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「母さん?」
気づくと、母もその隣に立っている。二人は、微笑んでいた。九九をうまく言えるようになったとき、自転車に乗れるようになったとき。本当にうれしそうに笑ってくれた。子供の成長を見守り、喜ぶ、その親の顔。 「え、なんで……」 父も母も、薬物中毒者に殺された。逃げてきたその男の、子供もろとも惨殺されてしまったんだ。犯人は心神喪失ということで措置入院になったと聞いたけど、そいつのその後のことなど知らない。両親の、あの無残な姿を覚えてる。双子の弟と、ただ身を寄せ合って手と手を握り合い、必死で正気を保ったあの日──。 「父さん、母さん!」 必死になって呼ぶと、二人は少し困ったような顔になった。こっちに来てはダメだというように、首を振る。 「なんで! 俺もそっちへ! ── だって」 弟の名を口にして、俺は軽く混乱した。だって、弟は、ああ、弟も死んだんだ。麻薬を憎んで警察官になって、捜査の途中で襲われ刺され、血まみれになって……。 あの時の胸の痛み。弟が心臓を刺されたであろう、あの瞬間に感じた、命を切り取られるような痛み。 「 」 弟の名前。 「 」 弟の名前を呟いた。 と。 ──ダメだよ、兄さん 「え?」 声、声が。弟の── 「何でも屋さん!」 気づくと、俺は阿加井さんに羽交い絞めにされていた。 「ダメよ」 老婦人にも手を握って諫められている。何で? 何が? ああ、父と母が、生前のような綺麗な姿で──。 そう思って彼岸花の向こうを見やると、透垣の向こう、遠くの山が、いつの間にか雲の影を払って明るく輝いていた。高い空のどこかで、のどかな鳥の声。 「……今、そこに俺の両親が」 力が抜けて座り込みそうになっる。そんな俺の背中を、阿加井さんが抱くように支え、老婦人が手を引いて、元の四阿に連れて行き、座らせてくれた。 「これを飲みなさい」 煎茶茶碗を渡される。普通よりさらに温めにされたお茶を、言われるまま飲み干した。──そのまま、俺は放心していたようだ。 「味はするかい?」 たずねられて、俺はのろのろと顔を上げた。阿加井さんと老婦人が気づかわしげに覗き込んでくる。 「味……、ですか……。あ……」 上手く口が動かない。だけど、何をしゃべっていいのかもわからなかった。 「これをお上がりなさい!」 言葉を理解するより早く、口の中に何か丸くて軟らかいものを突っ込まれた。驚いて、眼を白黒させてしまったけれど、味はわかった。 「どうです? わかるかしら?」 緩慢に舌を動かし、顎を動かしながら、俺は首を頷かせた。 「……甘い、です」 「そう。良かったわ」 老婦人は微笑んだ。その笑みは上品で、とても俺の口に茶菓子を詰め込んだのと同じ人とは思えない──。 「でも、今そこに父と母が……俺が中学生のとき、死んで」 「それは幻よ。夢よ」 きっぱりと、言い聞かせるように彼女は言う。 さらに少し、つづく……。 指の悴む季節になってきましたね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2022.12.05 05:38:34
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