立ちが、解剖学者のような手つきで暴かれる。
それでいいのか。それで、この事件が説明できるのか。
この事件の背後にある闇が見えてくるのか。

俺はそうは思わない。
こういった常套句は、何も解き明かしはしないと思っている。
ニュースのキャスターも、新聞も、識者も
自分たちは可能性としての被害者であるという立ち位置から
自由になれない。
ここに欠如しているのは
自分たちが、どこかで、何らかの行き違いや、
思い込みや、あるいは必然によって
加害者である「かれ」になり得たかもしれないという
可能性としての加害者の視点だろう。

少年時代の「かれ」の顔と
凶行へ至る「かれ」との間にある落差とは何だろう。
「かれ」が失ったものは何だろう。
おそらくそれは、常識、良心、想像力、社会性といったものではない。
「かれ」に過剰だったものとは何だろう。
被害者意識、暴力性、破壊衝動。それらは
原因ではなく、事後的に拡大された兆候であり、誰にでもあるものに過ぎない。

確からしいことは、
「かれ」は俺たちがまだ見出せていないような「必然」によって
社会との繋がりから切断された存在になっていたということだけである。
その「必然」が見えなければ
この事件は被害者と加害者というような明確な輪郭を持ってはいても、
加害者の中に広がっていった闇については何もわからないままである。
もっと、言うなら、その闇の意味を見出せないままに
書かれた「再発防止」の処方は、その闇を隠蔽し、
広げるだけだと、俺は思う。





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最終更新日  2008.06.10 00:19:34
コメント(23) | コメントを書く


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自己実現を妨げるもの   マキバコ さん
事を起こすまでの彼は自分に満足できていなかった。
なりたかった自分とは違う自分。
軌道修正もできない。
どうしたらなりたい自分に近づけるのか
知る術も、導いてくれる人もなかったのか?
そもそもなりたい自分像というものを構築できていたのだろうか?
流れてくる情報からは非常に閉塞感を感じます。
が、程度は違えども似通った悩みを抱える人達はいるでしょう。
事件の源をきちんと見つめることで、
道を照らすものが見つかってほしいです。

「他人を傷つけることで自分の問題は解決しない。」
これだけは言えます。
(2008.06.10 00:53:35)

どうしてこんなエネルギーを使うのか?   きこり さん
被害者の皆様のご冥福を祈ります。

加藤は福井市内でナイフを購入したという。秋葉原でおこすことの武器をわざわざ福井まで来たという。このマイナスのエネルギーは何なのか?

家族の関係は決して愛情に包まれたものではないと思う。定量的なことでは測れないと思うが、私は両親との関係(愛情不足)が原因とみている。

彼は貰えなかった愛情(エネルギー)を逆の全く無駄で愚かな行為に換えたのだと思う。


(2008.06.10 12:42:14)

Re:秋葉原の事件で、よくわからないこと。(06/09)   えくそだす さん
少し前の新聞で、マザーテレサが『愛すること』の反対は『無視すること』と言っていたと書いてありました。
彼は無視されていた、もしくは無視されていたと感じていたのかも。『愛情』が足りなかったとしたらですが。ただ、やはりわかりません。
今日、あの現場を通りましたが、何百回と通ったあの現場、もう歩きたくないです。
(2008.06.10 16:33:03)

本来の原因とは。。。   自由業 さん
キレやすい性格、メディアのイメージ上での表現という思考は、その人に具備されたものです。これらの間にあるものこそ、第3者との関係から生じた要因であり、本来の原因として説得力を持つものでしょう。今回は、両親の離婚、交通事故といった不幸が、考えられそうです。 (2008.06.10 19:28:13)

Re:秋葉原の事件で、よくわからないこと。(06/09)   leipzig さん
底の見えない井戸を覗いた気分です。
よくわからないではなく、わかりたくない。
わかったからどうなるんでしょうか?
(2008.06.11 00:04:16)

デタッチメントからコミットメントへ   しー さん
村上春樹氏についての前回分とあわせて読んだのですが、村上氏の「アンダーグラウンド」の出版以降にキー・ワードとしてよく耳にした「デタッチメントからコミットメントへ」という言葉がうかびました。
この事件の容疑者の社会との「デタッチメント」はきっと繰り返しメディアで唱えられるのでしょうが、問題はマス・メディアやそれを通して彼の行状を眺めている人々の側の「デタッチメント」なのではないか。
彼や彼と似たような環境にいる若者の属性をいくら列挙してみてもそれは、「コミットメント」からほど遠く本質をいいあてるものにはならないでしょう。
「ニート」という言葉の発祥の地である英国では、就職難の若者のために彼らに職業訓練を施し、そして彼らが実際に就職できてはじめて政府から補助金をもらえるようなNPO的な組織があると聞いています。そこまで面倒見るためには、単に表面的な仕事との相性を見るようなことでは埒があかないでしょう。彼らが置かれている状況がどういったものかを真摯に問いかける、そしてそうしてくれる人が存在するんだということに彼らが気づくことが大事なのでしょう。
英国礼賛のつもりはさらさらないですし、思いついたので即効薬的とも取れそうなことを書いてしまいましたが、もういいかげん「今時の若者」について評論家気取りで識者およびそれの受け売りの視聴者が問題を指摘しあうのにはもううんざり。とにかくまじめに話を聞かないと。「わからない」から出発してやっぱり「わからない」。でもわかる必要があると思ってまたコミットする、この繰り返しじゃないでしょうか。




















(2008.06.11 03:22:14)

私にできること   ありす さん
はじめまして。

しーさんも書いておられるように、問われるべきは私たちのデタッチメントだと、私は思いました。
犯行を起こした彼が加害者であり、自分たちは被害者側だとして見ている限り、同様の事件は繰り返されると思います。

少年非行有識者の文章を読むと、問題を起こす少年は、保護者の指導力や本人の資質だけに留まらず、経済的時間的な問題で家庭内に暖かさが無いそうです。
それでも家族以外との出会いを通して、暖かい人間関係が経験できると、立ち直ることができるのです。(『月間少年育成』2008年6月号参照)
それは、成人の犯罪者でも同じだと思います。

犯罪は憎むべきものですが、だからこそ、そのような犯罪を無くしていくために、犯罪に走る寂しい育ちをしている人たちに、社会が手を差し伸べるべきだと思います。

犯人は「友達ができない」事をとても気に病んでいました。彼は本当に孤独だったのだと思います。
私の友人も今日「新しい職場で友達ができない」と電話をかけてきました。とても素直で可愛い娘なのに。

一見多様化しているようで、その実、均質化している私たちの生活の中で、標準的な社会スキルを学ぶよう孤独な個人に圧を掛けるのではなく、私たちの方こそが多様な個性を受け入れるノウハウを身につけるべきなのではないでしょうか?

あなたの周りにも孤独な人は居ませんか?
その人を仲間に入れてあげることが、あなたに、そして私にできる、第一歩だと思いました。

(2008.06.11 13:01:52)

心のモヤモヤが少し晴れた気分です   toyoshiki さん
初めてコメントさせていただきます。

:加害者である「かれ」になり得たかもしれないという可能性としての加害者の視点だろう

と言う文章を拝読しまして目から鱗が落ちました。
通り魔事件を初め、同年齢(若しくは近い年齢)の方が起こした事件をニュースや新聞などで知りますと、「自分も加害者の立場になっていたのでは?」「私も加害者になりうるのでは?」「その素質があるのでは?」というような事が脳裏を過ぎるのですがその事に怖さを感じ、自身の中で気が付かない振りをしていました。
(あと、もし人にこの事を話したら犯罪を起こしそうだと言われるのが怖かったり・・・)

今回の平川様の文章を拝読させていただきまして、この事にアンダーラインを引いてもっと考えてみようと思いました。

乱文長文、失礼致しました。
(2008.06.11 21:08:28)

Re:秋葉原の事件で、よくわからないこと。(06/09)   三村 さん
こんにちは。
秋葉原は樹木の非常に少ない地域です。
そこで事件を起こす人の内部でも
自然破壊が起きているのではないでしょうか。
ここで自然と申しますのは、「自然治癒力」に近い
意味合いを持ちます。
本来誰しもが持つ恒常性維持の機能が失われていたとすれば、ひとたび歯車が回りだすと、文字通り何かにぶつかるまでは停止することができなかったのでしょう。
かつて吉本隆明が、現代の公害は人の内面で発生する、という意味のことを語っていたのを想起します。 (2008.06.12 06:52:28)

再発防止は不可能のような   ジュン さん
過激な事を書きますが、事件を起こすくらいなら彼がひっそり自殺してくれていたら…と思いました。 こういう事件は人間社会である以上再発防止は不可能だと思います。
私もいつ被害者になるか、私のせがれがいつ加害者になるかも分りません。

こういう事件の犯人に共通しているのは「友達がいない」と言う事。 そして、友達が出来ないのは自分に原因があるということに気付いていない事。 つまり、「何かのせい」にしている「幼稚性」が抜け切らないからだと思います。 結局、誰からも相手にされず、無視または嫌われていたということでしょう。
そういう人に対して、ありすさんの仰るような、孤独な人に手を差し伸べ仲間に入れて上げれば…ということには無理があると思います。誰が嫌いな人と付き合いたいと思うでしょうか。 一億三千万人の人がいれば理解不能な人がいたって不思議でも何でもありませんし。 変人、奇人、きちがい、友達が一人もいないような人…色々居るでしょう。 むしろ、まともな人の方が少ないかも知れません。
そして生育暦がどうであれ、言い訳無用でしょう。 「艱難汝を玉にす」と言われるように、苦労が身に付く人だっていくらでもいるのですから。 
 
私はただただ被害者の方々の運の悪さに同情し、加害者には死刑を、そう思うしかないのが正直なところです。  (2008.06.13 13:23:30)

Re:再発防止は不可能のような(06/09)   さど さん
ジュンさん
>過激な事を書きますが、事件を起こすくらいなら彼がひっそり自殺してくれていたら…と思いました。 こういう事件は人間社会である以上再発防止は不可能だと思います。
>私もいつ被害者になるか、私のせがれがいつ加害者になるかも分りません。

>こういう事件の犯人に共通しているのは「友達がいない」と言う事。 そして、友達が出来ないのは自分に原因があるということに気付いていない事。 つまり、「何かのせい」にしている「幼稚性」が抜け切らないからだと思います。 結局、誰からも相手にされず、無視または嫌われていたということでしょう。
>そういう人に対して、ありすさんの仰るような、孤独な人に手を差し伸べ仲間に入れて上げれば…ということには無理があると思います。誰が嫌いな人と付き合いたいと思うでしょうか。 一億三千万人の人がいれば理解不能な人がいたって不思議でも何でもありませんし。 変人、奇人、きちがい、友達が一人もいないような人…色々居るでしょう。 むしろ、まともな人の方が少ないかも知れません。
>そして生育暦がどうであれ、言い訳無用でしょう。 「艱難汝を玉にす」と言われるように、苦労が身に付く人だっていくらでもいるのですから。 
> 
>私はただただ被害者の方々の運の悪さに同情し、加害者には死刑を、そう思うしかないのが正直なところです。 
-----
(2008.06.13 14:33:52)

Re:再発防止は不可能のような(06/09)   さど さん
ジュンさん
>過激な事を書きますが、事件を起こすくらいなら彼がひっそり自殺してくれていたら…と思いました。 こういう事件は人間社会である以上再発防止は不可能だと思います。
>私もいつ被害者になるか、私のせがれがいつ加害者になるかも分りません。

>こういう事件の犯人に共通しているのは「友達がいない」と言う事。 そして、友達が出来ないのは自分に原因があるということに気付いていない事。 つまり、「何かのせい」にしている「幼稚性」が抜け切らないからだと思います。 結局、誰からも相手にされず、無視または嫌われていたということでしょう。
>そういう人に対して、ありすさんの仰るような、孤独な人に手を差し伸べ仲間に入れて上げれば…ということには無理があると思います。誰が嫌いな人と付き合いたいと思うでしょうか。 一億三千万人の人がいれば理解不能な人がいたって不思議でも何でもありませんし。 変人、奇人、きちがい、友達が一人もいないような人…色々居るでしょう。 むしろ、まともな人の方が少ないかも知れません。
>そして生育暦がどうであれ、言い訳無用でしょう。 「艱難汝を玉にす」と言われるように、苦労が身に付く人だっていくらでもいるのですから。 
> 
>私はただただ被害者の方々の運の悪さに同情し、加害者には死刑を、そう思うしかないのが正直なところです。 
-----
日本の自殺者年間3万人のうち、何パーセントが彼と同じ気持ちを抱いてるのか。よくわかりませんが。
(2008.06.13 14:37:43)

Re[1]:再発防止は不可能のような(06/09)   さど さん
さどさん
>ジュンさん
>>過激な事を書きますが、事件を起こすくらいなら彼がひっそり自殺してくれていたら…と思いました。 こういう事件は人間社会である以上再発防止は不可能だと思います。
>>私もいつ被害者になるか、私のせがれがいつ加害者になるかも分りません。
>>
>>こういう事件の犯人に共通しているのは「友達がいない」と言う事。 そして、友達が出来ないのは自分に原因があるということに気付いていない事。 つまり、「何かのせい」にしている「幼稚性」が抜け切らないからだと思います。 結局、誰からも相手にされず、無視または嫌われていたということでしょう。
>>そういう人に対して、ありすさんの仰るような、孤独な人に手を差し伸べ仲間に入れて上げれば…ということには無理があると思います。誰が嫌いな人と付き合いたいと思うでしょうか。 一億三千万人の人がいれば理解不能な人がいたって不思議でも何でもありませんし。 変人、奇人、きちがい、友達が一人もいないような人…色々居るでしょう。 むしろ、まともな人の方が少ないかも知れません。
>>そして生育暦がどうであれ、言い訳無用でしょう。 「艱難汝を玉にす」と言われるように、苦労が身に付く人だっていくらでもいるのですから。 
>> 
>>私はただただ被害者の方々の運の悪さに同情し、加害者には死刑を、そう思うしかないのが正直なところです。 
>-----
>日本の自殺者年間3万人のうち、何パーセントが彼と同じ気持ちを抱いてるのか。よくわかりませんが。
もし全員が同じ凶行をすれば死者数十万人...
大都市大地震のレベル!?.....-----
(2008.06.13 15:05:24)

Re:秋葉原の事件で、よくわからないこと。(06/09)   さど さん
でもね、生活保護を断ち切られて飢え死にしそうになっても、米の飯を食いたいと書き残しながら、コンビニでおにぎりのマンビキすら思いつかず(捕まっても警察が食べさせてくれる)、ほんとに死んじゃった人(確か50代)と25歳の彼、この四半世紀の落差、ほんとにわからないです。 (2008.06.13 15:48:10)

Re:再発防止は不可能のような(06/09)   ありす さん
ジュンさん
私は加藤容疑者は自殺と同じ心理状態で、殺人鬼となったのだと思っています。孤独と絶望です。
日本の刑務所には、知的障害者が多数収監されています。日本社会が自分たちと異質な者に対して、貧弱な協和性しか持てない証だと思っています。
米国の刑務所では、重罪犯にも語り合う時間を持たせる矯正教育を実施していて、そこで初めて自分の過ちを反省できるようになる受刑者がいるそうす。
自分と向き合うことや、共感(同感とは違います)を持って耳を傾けてくれる存在が、人間性の醸成には不可欠なのです。
異質なものを排除していくだけでは、ますます日本の社会は、孤独と絶望を抱えて生きる人を増やしてしまうでしょう。
雇用不安の問題もありますが、私たちに今すぐできて最も本質的な解決への一歩は、社会スキルに乏しい孤独な人の言葉に耳を傾けて、否定せずに共存していくことだと思います。
前述した「職場で友人ができない」と悩む女性は、ただ「新人」だからという理由で、仲間に入れてもらえないのです。処世術に長けた人「以外」は、「排除」されてしまうのです。それが「普通」であることが、日本社会のクビを絞めていると、私には思えます。
たとえ多少変わった個性の持ち主でも排除しないこと…それが、日本社会を、あなたとあなたの子どもさんを守る、第一歩だと私は思うのです。
そのためのノウハウを培う努力こそ、私たちは始める時だと思っています。
この事件の報道や感想は一様に、加害者の異常性に焦点を当て、不安をあおっています。
これでは、ますます世間は異質な人達を排除する方向へ加速するのではなないか、と心配です。








 

(2008.06.13 16:44:43)

Re:秋葉原の事件で、よくわからないこと。(06/09)   おおい さん
マル激
なぜ秋葉原なのか、なぜ携帯掲示板なのか、なぜ無差別なのか
http://www.videonews.com/
ゲスト:東浩紀
濃い議論しててお勧めなので載せてみました! (2008.06.14 22:55:49)

理想と現実   ジュン さん
ありすさん
あなたの仰ることは現実にはやはり無理があると思いました。
孤独と絶望…それは多かれ少なかれ誰もが経験することではないでしょうか。 だからと言って誰もがこんな事件を起こしはしません。魔が差した、私にはそんな風にしか考えられないのです。

あなたの仰る孤独な人に手を差し伸べるというのは実際にはどのようにするのでしょうか? 例えば、一緒に居るだけで疲れるような人にあなたはどのように手を差し伸べるのでしょうか?
スキルやノウハウを培う?…そういうことで済むような問題とは思えないのですが。

私は異質な人を排除するつもりはありませんが、やはりそっと遠ざかります。 それを非難されても困ります。 遠ざからなければ自分の精神がおかしくなるかも知れませんから。 

再度書きますが、孤独は自分に原因があるのです。 孤独も絶望も自分で解決するしかありません。 この犯人はトラックの力を借りなければ人を殺せなかった弱虫です。 あの雑踏の中、素手で男を相手に次々に7人もを殺したのならあっぱれかも知れませんが、実に情けない男です。 
いつの時代にもこういう人間がいたし、これからもこういう事件は無くならないと思います。 人間というどうしようもない生き物の集団です。 残念ながら誰にも防げないような気がするのですが…。

それから、あなたのお友達が会社で友達が出来ないそうでそれを心配していますが、入社してそうそう友達が出来るとも思えません。 先ずは仕事に打ち込むのが良いのではないでしょうか。 学校時代の友達もいるでしょうし、そう焦らない方がいいと思います。 やがて親しくなる人と出会えるでしょう。

(2008.06.15 11:25:55)

Re:理想と現実(06/09)   ありす さん
ジュンさん
孤独と絶望に陥るとき、心の中で何がその人を踏みとどまらせるのかと言えば、それはその人の中に住む、かつて愛してくれた誰かなのです。
『ホームレス中学生』の田村少年は、空腹のあまりパンを万引きしそうになった時、亡くなった母親がどう思うかと考えて、できなかったそうです。
もし加藤容疑者にそのような出会いがあれば、実行までには至らなかったでしょう。
人が自殺を思いとどまるのも、同じメカニズムだと思います。
「魔が差した」という現象は、もっと瞬間的なものです。
あれほどの妄想的な計画を細部まで練り上げ、確実に実行するには、長い孤独と深い恨みが無ければ、無理だと思います。

大阪市がサミットに向けて6000人体制で警備を布いていた時に、西成で暴動が起きたのは、偶然ではありません。
人は、よく知らないもの対しては、不安と恐怖を感じます。
あいりん地区の労働者に不慣れな警官は、労務者や酔っ払いに、どう対処すればよいか分からず、極度の緊張状態で極端な行動に出て、労働者を傷つけて怒りを買ってしまったのでしょう。

もしいつもの警官なら、声の掛け方、ものの言い方、相手の言い分の聞き方、なだめ方、周りの労務者の手前、相手のメンツを潰さないように対処する方法など、経験で培ったノウハウが駆使され、「派出所で暴行」するまでには至らなかったでしょう。
                  (つづく)



(2008.06.16 19:03:45)

Re:理想と現実(06/09)   ありす さん
ジュンさん
孤独と絶望に陥るとき、心の中で何がその人を踏みとどまらせるのかと言えば、それはその人の中に住む、かつて愛してくれた誰かなのです。
『ホームレス中学生』の田村少年は、空腹のあまりパンを万引きしそうになった時、亡くなった母親がどう思うかと考えて、できなかったそうです。
もし加藤容疑者にそのような出会いがあれば、実行までには至らなかったでしょう。
人が自殺を思いとどまるのも、同じメカニズムだと思います。
「魔が差した」という現象は、もっと瞬間的なものです。
あれほどの妄想的な計画を細部まで練り上げ、確実に実行するには、長い孤独と深い恨みが無ければ、無理だと思います。

大阪市がサミットに向けて6000人体制で警備を布いていた時に、西成で暴動が起きたのは、偶然ではありません。
人は、よく知らないもの対しては、不安と恐怖を感じます。
あいりん地区の労働者に不慣れな警官は、労務者や酔っ払いに、どう対処すればよいか分からず、極度の緊張状態で極端な行動に出て、労働者を傷つけて怒りを買ってしまったのでしょう。

もしいつもの警官なら、声の掛け方、ものの言い方、相手の言い分の聞き方、なだめ方、周りの労務者の手前、相手のメンツを潰さないように対処する方法など、経験で培ったノウハウが駆使され、「派出所で暴行」するまでには至らなかったでしょう。
                  (つづく)



(2008.06.16 19:03:45)

Re:理想と現実(06/09)   ありす さん
ジュンさん(つづき)
このようなノウハウを、もしベテランが新任の警官に伝授しようと思えば、自分について回らせ、少し任せて、手に負えない時には介入し…と、手間隙をかけなければ不可能です。

今の日本では、かつての共同体が崩壊して、自分と話の合う人、趣味の合う人、好きな人とだけ付き合えば、生きていけるようになりました。
かつての村落のような、一元的な価値体系からはみ出た人間にも、同じ価値観の人間との共同体が作れるようになったことは、すばらしいことだと思います。
でもコンビニやインターネットの普及によって、それがあまりにも極端になり過ぎて、今の大人達は、先人達が培った、異質な人をも共同体から取りこぼさない智恵を、捨ててしまったように思えます。

「一緒に居るだけで疲れるような人」であっても、大きな共同体の中でなら、仲間としての扱いをすべき時が必ず出てくるので、その時に決して外さないように心がけてあげるだけでも、その人は、その共同体の一員としての自己にアイデンティティーを持つことができます。
その間に生身の人と接することで、人は記号ではなく、家族があり、人生があり、希望があり、悩みがあり、喜びがあり、悲しみがあり…という現実を知る機会を得るのです。
たとえ極端な行動を妄想することはあっても、実行には至らないだろうと思います。








(2008.06.16 19:09:21)

Re:理想と現実(06/09)   ありす さん
ジュンさん(最後です)
「遠ざからなければ自分の精神がおかしくなるかも知れない」時は、遠ざかっていても良いと思います。
もっと「大人の」スキルをもった先輩たちに任せて、その人たちを支持していれば良いのです。
そのうち、あなたも(そして私も)その先輩たちのノウハウが、見よう見真似で身につくかも知れません。
身につかなければ、身についた人に任せれば良いことです。
良くないのは、「嫌な人」と関わってくれる先人達を支持せず、自分とは無関係だと考えてつき合わないことです。
先人達も、たった独りや老人達だけでは、荷が勝ちすぎます。

私の友人は、就職のために生まれ育った地方から引っ越したので、家族とも学生時代の友人たちとも離れて、本当に孤独なのです。
でも色々つてを頼って友達を作ろうと努力しています。
ご親切なアドヴァイスありがとうございます。

(2008.06.16 19:13:56)

単なるゲームです。   ひかり さん
これまでの犯人の報道を覆すような真実が出てきていますが、社会だとか家庭だとか、あまり関係無いようですね。
唯一、ヒステリックな母親の遺伝子を受け継いだのかも知れない程度でしょうか。

>加害者である「かれ」になり得たかもしれないという可能性としての加害者の視点だろう

残念ながら、この犯人の加害者目線で見ると言う事は、一般人には無理です。

もし、警察が即座に止めてなければ、この犯人は、何人まで、通り魔殺人を楽しげに繰り広げていたのでしょうか。

その背景にあるのは、社会などへの不満では無く、サディスッティクな殺人ゲームを楽しむ一人の狂人です。
いわば、機銃掃射で動く者を狙い撃ちして楽しんでいる兵士ですね。

そう言う意味では、戦争を望んでいる者と言う一致点は見つかりますね。ミリタリーマニアだった犯人なら、ありえそうに思いませんか?
(2008.06.21 02:39:30)

秋葉原事件と「イポリートの弁明」   キヨセカンタロウ さん
『ビジネスに戦略なんていらない』刊行おめでとうございます。
さて、08・6・8の事件について、例の如くマスコミでは心理学や社会学の学者、批評家があれこれ述べていますが、平川さんの仰る視点が欠けていると存じます。
<ニュースのキャスターも、新聞も、識者も自分たちは可能性としての被害者であるという立ち位置から自由になれない。ここに欠如しているのは自分たちが、どこかで、何らかの行き違いや、思い込みや、あるいは必然によって加害者である「かれ」になり得たかもしれないという可能性としての加害者の視点だろう。>

我々は、この事件に関して主体的には無関係であるかのごとく、ただ事件に巻き込まれたくないという態度でのみ接しています。そして、学者・批評家のコメントをCMのように消費して、思考停止しているのではないでしょうか。

この事件がテレビで報道された時点で、小生はドストエフスキーの『白痴』の有名な「イポリートの弁明」を読み終えたところでした。
平川さんが『ねじまき鳥』で小説なるものについて触れられていたように、これも一義的に解釈するなんてことはできません。でも、小生は秋葉原の事件の予感、予兆のようなもの、あるいは思潮の断片、思想の肌触りのようなものを、この150年位前のロシアの小説に読んでいました(勿論「イポリートの思想」がそのまま事件に関連すると言うわけではありません)。
(2008.06.24 06:45:25)


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