|
カテゴリ:ショートストーリー
祝いの石鹸
ここ3日間ほど、臨時休業だった銭湯に行くと、 「いらっしゃい」 と、番台のおばちゃんが笑顔で、小さな箱入りの石鹸をくれた。 ふと見ると石鹸の箱には、可愛らしい「のし紙」が貼ってあった。 「ええ!!おばちゃん、ひょっとして?」 「そうなんよ」 「チーちゃんが・・?」 「そうなんよ」 「おめでとう・・・よかったねえ」 と心から祝福の言葉を贈りたかった。 思いは25年前に溯った。 ガラガラ・・・ 台車一杯に、紙袋が載っていた。 この紙袋は全部、チーちゃんの薬だ。 この薬がチーチャンの命をつないでいた。 1年3ヶ月前、難産の末、やっと生まれた チーちゃんは、生まれつき肝機能障害だ。 早い子は、1才3ヶ月にもなると歩 き始めるのに、チーちゃんは、ハイハイすらできない。 銭湯をやっているチー ちゃんのお母さんとお父さんは、毎月一回チーちゃんと3才のお兄ちゃんいっ しょに大学病院に通った。 お父さんは、その日は、風呂の釜炊きを隣町に住む お爺ちゃんに頼み込んだ。 決して、豊かでないチーちゃんの家庭だが、チーち ゃんの為に、必死に力を合わせている。 夫婦喧嘩なんて、毎日だ。 お母さんは、 「もう、ダメよ」 「もう、終わりよ」 と何度叫んだか分からない。 それでも、チーちゃんの 「マンマ」 と言う小さな顔満面の笑顔が心の支えになって頑張っていた。 チーちゃんは、 ほんとに良く笑う子だった。 天使のような微笑みに、お父さんお母さんは元気 づけられて、何度となくやってきた試練を乗り越えた。 チーちゃんは、半年に 一回くらい手術した。 とうとうお金がなくなって、お父さんとお母さんは、街 頭でボランティアの人たちと募金集めをしたこともあった。 こんなボロボロになるまでの努力のかいあって、 チーちゃんは、1年遅れだが、無事高校を卒業した。 走ることは、ちょっとむずかしいが、赤ちゃんは産めるような身体になった。 チーちゃんは、体力では劣るかもしれないが、細かい作業や根気のいる 仕事は誰にも負けない。 そんな所を評価してもらったチーちゃんは、近所のセ ンサーを作る工場で働いていた。 そこで知り合った彼が、チーちゃんの夫となった人だ。 風呂あがりに番台の所を通ると、おばちゃんは、女風呂の方に身体を向けて背 を震わせていた。 よく見ると、おばちゃんは、 「おめでとう・・・」 「ありがとう・・・」 と言葉を交わしながら、 近所の奥さんと互いの両手を握りしめあって泣いていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.08.23 08:09:20
コメント(0) | コメントを書く
[ショートストーリー] カテゴリの最新記事
|
|