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カテゴリ:ショートストーリー
人間とは、劣等感に悩みながら、幸せを探す生き物
夢にまで見た結婚式。 祝福の拍手に抱かれながら、陽子は和夫とウエディングロードを一歩一歩進んでいた。 ほんの2年前の陽子は、こんな幸せなど夢に見ることすらできなかった。 芸能界のスターを目指していた陽子は、日々夢中でレッスンを重ねていた。 仕事も徐々に増えていたし、万事順調だった。 そんな時だ。 仕事場に向かって車を運転中の陽子は前夜から降り続いた雪で凍結した路面でのスリップしてガードレールに衝突し、重症を負って入院した。 肋骨や足の骨の骨折は一ヶ月もすれば完治したが、顔の顎の骨と鼻の骨の骨折は再三の手術でも治らなかった。 「もう、元通りにはならないのね」 傷は目立たなくなったが、とても芸能界でやっていける顔ではなくなってしまった。 陽子は子供の頃から抱いていた夢を失ってしまった。 「小学校3年生から、毎日毎日、学校を早退してまでレッスンに通ったのは何の為… 大好きな甘い物も食べずにダイエットしてきたのは何の為…」 陽子は何度も自分自身に問いかけては泣き明かした。 両親や兄弟の励ましも空しいだけだった。 そんな陽子の元に、小学生時代の同窓会の通知が来た。 「懐かしい、あの頃のクラスメートに会ってみたい、初恋の人だった祐作にも会って みたい」 そう思う陽子だが、当日の朝まで、行こうか行くまいか悩んだ。 散々悩んだ末、行くことに決めたのは、当日の朝にかかってきた祐作からの電話だった。 彼には、もう奥さんも子供もいた。 「幹事の和夫が頑張ってるし、行かなかったら悪いぞ」 祐作は、そう言って陽子を励ました。 「へえ、和夫君って、そんなことやるの」 当時の和夫は、秀才でおとなしいタイプで、とても幹事をやるタイプではなかった。 だから、陽子の中では、あまり大きな存在ではなかった。 会場の料理屋の二階に着いた陽子を、彼女だとすぐに分かる人は、ほとんどいなかっ た。 電話をくれた祐作までが、 「ええ、おまえ、整形したのか」 と言う始末だった。 「こんなんなら来なければよかった」 すっかり落ち込んでしまった陽子は、会場の下準備に忙しかったようで一番後に出会った和夫にも出会い頭に、 「私、誰か分かる?」 と低い声で問いかけた。 でも、和夫は、ニッコリ笑って 「分かる…分かる…」 と首を縦に二度振って頷いてくれた。 この瞬間、陽子の中で、ずっと小さかったはずの和夫が大きくなった。 和夫の司会は面白くって、10年ぶりの再会だったが大いに盛り上がった。 二次会でカラオケボックスに行った時、陽子は和夫の隣りに座った。 「和夫君って、変わったわね。あんまり司会が上手なんで驚いた」 「営業の仕事やってるからね。芸能界で頑張ってる。陽子に誉められたら最高にうれ しい」 「芸能界は辞めたのよ。私の顔、変わったでしょ。交通事故でね。顔がつぶれたの。 それで、ここのところ、ずっと落ち込んでたの」 「劣等感のないヤツなんておらへん。人間は、劣等感に悩みながら、幸せを探す生き 物と違うのかな」 「すごい説得力ある言葉。ねえ、一つ聞いていい?どうして、私だと分かったの」 「ハッハ…、俺、子供の頃から陽子に憧れてたからな。陽子の声聞いただけでも、 歩き方、足の動かし方見ただけでも、すぐに分かったぞ。顔なんて、一部やで」 … お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.08.16 11:04:09
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