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カテゴリ:ショートストーリー
K大学の近くにある古い屋敷に生まれ育った香奈子はホトホト困りはてていた。
子供の頃は、広い庭を走り回って楽しかったが、高校の時にお父さんが亡くなり、香奈子が大学を出る頃には、お母さんがパーキンソン病になってしまい歩くこともままなら なくなってしまった。 お父さんが亡くなってからは、何人かいた使用人も辞めてもらい、広い屋敷に香奈子とお母さんだけになってしまった。 幸い、お父さんの遺した財産で母と二人食べてはいけるが、屋敷の掃除をするだけでも香奈子には負担だった。 お母さんの病院通いや屋敷の諸々のことに追われている内に、大学時代のサークルで 知り合った恋人の晃司とも滅多に会えなくなってしまった。 たまに晃司と会っても、香奈子はお母さんの病気のことや屋敷のことで頭の中が一杯になってしまって、会社勤めをしている晃司との話が大学時代のように盛り上がらなくなってしまった。 「もう、私たちダメかもしれないね」 「そんなこと言うなよ、今さら」 「だって、病気のお母さんがあの屋敷から離れるはずないでしょ。晃司さんだって、 まさか、病気のお母さんといっしょに暮らしたくないでしょ?」 「そんなことないさ。俺だって、一生懸命に考えてるんだから…」 こんな会話が交わされてから、しばらく過ぎた暖かい日だった。 イスに腰掛けて日向ぼっこをしているお母さんと香奈子が屋敷の庭を掃除していると、初老の夫婦が外から中を伺っているのに気づいた。 「あの、何か…」 「いえ、どんなお屋敷かなと思いましてね」 「失礼ですが、どちら様ですか?」 その夫婦は晃司の両親だった。 晃司のお母さんはシャキシャキして元気そうだったが、 お父さんは少し足が不自由そうだった。 晃司のお父さんは、香奈子のお母さんに挨拶すると、少し照れくさそうに、 「実は、私もパーキンソン病と医者に言われてまして…」 と言った。 その横で、晃司のお母さんが早口で 「でもね、あの映画俳優のマイケル・J・フォックスだって、この病気だって言うじ ゃありませんか。すぐに生き死に関わる病気でもありませんし、元気だしなさいって 言ってるんですよ」 と付け加えた。 すると、香奈子のお母さんもつられて、 「そうよねえ。そうなのよね」 と何年かぶりに元気に話だした。 初老の3人の会話は、香奈子が入れないくらいに盛り上がった。 そんな会話がしばらく続いて、晃司のお母さんが、切り出した。 「実は、晃司が、お父さんもお母さんも、あのお屋敷に住ませてもらったらって言う ものですから…いえ、もちろん、晃司の目的は香奈子さんと一刻も早く一緒になるこ とだと思うんですよ」 … こんなわけで、香奈子のお母さんと二人きりでの暮らしは、晃司とその両親が同居す ることで間もなく終止符を打つことになった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.08.16 10:12:31
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