宮じいさんの花紀行

フリーページ

中欧旅行・ベルリンの壁


ポッダム宣言会場


会場の外庭


サンスーシー宮殿


サンスーシー宮殿の庭


マイセン


工場内


作品


ドレスデン


新レストラン街


ドイツ・チェコ国境


プラハ城


聖ヴィート大聖堂


ステンドグラス1


ステンドグラス2


プラハ城より旧市街を望む


カレル橋


プラハ・旧市街広場


チェスキー・クルムロフ(世界遺産)


街並み


高台より街を望む


ウィーン・シェーンブルン宮殿


ウィーン・市民公園


ウィーンの街並み


ハンガリーの古都エステルゴムの大聖堂


ハンガリー・センテンドレで


ブダペスト・ホテル前小公園


ブダペスト・王宮


マーチャーシュ教会


漁夫の砦


ブダペスト・英雄広場


聖イシュトヴァン大聖堂


ヴァーツィ通り


ブダペスト・王宮夜景


くさり橋(ブダペスト)


ケーブルカー


温泉ホテル(ブダペスト)


ブダペスト空港で


成田インターネットルーム


中欧旅行のお土産品


イタリア旅行(1)


イタリア旅行(2)


イタリア旅行(3)


イタリア旅行(4)


イタリア旅行(5)


イタリア旅行(6)


イタリア旅行(7)


イタリア旅行(8)


イタリア旅行(9)


イタリア旅行(10)


イタリア旅行(11)


イタリア旅行(12)


イタリア旅行(13)


イタリア旅行(14)


イタリア旅行(15)


イタリア旅行(16)


イタリア旅行(17)


イタリア旅行(18)


イタリア旅行(19)


イタリア旅行(20)


イタリア旅行(21)


香港・マカオ旅行(1)2011.03.14


香港・マカオ旅行(2)


香港・マカオ旅行(3)


香港・マカオ旅行(4)


香港・マカオ旅行(5)


香港・マカオ旅行(6)


香港・マカオ旅行(7)


香港・マカオ旅行(8)


香港・マカオ旅行(9)


香港・マカオ旅行(10)


香港・マカオ旅行(11)


香港・マカオ旅行(12)


香港・マカオ旅行(13)


香港・マカオ旅行(14)


香港・マカオ旅行(15)


香港・マカオ旅行(16)


香港・マカオ旅行(17)


香港・マカオ旅行(18)


香港・マカオ旅行(19)


香港・マカオ旅行(20)


香港・マカオ旅行(21)


香港・マカオ旅行(22)


香港・マカオ旅行(23)


ドバイ・トルコ旅行(1)


ドバイ・トルコ旅行(2)


ドバイ・トルコ旅行(3)


ドバイ・トルコ旅行(4)


ドバイ・トルコ旅行(5)


ドバイ・トルコ旅行(6)


ドバイ・トルコ旅行(7)


ドバイ・トルコ旅行(8)


ドバイ・トルコ旅行(9)


ドバイ・トルコ旅行(10)


ドバイ・トルコ旅行(11)


ドバイ・トルコ旅行(12)


ドバイ・トルコ旅行(13)


ドバイ・トルコ旅行(14)


ドバイ・トルコ旅行(15)


ドバイ・トルコ旅行(16)


ドバイ・トルコ旅行(17)


ドバイ・トルコ旅行(18)


ドバイ・トルコ旅行(19)


ドバイ・トルコ旅行(20)


ドバイ・トルコ旅行(21)


ドバイ・トルコ旅行(22)


ドバイ・トルコ旅行(23)


ドバイ・トルコ旅行(24)


ドバイ・トルコ旅行(25)


ドバイ・トルコ旅行(26)


ドバイ・トルコ旅行(27)


ドバイ・トルコ旅行(28)


ドバイ・トルコ旅行(29)


ドバイ・トルコ旅行(30)


ドバイ・トルコ旅行(31)


ドバイ・トルコ旅行(32)


ドバイ・トルコ旅行(33)


ドバイ・トルコ旅行(34)


ドバイ・トルコ旅行(35)


ドバイ・トルコ旅行(36)


ドバイ・トルコ旅行(37)


ドバイ・トルコ旅行(38)


ドバイ・トルコ旅行(39)


ドバイ・トルコ旅行(40)


ドバイ・トルコ旅行(41)


ドバイ・トルコ旅行(42)


ドバイ・トルコ旅行(43)


ドバイ・トルコ旅行(44)


ドバイ・トルコ旅行(45)


ドバイ・トルコ旅行(46)


ドバイ・トルコ旅行(47)


ドバイ・トルコ旅行(48)


ドバイ・トルコ旅行(49)


ドバイ・トルコ旅行(50)


ドバイ・トルコ旅行(51)


ドバイ・トルコ旅行(52)


ドバイ・トルコ旅行(53)


ドバイ・トルコ旅行(54)


ドバイ・トルコ旅行(55)


ドバイ・トルコ旅行(56)


ドバイ・トルコ旅行(57)


ドバイ・トルコ旅行(58)


ドバイ・トルコ旅行(59)


ドバイ・トルコ旅行(60)


ドバイ・トルコ旅行(61)


ロシア旅行(1)


ロシア旅行(2)


ロシア旅行(3)


ロシア旅行(4)


ロシア旅行(5)


ロシア旅行(6)


ロシア旅行(7)


ロシア旅行(8)


ロシア旅行(9)


ロシア旅行(10)


ロシア旅行(11)


ロシア旅行(12)


ロシア旅行(13)


ロシア旅行(14)


ロシア旅行(15)


ロシア旅行(16)


ロシア旅行(17)


ロシア旅行(18)


ロシア旅行(19)


ロシア旅行(20)


ロシア旅行(21)


ロシア旅行(22)


ロシア旅行(23)


ロシア旅行(24)


ロシア旅行(25)


ロシア旅行(26)


ロシア旅行(27)


ロシア旅行(28)


ロシア旅行(29)


ロシア旅行(30)


ロシア旅行(31)


ロシア旅行(32)


ロシア旅行(33)


ロシア旅行(34)


ロシア旅行(35)


ロシア旅行(36)


ロシア旅行(37)


ロシア旅行(38)


ロシア旅行(39)


ロシア旅行(40)


ロシア旅行(41)


ロシア旅行(42)


ロシア旅行(43)


ロシア旅行(44)


ロシア旅行(45)


ロシア旅行(46)


ロシア旅行(47)


ロシア旅行(48)


ロシア旅行(49)


ロシア旅行(50)


ロシア旅行(51)


ロシア旅行(52)


ロシア旅行(53)


ロシア旅行(54)


ロシア旅行(55)


ロシア旅行(56)


ロシア旅行(57)


ロシア旅行(58)


ロシア旅行(59)


ロシア旅行(60)


ロシア旅行(61)


ロシア旅行(62)


ロシア旅行(63)


ロシア旅行(64)


ロシア旅行(65)


ロシア旅行(67)


ロシア旅行(68)


ロシア旅行番外編


スペイン旅行(1)


スペイン旅行(2)


スペイン旅行(3)


スペイン旅行(4)


スペイン旅行(5)


スペイン旅行(6)


スペイン旅行(7)


スペイン旅行(8)


スペイン旅行(9)


スペイン旅行(10)


スペイン旅行(11)


スペイン旅行(12)


スペイン旅行(13)


スペイン旅行(14)


スペイン旅行(15)


スペイン旅行(16)


スペイン旅行(17)


スペイン旅行(18)


スペイン旅行(19)


スペイン旅行(20)


スペイン旅行(21)


スペイン旅行(22)


スペイン旅行(23)


スペイン旅行(24)


スペイン旅行(25)


スペイン旅行(26)


スペイン旅行(27)


スペイン旅行(28)


スペイン旅行(29)


スペイン旅行(30)


オランダ・ベルギー旅行(1)


オランダ・ベルギー(2)


オランダ・ベルギー(3)


オランダ・ベルギー(4)


オランダ・ベルギー(5)


オランダ・ベルギー(6)


オランダ・ベルギー(7)


オランダ・ベルギー(8)


オランダ・ベルギー(9)


オランダ・ベルギー(10)


オランダ・ベルギー(11)


オランダ・ベルギー(12)


オランダ・ベルギー(13)


オランダ・ベルギー(14)


オランダ・ベルギー(15)


オランダ・ベルギー(16)


オランダ・ベルギー(17)


オランダ・ベルギー(18)


オランダ・ベルギー(19)


オランダ・ベルギー(20)


オランダ・ベルギー(21)


オランダ・ベルギー(22)


オランダ・ベルギー(23)


オランダ・ベルギー(24)


オランダ・ベルギー(25)


オランダ・ベルギー(26)


オランダ・ベルギー(27)


オランダ・ベルギー(28)


オランダ・ベルギー(29)


オランダ・ベルギー(30)


オランダ・ベルギー(31)


オランダ・ベルギー(32)


オランダ・ベルギー(33)


孫とハワイへ(1)


孫とハワイへ(2)


孫とハワイへ(3)


孫とハワイへ(4)


孫とハワイへ(5)


孫とハワイへ(6)


孫とハワイへ(7)


孫とハワイへ(8)


孫とハワイへ(9)


孫とハワイへ(10)


孫とハワイへ(11)


孫とハワイへ(12)


孫とハワイへ(13)


孫とハワイへ(14)


孫とハワイへ(15)


孫とハワイへ(16)


孫とハワイへ(17)


孫とハワイへ(18)


孫とハワイへ(19)


孫とハワイへ(20)


テスト(3)


テスト(4)


テスト用


テスト用(2)


全6099件 (6099件中 11-20件目)

< 1 2 3 4 5 6 7 >

2019年11月03日
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

ヘナ





 MINI、作出年?、日本・セントラル・ローズナーセリー。
 花色はアプリコット・イエローで、半剣弁高芯咲き、花径は
  4~6cmで小輪、微香。
 
 ヘナとは、毛染めにも利用される染料植物で、インドのお坊さん
の着ている袈裟の色もヘナによるものとか。 特に蕾の色が似て
いるので、その名が付けられたらしい。



※ニューヨーク旅行(14)(2006.11.22)

メトロポリタン美術館2Fのルノワールのコーナーに、彼のすべての
作品が展示されているわけでなく、他の部屋にも展示されている。こ
れは多分コレクションの差異、または寄贈時期の違いによるものだろ
う。 隣の部屋に、彼の初期の作品、「庭にいるニニ」が展示されて
いた。

「庭にいるニニ」(1875-76)

 ルノワールが有名になる前の作品である。 印象派展の第三回目に
 出品したものであろう。

 モデルのニニ・ロぺス嬢は、彼の初期の作品、「モデルの肖像」な
 どに度々登場してくる。 彼女の横顔の素晴らしさに魅せられたの
 であろうか。

一つおいた右側に、「横たわる裸婦」が展示されている。

「横たわる裸婦」(1883)

 前述したように1883年といえば、新古典派の巨匠アングルの影
 響を強く受けた時代である。 裸婦というより、少女のあどけなさ
 が残っているが、つややかな肌色と全体の柔らかい色調は、晩年の
 「豊満な裸婦像」に至るさきがけをなしたものである。

少し離れた壁面に展示されているのは、「ピアノの前のカテュール・
マンデスの娘達」である。

「ピアノの前のカテュール・マンデスの娘達」(1888)

 ルノワール晩年の「真珠の輝きの時代」初期の作品である。ピアノ
 をテーマにしたものは、更に有名な「ピアノを弾く少女達」(1892)が
 あるが、残念ながら見落としてしまった。

 両者共、雰囲気が似通っていて、名札を見なくてもルノワールの作
 品であることはすぐ分かる。 

 19世紀のフランスの女性作曲家・オーギュスタ・オルメス(1847-
  1903)は結婚しなかったが、妻子持ちの詩人カテュール・マンデスと
 同棲し、5人の子供をもうけた。 オルメスは熱狂的なワグネリア
 ン(ワグナー崇拝者)で、彼女の3人の娘達は、同じくワグネリア
 ンであったルノワールのモデルを勤めた。

 ーつづくー

※画像は下記をクリックして下さい。

ニューヨーク旅行(14)へジャンプ






最終更新日  2019年11月03日 05時04分54秒
2019年11月02日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

ペクジュリア





 HT、作出年?、フランス・Pekmez。 

 花色はオレンジに、花弁縁がピンクの複色。
 大輪、四季咲き性。 



※ニューヨーク旅行(13)(2006.11.22)

メトロポリタン美術館2Fのドガのコーナーの隣の部屋はルノワール
のコーナーである。 有名な絵を目の前にして、心躍る感じである。

ピエール・オーギュスト・ルノワール(1841-1919)

 フランス印象派の画家であり、その作品は日本でも広く知られてい
 る。 彼は印象派展には1874年の第一回展から出品している。
 他の印象派の画家達と同様、風景画も制作したが、特に人物を好ん
 で描き、裸婦像、少女像などを得意とした。

 1880年代前半頃から、光の効果におぼれ、形態を見失った印象
 派の技法に疑問を持ち始める。 1883年頃からの作品には新古
 典主義の巨匠アングルの影響が顕著で、明快な形態、硬い輪郭線、
 冷たい色調が目立つ。

 1890年代から晩年にかけてが、「真珠の輝きの時代」である。
 ルノワールが最も描きたかった、女性の豊満なヌードを描くために
 たどり着いた境地であろうか。

 日本には早くから紹介され、梅原龍三郎をはじめ多くの画家に直接・
 間接に影響を与えている。

「シャルパンティエ夫人と子供たち」(1878)

 柔らかいタッチの人物画で人気を誇るルノワールであるが、20代
 後半からの印象派時代は殆ど評価されなかった。 ある日、34歳
 のルノワールは、パリ有数の出版社主シャルパンティエとその夫人
 に出会う。 夫人は彼の才能に魅せられ、家族の肖像画を次々に注
 文する。 それらの中の1枚が「シャルパンティエ夫人と子供たち」
 で、この作品は、その年の官展一の注目作となった。

 ルノワールが芸術の都パリにおいて、社会的に認知され、名声を決
 定づけた、まさに記念すべき一枚の絵である。

「海辺に座る女」(1883)

 上述のアングルの影響を受けた作品。 画面に描かれた人物の眼は、
 知性のきらめきと夢見がちな内面をのぞかせているが、力強い視線
 で、観るものの眼を捉える。 ともすれば、綺麗な絵で終わってし
 まうルノアールの描く人物像が、驚くほどの存在感をみなぎらせて
 いる。 画集では絶対に味わえない感覚に浸ることが出来た。

「ひな菊と少女」(1889)

 「真珠の輝きの時代」最初の作品である。 「少女イレーヌ」を始
 め、ルノワールの描く少女像はすべて素晴らしいが、本作品は少女
 から女性へと脱皮していく端境期のふくよかさを、見事に表現して
 いる。

 ーつづくー

※画像は下記をクリックして下さい。

ニューヨーク旅行(13)へジャンプ






最終更新日  2019年11月02日 05時27分06秒
2019年11月01日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

ベイビー・ベッツイ・マッコール





 MINI、1960年作出、アメリカ・Morey。 淡い
 ピンクのバラで、丸弁高芯咲き、小輪。

 ベッツイ・マッコールは Robert Tonner 社の
 可愛いお人形である。



※ニューヨーク旅行(12)(2006.11.22)

メトロポリタン美術館2Fの中世コーナーは素通りして、印象派の
コーナーへ急ぐ。 先ずはドガの「14歳の小さな踊り子」のブロ
ンズ像が部屋の中央にあり、人目を惹きつけている。

エドガー・ドガ(1834-1917年)

 ドガは通常印象派の画家の一員と見なされている。 確かに彼は
 印象派展には度々出品している。 しかし、光と影の変化をキャ
 ンバスに写し取ろうとしたモネのような典型的な印象派の画家達
 と異なり、彼の制作の基盤はあくまでも、ルネッサンスの巨匠達
 の画風にあった。 古典的手法で、現代の都会生活を描き出すこ
 とからドガは「現代生活の古典画家」と自らを位置付けた。

 印象派の画家は、主に1840年前後に生まれている。モネとロ
 ダンが1840年生まれ、セザンヌとシスレーは1839年生ま
 れ、ルノアールは1841年生まれである。 これらの若手に対
 し、ドガは1834年生まれで、彼らの先輩にあたる。

 ドガの画風はクラシックを大変重んじる、強情な程古くさい一面
 があるが、色彩や構図は日本の浮世絵などから学び、造形性とい
 う点では最も進歩的な画家だった。 晩年は視力が衰えたためも
 あり、「14歳の小さな踊り子」などの彫刻作品も残している。

 浮世絵の思い切った構図を採用したと考えられるのは、「バーで
 練習する二人の踊り子」である。

「バーで練習する二人の踊り子」(1876-77年)

  この画面では、「中心をずらした構図」がとられている。二人
  の人物を画面の隅に押しやって、中央に大きな空間を据えてい
  る。 まさに、ドガが独自の領域を開拓した作品である。

「ダンス教室」(1874)

  バレーの踊り子の絵画で有名なドガであるが、これは伝統的な
  遠近法的空間を基礎にして描かれている。 上記の作品より2
  年位前に制作された。

  ドガは、これらの絵画のように柔らかい、心優しい人物だった
  ような気がする。

 ーつづくー

※画像は下記をクリックして下さい。

ニューヨーク旅行(12)へジャンプ






最終更新日  2019年11月01日 05時21分06秒
2019年10月31日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

フロリゼル





 HT、1980年作出、ベルギー・R.V.S.  花色は上品
 なローズピンクで、半剣弁高芯咲き、花径は12cmで
 大輪、四季咲き性、微香。 樹高は1.0mと低いが、
 葉っぱが艶葉で大きいのが特徴である。

 フロリゼルは人名で、シェークスピアの『冬物語』(1609)
 に出てくる、ボヘミア王子フロリゼルが有名である。



※ニューヨーク旅行(11)(2006.11.22)

メトロポリタン美術館2F・フェルメール・コーナーの「信仰の寓意」
のすぐ右隣に、「レンブラントの自画像」がかかっていた。

レンブラント・ファン・レイン(1606-1669年)

 彼は生涯に5~60枚とも云われる自画像を描いている。 肖像画に
 対象の精神性を込めることをテーマにしていたレンブラントにとって
 自画像は、自分への問いかけ、自己の確認だったのかも知れない。こ
 の絵が特別なのは、彼の晩年の作だからである。

 1642年最愛の妻サスキアが亡くなる(享年30、レンブラント36歳)。
 この年、有名な「夜警」を完成させるが、これ以降顧客が喜ぶ絵に満
 足せず、彼自身が納得のいく制作に固執するようになり、次第に注文
 も減り始めた。

 折からオランダは第一次英蘭戦争(1652-54)で破れ、海上貿易の主導権
 をイギリスに奪われ、未曾有の不況に見舞われ、またしても注文は激減
 し、1656年ついには破産に追い込まれた。

 失意の彼を支えたのは、愛人ヘンドリッキェと息子のティトゥスであっ
 たが、1663年に大流行したペストにより、若くしてヘンドリッキェ
 は亡くなり、1668年には息子にまで先立たれてしまった。

 そのような不遇のどん底で描かれたこの絵には、彼の執念が感じられ、
 身震いを覚える程である。

緊張感を漂わせながら、部屋を出たすぐの所の壁面に、大きな絵があっ
た。 ゴヤの「バルコニーのマハたち」である。

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)

 ベラスケスと共に、スペイン最大の画家。 ベラスケス同様宮廷画家
 として、重きをなした。

「バルコニーのマハたち」(1800-14年)

 きらびやかに着飾ってバルコニーにもたれかかり、何やらささやき合
 っているマハたちの美しさが際立った作品である。 マハは「おしゃ
 れな、小粋な」という意味があり、プラド美術館の「裸のマハ」、
 「着衣のマハ」が有名。

 しかし、後ろに立つ男たちは貧相で悲しげで、この二組が恋人同士に
 はとても見えない。 これは、スペイン文学の古典的なテーマの一つ
 である、売春婦とやり手婆が発想のベースとなった作品である。

 舞台劇を思わせるこの作品の背景には、妻のホセファの死と、その後
 すぐ当時24歳のレオカディアを家政婦として迎えたことがあるので
 はないかと云われている。

 この時、ゴヤはすでに65歳を越えており、若いレオカディア側には
 問題がなくても、主席宮廷画家となっていたゴヤにとって、この内縁
 関係は、決して居心地の良いものではなかったようだ。

 ーつづくー

※画像は下記をクリックして下さい。

ニューヨーク旅行(11)へジャンプ






最終更新日  2019年10月31日 05時08分00秒
2019年10月30日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

プロミネント





 FL、1971年作出、コルデス・ドイツ。 花色は濃いオレン
 ジで、半剣弁高芯咲き、花径は約9cmで中輪、四季咲き
 性、微香。

 木立性で、樹高1.5~1.8mと高くなる。 何といっても、
 輝くオレンジ色が特徴。

 プロミネントは「傑出した」であるが、花姿・花色をいってい
 るのだろうか。



※ニューヨーク旅行(10)(2006.11.22)

ヨハネス・フェルメール(1632-1675)

 印象派以前の西洋美術鑑賞には、いくつかのハードルがあるが、
 その最たるものはキリスト教に対する理解力ではなかろうか。

 フェルメールの絵の大部分は宗教画ではない。その点が日本人
 に近づきやすい大きな要因だろう。

さて、昨日紹介した彼の作品3枚とは、同じ部屋ではあるが別の
壁面に、フェルメールとしては珍しい宗教画・「信仰の寓意」が
展示してある。

「信仰の寓意」(1671-1674頃)

 彼としては珍しく大作(114.3 x 88.9cm)である。 この作品は、
 何気ない日常を描いた風俗画ではない。

 1644年にオランダ語で出版された、イタリア人チェーザレ・
 リーバの『イコノロジア』における「信仰」の記述に基づいて
 構想された作品である。

 元々プロテスタントであった彼は、妻カタリーナとの結婚の際に
 カトリックに改宗している。 この作品もイエズス会の注文によ
 るものらしい。

 その為、『イコノロジア』に基づきつつも、フェルメールらしさ
 も貫いている渾身の1枚と考えてよい。

 寓意は比喩に近いが、イソップ寓話に代表される置き換えられた
 象徴である。 信仰とあるが、カトリック信仰を意味することは
 間違いない。

メトロポリタン美術館には、もう1点フェルメールの絵がある筈で
あるが、この部屋には見あたらない。 やむを得ず1Fインフォメ
ーション・センターで問い合わせる。 同じ2Fであるが2部屋離
れた所にあることが分かった。

ということで、目出度く「眠る女」に会うことが出来た。

「眠る女」(1657年頃)

 室内の女性を描いた作品のうち、最も初期のものである。画中に
 あるライオンの頭部の飾りのついた椅子、東洋風の絨毯、白いワ
 イン入れなどは、以後のフェルメールの作品にしばしば登場する。

 女が酒に酔って眠り、家庭の主婦としての勤めをおろそかにして
 いることを暗示している。 女の開けっ放しのドアの向こうには
 隣の部屋が見える。 エックス線写真によると、絵のこの部分に
 は犬(性的なものを示唆する)と、一人の男が描かれていたが、
 後に画家によって塗りつぶされたことが明らかになっている。

 「眠る女」は、1696年のアムステルダムのディシウス競売の
 ときには「酩酊してテーブルで眠る女」の絵と形容されており、
 当時はその存在が確認されていたが、その後行方不明になった。
 そして、19世紀末になってパリで再び姿を現し、やがて画商の
 手に渡った。 1908年にニューヨークのデパート経営者・ベ
 ンジャミン・アルトマンがそれを購入し、1913年にメトロポ
 リタン美術館に遺贈された。 遺贈の条件として、館外貸し出し
 をしないよう言い残しているので、「眠る女」はここでしか見る
 ことは出来ない。 この絵だけ別の部屋にあったのも納得である。

 ーつづくー

※画像は下記をクリックして下さい。

ニューヨーク旅行(10)へジャンプ






最終更新日  2019年10月30日 04時25分29秒
2019年10月29日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

プレンティフル





 FL、1961年作出、イギリス・LeGrice。 花色は
 ピンクで、丸弁高芯咲きから、開ききるとロゼット咲きとなる。
 中輪、四季咲き性。

 プレンティフルとは、「豊富な」という意味であるが、多分多花
 性を云っているのだろう。



※ニューヨーク旅行(9)(2006.11.22)

メトロポリタン美術館・2Fの「フェルメール・コーナー」でフェルメール
の絵画を観ることが、今回のニューヨーク旅行のメイン・テーマであった。

ヨハネス・フェルメール(1632-1675)

 17世紀にオランダで活躍した画家である。レンブラントと並び17世紀
のオランダ美術を代表する画家とされる。 生涯の殆どを故郷デルフトで
過ごした。

 彼の作品は、完璧な静けさと平和な空気が満ち、優しい光が全体を覆って
 いる。 精神的な癒しを求める、多くの現代人に訴えかけるためか、近年
 フェルメール人気が日本を含め世界中に広まっている。

「窓辺で水差しを持つ女」(1662-65)

 オランダの伝統的な風俗画では、この絵のように身繕い(水差しの水を水
 盤に注いで、手や顔を洗ったり、身繕いする)の構図は、女性の清さを象
 徴するための伝統的な構図である。

 しかし、この絵でフェルメールが表現しようとしたのは光と色のバランス
 や調和であろうか。 窓を開ける動作は、それによって光を招き入れると
 云う意味がある。

 衣服の鮮やかなブルーは、「フェルメール・ブルー」とも呼ばれる。この
 青はラピスラズリという非常に高価な鉱石を原材料とした絵の具を使用し
 ている。 フェルメールが亡くなった時、多額の借金があったといわれて
 いるが、このような高価な画材を躊躇なく使ったのが、その一因かもしれ
 ない。

「少女」(1666-1667)

 「真珠の耳飾りの少女」同様、無地の暗い背景に少女の上半身のみが描か
 れているが、耳飾りの少女ほどの華やかさがない。 この絵を肖像画だと
 する見解もあり、その根拠は「真珠の耳飾りの少女」がフェルメールのも
 つ古典主義的傾向を理想化したものであるの対し、「少女」の方は額が広
 く、鼻がペタンコで唇も薄いという、より現実的な顔立ちだから。

 これらの2つの絵は、対かも知れないとか。 画集では、この2枚は並ん
 で印刷されていることが多いが、実際に並んで展示されたことはない。た
 だ一度、1982年にメトロポリタン美術館で行われたマウリッツハイス
 展の際、閉館後関係者だけが観る機会があったという。

「窓辺でリュートをひく女」(1664)

 本作品は保存状態が悪く、画面の傷みが甚だしい。「窓辺でリュートをひ
 く女」とされているが、ひいているのではなく、調弦しているところであ
 る。

 女性は窓の外を見つめ、誰か(おそらく恋人)のやってくるのを、心待ち
 している風情である。

 ーつづくー

※画像は下記をクリックして下さい。

ニューヨーク旅行(9)へジャンプ






最終更新日  2019年10月29日 05時00分19秒
2019年10月28日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

フレダイコ(ふれ太鼓)





 CL、1974年作出、京成バラ園。 花色は黄色にオレ
 ンジの覆輪で、咲き進むにつれ色素が増量し赤へと変化し
ていく。 半剣弁平咲き、中輪、四季咲き性、耐寒性が高
く丈夫な品種である。

 別名ピニャータ(Pinata)で、「ピニャータ」はメキ
シコや、カリフォルニアなどでお祭りに使う張子のオモチャ
のことである。 お菓子や玩具を詰めて吊し、子供が叩き割
る。 そして、ばら撒かれた中身を競い合って拾い集める。
この花の明るい色合いが、ピニャータをイメージさせるとい
うことで名付けられた。



※ニューヨーク旅行(8)(2006.11.22)

06:30 起床。
07:30 ホテル1Fのレストランへ。 サンドイッチとコー
ヒーで簡単な朝食を済ませる。一旦部屋に戻り、08:50ホテ
ルを出て「メトロポリタン美術館」に向かう。 地下鉄はレキシ
ントン街・86丁目で下車する。 適当な出口から地上へ出たも
のの、セントラル・パーク方向がよく分からない。人通りも少な
く、5分くらい近くをうろうろして、やっと聞くことが出来た。

方向さえ分かれば、後は簡単である。 五番街に出て、4ブロッ
ク分バックすれば、82丁目にある美術館へ到着する筈である。
昨日バスで通っているので、間違えることはない。09:30開
館なので、時間は十分ある。 のんびりと歩いて行く。それでも
開館10分前には着いてしまった。 暫く近辺を撮影して、短い
行列の後ろに着く。 特別展の招待者はもう入館していた。

定刻に開館。 真っ先に2Fの「フェルメール・コーナー」を目
指す。 実は、今回のNY旅行の主目的は「フェルメールをたず
ねて」なので、下調べは十分してあり、簡単に目的の場所に着く。

メトロポリタン美術館

 世界5大美術館の一つで、1870年に創立、現在のゴシック
 建築に移転したのは1880年。 6,000点の古美術から
 始まり、現在は330万点を所蔵しているという。 その中で
 展示されているのは約1/4である。

 とりわけ古代エジプトに関する展示は、ロンドンの大英博物館
 と双璧をなすと云われるほど素晴らしいコレクションである。

因みに、世界5大美術館はパリのルーブル、ロンドンの大英、マ
ドリッドのプラド、サンクトペテルブルグのエルミタージュ、そ
して当館である。 今回で、5大美術館すべてを訪れることが出
来、本当に嬉しかった。

 ーつづくー

※画像は下記をクリックして下さい。

ニューヨーク旅行(8)へジャンプ






最終更新日  2019年10月28日 04時57分56秒
2019年10月27日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

フレスコ





 FL、1968年作出、オランダ・de Ruiter。 花色は
 朱色で、カップ咲き、中輪、房咲き性、四季咲き性。

 フレスコとはイタリア語で、「フレッシュ=新鮮」という意味があ
 る。



※ニューヨーク旅行(7)(2006.11.21)

聖ヨハネ大聖堂を後にして、バスは再び北上する。 コロンビア大学
を過ぎた少し先から、「ハーレム」に入る。

ハーレム

 1920年代、黒人文化が花開いたが、また犯罪と貧困に喘ぐ地域
 であった。 1990年代に入り、徹底的な治安改善政策により、
 環境が著しく改善された。

バスはセントラル・パークの北端を一周りする感じで、五番街に入り、
今度はダウンタンに向け南下する。 バス右手に「メトロポリタン美
術館」が見えてきた。 数名の人達が、ここで下車した。 我々は明
日単独で来る予定なので、そのまま乗車を続ける。 15:30過ぎ、
6番街53丁目のヒルトンホテルに到着し、解散となる。

バスの中で家内と相談し、割安のチケットが入手出来ればブロードウ
エイでミュージカルを観ることにしていたので、早速地下鉄でタイム
ズ・スクエアへ行く。 苦労して、ガイドさんに聞いたディカウント・
チケット店を見つける。 なんと大勢の人達が行列してチケットを求
めている。 20分後に、やっと「美女と野獣」をゲット出来た。通
常価格の半値なのは有り難かった。 開演は19時である。

夕食の時間は十分あるので、再び地下鉄を利用して、グランド・セン
トラル・ステーションに行く。 地下1階に有名な「オイスター・バ
ー」がある。 ここが勿論本店で、2号店を東京・品川にオープンし
たという。 昨夕下見をした時は行列が出来ていたが、まだ17時と
いうこともあって、すぐ入ることが出来た。

超大型のカキから小型のものまで、カキ一色である。 面倒なので、
適当にアソートされたものを選んだ。 勿論生ガキで、白ワインとの
相性も抜群、あまりの美味しさに撮影するのを忘れ、ひたすら食べか
つ飲んだ。 まだ観劇が残っているので、あまり飲み過ぎないよう注
意されたほどである。

さて、18:20フォンタナ劇場に行く。 外で待つのは寒いなと思
っていたら、チケットを持っていれば中に入れた。 中二階にはショ
ップがあり、ワインを楽しんでいる人達もいたが、まあ辛抱して土産
物を買い求める。

18:30には着席することが出来た。 「美女と野獣」を、心ゆく
ばかり堪能することが出来た。NY旅行のいい思いでとして残ること
だろう。

 ーつづくー

ニューヨーク旅行(7)へジャンプ






最終更新日  2019年10月27日 05時15分32秒
2019年10月26日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

ブレス・オブ・ライフ





CL、1980年作出、イギリス・ハークネス。 花色は
アプリコットにピンクが入った色合いで、中心部が色濃く
染まる傾向がある。 丸弁高芯咲き、中輪、四季咲き性、
中香(軽く香る)。

3m前後まで枝を伸ばす。 つる性で、特に日当たりの
良い場所を好む。

花名を直訳すると、「命の息吹」となる。



※ニューヨーク旅行(6)(2006.11.21)

再びバスに乗車する。更に北上を続けコロンビア大学近くの
「聖ヨハネ大聖堂」前で下車する。

聖ヨハネ大聖堂

 1873年に建設が開始され、現在も工事が続けられてい
 る。 ゴシック様式の教会では世界最大といわれている。
 1990年代、この教会は女性キリスト像を作ったことで
 論議を巻き起こした。 両性の平等という時代の要請に対
 し、宗教家の立場からその姿勢を示したものとして注目さ
 れている。

実は、ガイドブックによると「カトリック寺院」となってい
た。 殆どプロテスタントの教会である筈のアメリカで、何
故こんなに立派なカトリックの大聖堂があるのか不思議だっ
たので、帰国後検索を重ねたところ、聖ヨハネ教会はエピス
コパル(聖公会)系であることが判明した。

1517年、免罪符(正確には贖宥状)販売問題に端を発し
た、マルティン・ルター(1483-1546)による宗教改革により
プロテスタントは発足したが、教義の捉えた方の違いにより
多くの教派が出来た。

聖公会(英国国教会)は通常プロテスタントに分類されるが、
他のプロテスタントとは異なり、教義的な問題ではなく、政
治的な問題から、エリザベス一世(在位1558-1603)の時代に
ローマ教皇庁から離れ独立した。 そのため、建造物をはじ
め、典礼的にもカトリックとの共通点が多い。

 ーつづくー

ニューヨーク旅行(6)へジャンプ






最終更新日  2019年10月26日 05時13分45秒
2019年10月25日
カテゴリ:カテゴリ未分類

にほんブログ村

プレジデント・ハイダー・アリエフ





 HT、1998作出、イギリス・Cocker。花色は朱色で
 花弁の縁が少し淡くなっている。 丸弁高芯咲き、大
 輪、四季咲き性。

 ハイダー・アリエフは、アゼルバイジャン共和国の初
 代大統領(在位1993.6-2003.10)。



※ニューヨーク旅行(5)(2006.11.21)

国連本部を出たところで、アフリカの要人らしき人達が記念撮影を
していた。 撮影後、黒塗りのリムジンに乗り込んで去って行った。

目の前に、一際高いビルが聳えていた。 世界一高層の居住専用の
ビルとか。

再びバスに乗車する。 五番街を北上し、ティファニーの所で左折
する。 七番街のカーネギー・ホールを右折して、更に北上する。
アッパー・ウエストサイドにある、「ダコタ・ハウス」前で下車す
る。

ダコタ・ハウス(1884年築造)

 ジョン・レノンの住まいだったところで有名。 1980年12
 月8日に、この建物の玄関を出たところで彼は射殺された。この
 ビルが完成当時は、付近は殆ど開発されておらず、(西部の僻地
 にある)ダコタのようだと云われたことに由来する。

 現在彼の妻、オノ・ヨーコが住んでいる。 付近のセントラル・
 パークの一角に、ジョン・レノンを追悼して作られたストロベリ
 ー・フィールズがあり、公園を散策する人達の憩いの場となって
 いて、野バラが目を楽しませてくれる。

 ーつづくー

※画像は下記をクリックして下さい。

ニューヨーク旅行(5)へジャンプ






最終更新日  2019年10月25日 04時33分31秒
このブログでよく読まれている記事

全6099件 (6099件中 11-20件目)

< 1 2 3 4 5 6 7 >

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール


宮じいさん

お気に入りブログ

西田くんが所属する… New! くみ1さん

ハリーポッター作戦😎 New! 山ちゃん5963さん

大都会の愛と死 (9) … New! 神風スズキさん

真っ赤に紅葉した蔦… New! 女将 けい子さん

ハイビスカス  バ… New! たんぽぽ7891さん

コメント新着

 はる はる@ Re:花紀行(5798)-ピンク・スタッカート バラ-(09/02) こんばんは。 腰痛悪化とのこと・・・ お…
 QOO4214@ Re:花紀行(5798)-ピンク・スタッカート バラ-(09/02) こんにちは 体調、大丈夫ですか? 無理さ…
 fujiwara26@ Re:花紀行(5798)-ピンク・スタッカート バラ-(09/02) こんにちは♪ コメント出来て良かった♬ …

Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.