☆警戒警報
交流送電が行われている限り、地球は温暖化を募らせていく。それ以外の道がないからである。自動車産業が販売競争を繰り広げている間、多くの有害な酸化物(NOx、CO2、SOx)群を移動体は吐き出し続けてやむことはない。生命にとって、生息するための環境は悪化するばかり。これまで主流だった炭素系資源からエネルギーを取り出す、という方法では環境条件をただ劣化させて、文明そのものに負圧をかけるのみなのだ。 原因の分かっている温室効果ガスの排出削減でさえ、止めるどころか減らすことはまったくできていなかった。実際のところ、大気中の二酸化炭素濃度は増加の一途を辿っている。Co2濃度は、一定の%で着実に増えつづけて減ったことなど一度もなかった。これが世界のありのままの姿なのである。原因が分かっていながら、有害な資源に今尚頼り切っているのである。その無神経さは理解し難い。不健全な経済システムを前提として成り立っている仕組みである以上、いつまでたっても状況が変わろうとしなかったのだった。 文明がこれまで行ってきたことはと言えば、実効のない名目値のデータだけを、ひたすら積み重ねているという経過がすべてだったのである。そんなことをやって気を紛らわせていたのだったから、環境条件はどんどん悪化して少しも改善されることがなかったのであった。自動車会社は電気自動車の開発を急ぐべきだったのだが、有害な内燃機関を大量生産し続けている。電力会社は、節電では効果がないということを最後まで隠し通そうとしている。国民が真実を知ったとき、電力会社は責任をとることができないほど、諸般の状況はきわめて悪化したものになっていることだろう。 いずれの業界も、監督官庁は経済産業省である。交流送電の実態を知っていながら、事実を隠す役割を官僚自らが演じている。原発の推進で電力会社に大きな借りができているからだ。その背後の事情というものがあるために、実効のまったくない対策を講じ続けることとなり、温暖化防止に使うべき大切な国家予算をドブに捨てる結果を招いている。それで平然としていられるのだから、国と国民は衰弱すばかり。現状をみれば、すぐにいろいろと思い当たることだろう。 日本という国は、システム全体を世界に先駆けて見直す時期にきている。自動車産業は、速やかに電気自動車を世界中の市場へと供給しなければならない。ガソリン車よりも低廉な電動車をつくる方法は、複数ある。工夫が足りないというだけのことでしかないのだ。 炭素資源が有害だからといって、高価な水素では経済合理性が担保できないこともまた事実。殆どのひとに意識されていないことなのだが、水素は炭素よりも重大な影響を地表へと及ぼす。水素の酸化物が水であるため、二酸化炭素を派生させない資源だとはいっても、大気層には水蒸気が増加し続けるようになる。結局のところ、湿潤化する一方という展開へと陥らざるをえないのだ。雲は、その厚さを増し、降水量は一方的に増加する。 天然ガスの大量消費という変化が、このところの降水量の急増を生みだすようになっている。このため短時間の雨であったとしても、河川や排水管をすぐに満たしてしまうような勢いで、市民や工事作業員を一度に何人も死亡させる、という事例がこのところ相次いで起きていた。炭化水素の燃焼は、二酸化炭素と水蒸気の同時生成を加速するものであるからだ。世の中の知識人のすべては、水は無害であると主込んでいた。だが自然災害の最大の要因は、ガス化した水が生みだすものなのだ。それは巨大な破壊を至る所で生みだしている、多くの事実が歴史的に証明していたことである。 都市ガスやプロパンガス(LP=液化石油ガス)などの炭化水素を燃やすと、炭素の酸化物である二酸化炭素と、水素の酸化物である水蒸気とが大気中へと同時に放出されるのだ。これらの気体資源は、炭化水素と呼ばれてひと括りにされている化合物。天然ガスがクリーンエネルギーだと強調してきた知識階級は、これらの誤った認識から速やかに決別しなければならない。そうではなかったという過去をもったということが、これほど深刻な状況を生み地球環境に、巨大な悪影響を強く及ぼすようになってきている。 最近頓に見られるようになった降水量の急激な増加は、天然ガスを燃やし続けてきた快適な生活習慣の結果として、雲の層を厚くしたことにより一度に降る雨の量を、経験した事がないほどまでに激しいものへと変えたのだ。文明はその理由をまだ特定していないが、要素抽出をすすめていくと、炭化水素が酸化することによってできる気体の水の増加にその原因を求めなければならない、ということがだんだんと明瞭に見えるようになってくる。 炭素が有害なものであるのはいうまでもないのだが、ガスなどの炭化水素もまた雲の量を増やし、降水量を増加させることによって生命を奪うものになってきている。この先水素資源を大量消費するような時代が仮にもしやってくるのだとすれば、地表は水蒸気で覆われて湿ったままの環境になりかねない。雲の量が増えるのだから、太陽の日差しは地表にまで届かなくなる。晴天はながく続かず、曇天や雨の日が次第に多くなるだろう。湿度に温室効果があることは、蒸し暑さが予てからよく伝えていたことである。 熱帯雨林に降るスコールのような激しい雨が、温帯であった地域にもこれからは屡々降るようになるということなのである。このところ観測されるようなった過度の集中豪雨やその結果である洪水などの現象は、未来社会に対する警告という意味を賦与されている。温暖化が止まらずに湿潤化が募れば、地球は木星のような白い雲ですっぽりと覆われた死んだ星になる以外にない。水は化合物として極めて安定なものであることから、自然に減るということがない物質なのである。その意味では、CO2の方がはるかに善良な資源だといえそうだ。善良であっても有害であるという属性は、ニンゲンだけに限った話ではあるまい。