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2005.04.19
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4月19日は、「養育費の日」だそうだ。
最近の週刊誌は、森進一と森昌子の離婚で騒いでいるが。1/4の夫婦が離婚し、その中には、まだ、子供を育てている最中である事が多い。
ここで、問題になってくるのは、離婚後の子供との面会と養育費である。
ここんところ、離婚が多いとはいえ、実は、昔の日本というか、昭和初期ぐらいまでは、離婚がけっこう多かったんですよね。
人生50年と言われる時代だったのにもかかわらず。一生のうち、2回、3回結婚するという事が、けっこう普通に存在した。死別も多かったにしろ、離婚もそれなりに多かったということになる。
それに、情報化が進んでいない時代だから、夫婦の片一方が、逃げて行ってしまったら。その足取りも掴むことができず。別の土地で、ひっそりと暮らすという事も、今以上に容易に出来たと予想される。
そう考えると、離婚が増えたのではなく、高度成長期を中心に、しばらく、離婚が少なかったという事がわかると思う。
養育費は親の子供への責任のとはいえ、当時の状況を考えると、お互い行方知れずになる可能性も多いし、送金手段も今ほど簡単ではない事を考えると、養育費がきちんと払われていなかったことが、容易に予想できる。
今は、通信環境が良くなり、送金も簡単だし、居所もかつてより判明しやすくなっている。これは、養育費を受け渡ししやすい環境だとも言える。
しかし、実際は、養育費について話し合いがついても、最後まで払い続けることが出来ないケースが多い。
それは、なぜだろうか。
それは、まず、自分が生きること、そして次に身近な人が生きることを考えるからである。
シングルマザーで、力強く生きている女性も多いが、かなり、頑張らないと、シングルマザーなり、片親だけで子供を育てて生きていくのは大変だ。(制度を使って、働かずに、ぬくぬくと暮らしているシングルマザーもいるという批判もありますが)
それは、相当のモチベーションである。だけど、そのモチベーションは、子供が目の前で生きていることを実感しているからこそ、子育てのモチベーションが発生し、維持されている。
これが、子供と離れて生活したり、または、新生活で次の子供を育てる状況になった場合、離れて暮らしている子供への優先順位が下がってしまう。
まずは、自分が生きること、次に、自分の身近な人が生きていくことが優先だから仕方のないことだ。
この状況は、18歳までの子供を持っている層の、収入が低いという問題と絡むので深刻な状況となる。特に20代の世帯の収入が低く。シングルで育てるのも大変だが、本人が養育費を払えるだけの収入が得られていないケースも多いように思う。特に、ヤンママ、ヤンパパと言われる、10代で結婚した場合の平均の世帯の収入は壊滅的で、全世帯の平均収入の半分以下がほとんどではないかと言ってもいいぐらいである。
結婚していても、生活できない事が多く。その場合は、ヤンパパ、ヤンママの親がさらに面倒を見る形になっていたりする。そんな状況で離婚してしまえば、祖父母の支援の上でどうにかするか、周りの支援が得られないと、子供を手放してしまう事も考えなくてはいけなくなる。
確かに、自分のしたことで生まれたわけなので、その責任を親がもつべきなんだけど。親の責任というものは、どこまでなんだろうという疑問もある。
養育費は、支払うべきなんだろうけど、養育費を支払う能力がない場合は、支払うことが出来ないという事を主張する方が、親の責任を果たしているとも思えるんですよね。
確かに、約束を守ることは大切だけど、守れない約束をしない事が、約束を守る上で大切なわけで、一般常識に囚われ、自分において、置かれている状況に合わない、約束をすることは、親の責任を果たすように見えて、親の責任を果たしていないことになる。また、守られない約束を取り付け、それを盾に、少しでも支払わなければ、責め続ける人もいるようだが、これもフェアではない。
養育費は、あくまでも、決まりであるので、話し合いで、内容を変えてもいいことだと思うので、どう、フレキシブルに運用できるように取り決めをするのかが、重要かも知れない。
あと、個人の払う養育費に依存しなくてはいけない構造というものも問題だ。
先ほども出てきた言葉だが、「親の責任」という言葉が、強く言われる傾向がある。それだけに、責任が、親という個人に偏ってきているとも言える。それが、そろそろ限界に来ているのではないだろうか。
学校で事故が起これば、すぐ、学校の責任を追及する親がいるが、親の責任が重いからこそ、ここぞとばかり、他人に責任を押しつけて、自分の責任を軽減しようとしているように見えることがある。これは、ある種の親の責任に押しつぶされかけている親の悲鳴かも知れない。
「親の責任」が叫ばれることで、責任が重くなり。多くの親が、責任を取れなくなっている。これは、前述したとおり、養育費の途中からの不払いの原因の一つである。
だからこそ、親の責任をシェアし、軽くする必要がある。場合によっては、養育費というシステムに拘らなくても、別居している自分の子供が育てられるしくみがあるのであれば、親の責任も軽減できるかも知れない。
私の小さな頃は、近所の家で、なぜか、夕食を食べていたという事もあった。高校生ぐらいでも、友人の家で、遊んでいると、夕食を呼ばれることもあった。
それだけ、豊かな時代だったのかもとれないが。地域で子供を育てていた時代の名残かも知れない。
今は、他人の家で、子供が勝手に食事をいただくと、怒る親が多い。なぜ、怒るかというと、親の責任を果たしていないと思われては困るからという部分も大きい。
養育費のことを考えるにおいて、親の責任がどうあるべきかを、もっと、いろいろ、考える必要があるように思う。


★今回の話題の関連図書★

自分でデキル養育費強制執行マニュアル ( 著者: 新川てるえ | 出版社: ひつじ書房 )





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最終更新日  2005.04.20 23:07:45
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