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カテゴリ:秩父巡礼
所在不明となっている第十九番の日記については、まだ楽天側より回答がありません。
回答があり次第、あらためて更新いたします。 第20番札所 山号:法王山(ほうおうざん) 宗派:臨済宗南禅寺派 本尊:聖世音菩薩 巡拝日:2008年4月16日 ----------------------------------------------------------------- 十九番・龍石寺を出て、いよいよ荒川を対岸へ。 札所を行き来している最中に何度か目にしていた秩父橋を初めて渡る。 川面を遥か下に見る、立派な斜張式の橋だ。 渡りながら長瀞方面へ目を向けると、 歴史のありそうな趣きのあるコンクリート製のアーチ橋が見えてくる。 これは1931年から1985年までの54年間活躍したという旧秩父橋。 埼玉県指定有形文化財でありながら、現在も人と自転車には現役で利用されている。 車であっという間に新橋を通り過ぎてしまったので、その上を渡れなかったが、 この巡礼の間に一度、自分の足で77年の歴史を踏みしめてみたい。 秩父の河岸段丘地形は、市の中心部にあたる東岸より西岸のほうがより顕著で、 橋を越えるとすぐに急な坂道に差し掛かる。 二十番の駐車場はすでに対岸の市街地を見下ろす高さだが、 それでも荒川の川岸からまだ100mも入っていない。 駐車場からだと、いや、歩いて巡礼する場合でもそうなるらしいけれど、 二十番・岩之上堂の境内へは、観音堂の裏手から入ってゆくことになる。 寺や神社というのは普通はお堂の正面に参道が開かれるわけで、 いきなり観音堂の背面を見るというのは珍しいシチュエーション。 これは、かつての巡礼は荒川を舟で越えてこの二十番へ参っていたからであって、 つまりこの岩之上堂は荒川を向いて建っているということになる。 それはそうと、境内は目が眩むばかりの花盛り。 あらゆる花という花が咲き誇り、息をのむ美しさである。 写真に収めるには空が曇っているのが残念だが、ひとしきり夢中でシャッターを切る。 境内は、そのあちこちが水を含んでいる。湧き水らしい。 また、観音堂の正面に立てば、そこは大きなモミジの木陰になっていて、 その若葉がとても清々しい。 きっとここにはマイナスイオンが充満しているに違いない。 観音堂は、現在の札所の中では最も古い建物といわれている、という。 内部は前面が土間になっていて、堂内まで入っていけるようになっている。 おかげでご本尊さまにかなり近づけるという、ありがたいお堂だ。 このお堂は、ご本尊そのものもさることながら、 ご本尊を納めている厨子の彫刻が素晴らしい。 色彩もいまだ美しく残っていて、この厨子だけでも一見の価値を持っている。 観音堂そのものとは独立して、この厨子自体も秩父市指定の有形文化財に指定されている。 お堂の正面には、荒川の川岸方面へ降りてゆく石段があり、降りてみる。 かつては、荒川を舟で越え、この石段を登って、観音堂へ参ったのだろう。 その時代のままというわけではないのだろうけれど、 石段は現代的な整備はなされていない。 それはそれでいい雰囲気なのだけれど、 高齢者は危険、といったような内容の看板が立てられていて、 確かに急な上に足場が悪く、普通に階段を降りるようなわけにはいかない。 慎重に一段ずつ歩を進めてゆくと、巨大な岩盤の下の窪地に出る。 この岩盤の上に建っているから、二十番は岩之上堂と呼ばれているわけだ。 岩盤からは、境内を潤していた湧き水が滴り落ちている。 ひんやりとした空気に包まれたこの場所は乳水場と呼ばれていて、由縁は、その昔、 乳の出なくなった乳母がこの水を飲んで乳が出るようになった、という伝説による。 岩盤の下は洞窟のようにくぼんでいて、苔むした中にいくつか仏像が置かれていた。 残念ながら、現在はこの乳水場から荒川の川岸へ出る道は整備されておらず、 観音堂方面へUターンする以外にない。 石段を戻って境内へ上がってゆくと、十八番で見かけた老夫婦がいて、 この危険な石段を降りようかと思案している。 旦那さんのほうは前向きだったが、奥様が嫌がっている。 結局、2人揃って降りるのを諦めたようだ。 諦めなければ思わず止めに入っていたかもしれない。 そのぐらいの石段である。 ご朱印をいただき、帰り際、再び境内を眺める。 花々は相変わらず咲き誇っている。いい時期に来ることができた。 観音さまよりも花々に魅せられながら、二十一番へ向かった。 法王山岩之上堂 秩父市寺尾2169 tel.0494-23-9419 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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