クラヴィコード製作日記 第2回 「クラヴィコードのしくみ」
前回、クラヴィコード日記の第1回を書いたのは約1ヶ月前・・・。その時の公約では、プレクトラムを全部とりつけてから第2回を書く・・・はずだった。しかし、クラヴィコードとはそもそも何ぞや?という説明が要るのではないか、と気がついた。そこで、今回はまだ工事中のクラヴィコードを使って、そのしくみについてお話したい。 クラヴィコードのメカニズムはいたって単純である。右写真上部にある細長い木が駒で、そこからこの写真で言えば左側にあるピンまで弦が張られている。通常左側にはフェルトなどでミュートがしてあり、したがってそのままはじいても音が出ないようになっている。鍵盤は鉄製のピンの上に突き刺さっていて、ここを支点にシーソー状に運動する。鍵盤奥側のほうが比重が大きいので、静止した状態では奥側が沈んでいる。鍵盤奥にある金属片がプレクトラムという爪である。 右の写真は鍵盤を押した状態。鍵盤を押すとテコの要領で奥にあるプレクトラムが弦を突き上げる。弦の左側はミュートされているので音が出ず、右側、すなわちプレクトラムと駒の間のみ振動する。鍵盤から手を離し、プレクトラムが弦を離れるとミュートされて音が止まる。 右の写真はプレクトラムが弦を押し上げている状態である。プレクトラムが弦に接触している間は指の力が常に弦に影響を及ぼすことになる。つまり、指を振動させてビブラートをかけることもでき、また強く押し込んでピッチベンドさせることも可能である。もちろん、打鍵の強さによって音に強弱を与えることができる。クラヴィコードはこういったことのできる唯一のアコースティックな鍵盤楽器と言える。J.S.バッハがこの楽器を愛用したというのは、まさにこの点においてであろう。 クラヴィコードやチェンバロは2本の弦が一組となって一つの音に当てられている。しかし、この写真のような小型の楽器では張れる弦の数も限られている。そこで、右写真のように、高音部においては一組の弦に対して3~4つの鍵盤が当てられている。1組の弦に対し3鍵の場合、長、短3度の演奏には支障ない。4鍵の場合は短3度に支障が出るが、4鍵は最高音部のみで、おそらく昔はそのあたりで短3度を同時に鳴らすことがなかったのかもしれない。 もうひとつ小型鍵盤楽器の工夫として、“クルツェ・オクターヴェ”というものがある。これは、鍵盤数の限られる小型楽器にできるだけ広い音域を与えようとする工夫である。一番低い音域において、おそらく当時使われることの少なかったであろうfis音やgis音を除き、そのかわりにさらに低いc、d、e音をあてがうと言うものである。配列は右の写真のとおりである。つまり、この音域において、C Durのスケールを弾こうと思えば、通常の鍵盤ではe-fis-gis-f-g-a-h-cと弾く感覚になる。このように、いたってシンプルな楽器ではあるが、そのしくみから大変表現力のある、可能性を秘めた楽器であることがわかる。しかし、それならなぜ廃れてしまったのか・・・。それは音量が小さすぎるという致命的欠陥を持っているためである。プレクトラムが弦を押す位置は振動の節、つまり一番振幅の小さい部分である。そのためどれだけがんばっても大きな音が出ないのである。どれくらい小さいかと言えば、真夜中に演奏しても苦情など考えられないほどのものである。長い間、演奏会用のチェンバロ、個人用のクラヴィコードという棲み分けがあったが、ピアノの登場とともに活躍の舞台を降りることとなる。