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じゃくの音楽日記帳

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演奏会(2016年)

2017.01.26
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カテゴリ:演奏会(2016年)

全然進まない、2016年に聴いたコンサートのまとめの続きを書きます。
その3、マーラー・ブルックナー以外のオケものです。

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 1/ 9 大植英次&日フィル ドヴォルザーク S9ほか みなとみらい
 1/15 ハーディング&新日フィル ブリテン 戦争レクイエム トリフォニー
 4/ 9 マリナー&アカデミー室内管 プロコフィエフ/RVW/ベートーヴェン オペラシティ
 4/14 下野&読響 フィンジ 「霊魂不滅の啓示」ほか サントリー
 4/16 ノット&東響 リゲティ/パーセル/R.シュトラウス オペラシティ
 5/14 大植英次&東響 チャイコフスキー S4ほか 府中の森芸術劇場
 5/30 テミルカーノフ&ペテルブルク ショスタコーヴィチ S5ほか サントリー
 6/ 2 同上 ショスタコ―ヴィチ S7 サントリー
 6/ 9 大野和士&都響 スクリャービン S4ほか サントリー
 8/26 武満徹 「ジェモー」ほか サントリー
 8/30 サーリアホ オーケストラ作品集 サントリー
 9/26 ロジェストヴェンスキー&読響 ショスタコーヴィチ S10ほか サントリー
 10/15 ノット&東響,諏訪内晶子 ベートーヴェンVnC, S5 サントリー
 11/ 2 ブロムシュテット&バンベルク響,ファウスト ベートーヴェンVnC, S5 サントリー
 12/ 5 ヤルヴィ&ドイツカンマーPO,樫本大真 ベートーヴェンVnC, シューマンS3 オペラシティ
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最初の3つ以外は独立した記事を書いていませんので駆け足で振り返りたいと思いますが、それすらもなかなか書き進まないので、とりあえず上半期分として6月までの演奏会について書きます。

4月の読響はフィンジの代表作の一つ、「霊魂不滅の啓示」。滅多に演奏されない超貴重な機会で、初めて生体験ができました。意欲的なプログラムをいろいろやっていただいた下野さんが読響を振る機会が減っていくのが残念ですが、益々ご活躍されることとおもいます。

同じく4月のノット&東響は、やはりプログラミングの妙が光る、リゲティ、パーセル、R.シュトラウスという、時空を超えた胸がときめくようなものでした。パーセルは、舞台上にオケが乗り、2階オルガン下のブロックの左端にヴィオラダガンバが何台か並び、空間的にも良い効果を上げていました。R.シュトラウスのツァラトゥストラも目の覚めるような鮮やかな鮮やかなサウンドで、ノット東響のコンビの充実ぶりをまざまざと感じたひとときでした。

5,6月はテミルカーノフ&サンクト=ペテルブルクによる鉄壁のショスタコ2連発、たっぷりショスタコの音楽に浸って大満足でした。

6月の大野&都響によるスクリャービンの「法悦の詩」。大好きな曲ですが、あまり頻繁には演奏されないので貴重な機会でした。僕はこの曲のラストで延々と打ち鳴らされる鐘にかなりの思い入れがありまして、ここをどんな音でどんな風に慣らしてくれるかにこだわっています。2012年7月の秋山&東響のときは、バケツ程の大きさの鐘で、チーン、キーンと高い刺激的な音で、失望が大きかったです。終わってから片付けているオケの方に尋ねたら、楽器レンタル屋さんから借りた鐘と言うことでした。次の時はもっと重く深い響きの得られる巨大な鐘を使ってもらいたいと思いました。さて今回はどうだったかと言うと、やはり大きめとは言えバケツ大位の鐘で、高音成分が耳にきつい音で、興醒めしてしまいました。終演後に舞台の近くに行って、後片付けしている奏者さんにお尋ねしたところ、これはレンタルではなくオケの保有している楽器と言うことでした。もっと巨大な鐘を使って欲しいと言う思いは満たされませんでした。バケツ大ではスクリャービンが怒るのではないかなぁ。

僕は「法悦の詩」を、アバド&ボストン響のレコードでなれ親しみました。この演奏の鐘が、巨大な梵鐘を打ち鳴らしているかのような、重く奥深い、原始的なエネルギーをもって丹田にずーんと響いてくる何とも素晴らしいサウンドで、フルオケの響きとともに、感動の渦に飲み込まれるようでした。この演奏で実際にどんな鐘を使ったのかは知りませんが、このサウンドで刷り込まれてしまった僕としては、いつかこのような音で打ち鳴らされる鐘とともに訪れる圧倒的なクライマックスを、生体験したいものです。







Last updated  2017.01.29 00:05:06
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2017.01.05
カテゴリ:演奏会(2016年)
2016年のコンサートで是非とも単独記事にしておきたいものを、ここで一つ書いておきます。

2016年4月に、当時91歳のネヴィル・マリナーさんが、アカデミー室内管弦楽団を率いて来日した演奏会を聴きました。その後惜しくも逝去され、結果的に最後の来日となりました。

指揮:サー・ネヴィル・マリナー
管弦楽:アカデミー室内管弦楽団

プロコフィエフ:古典交響曲
ヴォーン=ウィリアムズ:タリスの主題による幻想曲
ベートーヴェン:交響曲第7番

2016年4月9日 東京オペラシティ コンサートホール

マリナー&アカデミー室内管の愛聴盤を何かしら持っている方は、かなり多いと思います。僕で言えば、イギリスの弦楽合奏曲を収めた2枚です。1枚は、ホルスト、ディーリアス、パーセル、ヴォーン=ウィリアムズ、ウォルトン、ブリテンの曲を収めたEMI盤で、以前宮沢賢治の「雨ニモマケズ」のBGM選手権で投稿した、ヴォーン=ウィリアムズの前奏曲ロージメードル(弦楽合奏版)の入っているものでした。

もう1枚がヴォーン=ウィリアムズの曲だけを収録し「ヴォーン=ウィリアムズのさわやかな世界」と題したDecca盤で、こちらに「タリスの主題による幻想曲」がはいっていました。この2枚は本当に良く聴き、弦楽の響きにうっとりとさせられたものでした。

マリナーさんがアカデミー室内管を率いて来日し、この「タリス」を演奏する、ということを知ったとき、これは是非とも聴きたい!と、思いました。生のマリナーさん聴くのは初めてのことで、非常に楽しみにしていました。

当日、舞台に足取りも軽く現れたマリナーさんが、1曲目のプロコフィエフを始めた途端、その音楽が非常に若々しく、みずみずしく、溌剌としているのに驚くばかりでした。オケとの呼吸がぴったりとあい、実に楽しそうに活き活きと演奏しています。

プロコフィエフが颯爽と終わり、ホールの残響が消えるとすぐに、マリナーさんはタクトを降ろし、体を機敏に曲げ、若いコンマスに顔を近づけ、コンマスと顔を見合わせながら左手でガッツポーズをとって静止しました。かっこいいのなんの。彼らにとっても会心の演奏だったのでしょう。すると次の瞬間、ホールの静寂を鮮やかに打ち破るブラボーが一閃し、それを合図に万雷の拍手がどっと始まりました。このブラボーは見事でした!というのも、物理的な残響が終わり、マリナーさんがガッツポーズをとった瞬間に、マリナーさんの音楽モードは終わって通常モードに戻って、「やったぜ!」と心で叫んだことと思います。(このあたりのワタクシの勝手な造語については「余韻考(3)」の記事をご参照ください。)従って、もしもそのあとに静寂が続いたとしたら、かなり気が抜けてしまったかもしれないところを、これ以上ない絶妙のタイミングで、ほどよい声量とトーンで、完璧なブラボーが発せられたのでした。僕がこれまでに見聞きした無数のブラボーのうちでも最上級のブラボーだったです。あのブラボーを発した達人リスナーの方に、ここでブラボーを捧げたいと思います。僕を含めて普通のリスナーは、決して真似しないようにいたしましょう。(^^) 

そして2曲目がいよいよ「タリスの主題による幻想曲」でした。この曲をマリナー&アカデミー管で聴ける幸せ。弦楽の響きはどこまでも美しく、それに浸っているのはもう最高のひとときでした。

これでコンサートが終わっても十分な満足感です。しかし休憩のあとも、精気にあふれたエネルギッシュなベートーヴェンの7番が演奏されました。生命力がみなぎっていました。さらにアンコールでモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏され、さらにさらに2曲目のアンコールとして、「ダニー・ボーイ」の弦楽合奏が始まりました。その美しいことと言ったらありません。そして曲の終盤の盛り上がるところで、思いがけずホルンが突然に強奏で加わるサプライズがあり、響きは最高に充実し、感興も最高潮に達し、それはそれは強い感銘を受けました。

このとき間もなく92歳を迎えるというマリナーさんはお元気そのもので、若いコンマスをはじめ楽員たちと強い絆でがっちり結ばれていました。本当に素敵な音楽でした。

マリナーさん、沢山の沢山の素晴らしい音楽を、ありがとうございました。






Last updated  2017.01.05 07:25:46
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2017.01.04
カテゴリ:演奏会(2016年)

もうお正月も4日目ですが(^^;)、新年おめでとうございます。今年もマイペースでブログを書いていきたいと思います、どうぞよろしくお願いします。

2016年に聴いたコンサートのまとめの続き、今度はブルックナーです。
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4番 ネゼ=セガン&フィラデルフィア管 6/3 サントリー
5番 ヤルヴィ&N響 2/6 NHKホール
7番 メータ&ウィーンフィル 10/10 サントリー
      ブロムシュテット&バンベルク響 11/4  東京オペラシティ
8番 スクロヴァチェフスキ&読響 1/23 サントリー
      ノット&東響 7/16 サントリー
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ネゼ=セガン&フィラデルフィア管は、2014年の来日でマーラー1番の演奏会があり、楽しみにしていましたが、ヘルニアで入院し聴き逃してしまった「痛い」演奏会の一つです。今回は無事に聴くことができてありがたかったです。全編にわたってテンポが大きく変動し、僕としては落ち着かない音楽に感じました。びっくりしたのが、第四楽章のコーダでした。静まって徐々に徐々に盛り上がっていくところ(練習番号Vから)を、非常にゆっくりしたテンポをとり、ヴァイオリンとヴィオラにひたすら繰り返されるトレモロ指示の六連符を、トレモロにせず、六連符の一つ一つの音をスタッカートで短く切って弾いて行くというやり方をとりました。かつてチェリビダッケが演奏していた方法と同じです!

チェリビダッケは、この部分を、まさにこの独自の方法で演奏し、圧倒的な感動を呼んでいました。セガンは、それと同じやり方で演奏しましたが、形だけ真似ても全然ダメという見本のようなものと感じました。チェリビダッケの場合は、第一楽章の始まりから、ずっとゆったりと一貫した大きな流れを持つ演奏だったので、曲の締めくくりとしてのこのスタイルが強い説得力を持ち、大きな感動が生起しました。対してセガンは、ここに至るまでがテンポ変化の目まぐるしい、せわしいスタイルだったので、最後だけ急にチェリ風のゆっくりとした巨大な音楽スタイルになっても、唐突な印象を生ずるだけでした。

ネゼ=セガンご自身は、インタビューで好きな作曲家として「ブラームスを筆頭に、マーラー、ブルックナー、バッハ、ラヴェル等が大好き」と答えていますが、指揮者としてはブルックナーよりマーラーの方が断然向いているのではないか、と思いました。今度は彼のマーラーを聴いてみたいです。
 
7番は、メータ&VPOが大収穫で、記事にしたとおりです。もうひとつ聴いた7番が、ブロムシュテット&バンベルク響でした。このコンビで前回聴いた2012年11月の4番が、神がかり的名演でした。速いものでもうあれから4年、ブロムシュテットも89歳です。今回もさすがに非常に充実したブルックナーで、聴衆の集中度も極めて高く、特別な雰囲気に包まれたひとときでした。(オペラシティで重要なブルックナーのコンサートがあるときに集結する聴衆の質は、いつもすごいです。)最後の拍手も熱く盛大でした。僕もこの場に立ちあえて良かったです。しかし個人的には前回のような大感銘は残念ながら得られませんでした。日本ツアーの終盤の演奏会で、オケはのびのびと演奏していて良かったのですが、のびのびとしすぎて、音楽にわずかな粗さというか、緩みが生じたように感じました。「4番のような演奏を再び」という自分の期待が大きすぎたのかもしれません。しかしブロムシュテットさんは大変お元気そうだったのが、何よりのことでした。また来日してブルックナーを聴かせていただければと思います。

8番は記事にしたとおり、92歳のスクロヴァチェフスキのますますの充実ぶりが貴重な体験となりました。







Last updated  2017.01.04 11:19:51
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2016.11.14
カテゴリ:演奏会(2016年)

メータ&ウィーンフィルを聴きました。モーツァルトとブルックナーの名品を並べた黄金のプログラムでした。

モーツァルト 交響曲第36番 リンツ
ブルックナー交響曲第7番

10月10日 サントリーホール

ブルックナー7番について書きます。両翼配置。ホルンは上手奥に2列で並び、前列4人がホルン、後列4人がワーグナー・テューバでした。ワーグナー・テューバの向かって左側(センター寄り)にテューバ、その左にトロンボーン隊という布陣でした。すなわち、ワーグナー・テューバとテューバを隣接させた、いい配置です。しかし謎だったのは、ワーグナー・テューバの向かって右側(上手寄り)の一番端に、空席の椅子が一つ用意されていたことでした。誰のための椅子なのか?わからないまま演奏が始まりました。

その演奏が、冒頭から実に素晴らしいです。メータは、ゆっくりめの足取りで、変な力みは全くなく、自然体で、特別なことは何もやっていないようです。それでいて、出てくる音楽は滅多に聴けない充実ぶりです。どこがどう凄いということは僕には全然わからなくて、ただ全ての音が、そうあるべきように鳴っている、としか言いようがありません。これはとんでもない演奏です。

第一楽章が終わったとき、隣席で聴いている長年来の友人と、お互いに黙ったまま、思わず顔を見合わせました。かつて朝比奈隆がここサントリーホールで都響を振った7番が、やはり特別なことは何もやってないのに、神懸かり的な演奏でした。その第一楽章が終わったときに、やはり彼と思わず顔を見合わせました。そのときのことを思い出しました。

第一楽章が終わると、テューバがおもむろに楽器を持って立ち上がり、舞台上手側にちょっと移動して、ワーグナー・テューバ隊の横(上手寄り)に置いてあった椅子に座りました。謎の空席は、テューバのためだったのです。しかし今回の配置であれば、テューバ奏者はもともとワーグナー・テューバの1番奏者に隣接していたわけです。そこからわざわざ移動して、ワーグナー・テューバの4番奏者の隣に位置したというこだわりですね、これには感心しました。

第二楽章も、全体にわたってゆっくりとしたテンポで、どこまでも自然体です。どこかのパートが個性的に強調されることはなく、どこかのフレーズが特別に際立って歌い込まれるということもありません。それでいて必要にして十分な音楽の響きが、自然な流れを持って、ただただ連なって進んで行きます。

個々のフレーズをとれば、はっとさせられるような凄みとか、恐るべき深みなどを、これまでこの曲の他の演奏から様々に体験してきました。そのような演奏に比べるとこの聴体験は、聴く人によっては、地味で物足りないと感じることもあろうかと思います。でもこの演奏は、そう言った個々の箇所に唸らされることは少なくても、音楽のゆったりした流れに、安心して完全に身を任せられます。大きな船に乗って、滔々と流れる広い河をゆっくりと下りながら、少しずつ変わってゆく美しい風景を見続けているような感じです。しかも、流れ去った風景、今見ている風景、これから現れるであろう風景、それら全部が、しかるべき意味を持って有機的に繋がっているんだなぁということが、まざまざと感じ取れるのです。そして聴き進むほどに、その実感がますます確たるものとなっていきます。極上のブルックナー体験です。

第二楽章が終わると、テューバ奏者は元の席に戻りました。そして第三楽章、第四楽章も、同じように自然体の充実した音楽が進んでいきます。自然体と言っても決して淡白ではなく、メータがところどころにちょっとしたこぶしを入れると、オケがそれに機敏に反応します。力を入れるべきところでは、充分に大きな力が入り、そこに無駄な力みが些かもありません。そのしなやかさと過不足のない充実ぶりは、聴いていて実に気持ち良いです。これは本当にすごい。

これまでメータのブルックナーはほとんどノーマークでした。まさかこれほどのものが聴けるとは思いもよりませんでした。一方ウィーンフィルのブルックナーは、これまでメッツマッハーの振った9番を聴いただけで、そのときはワーグナー・テューバの渋い響きにとても魅了されましたが、音楽内容としてはこれほどの高みには全く達していなかったです。今日のこの驚くべき音楽は、メータの内的充実とともに、そのメータとウィーンフィルがいま、厚い信頼関係にあるからこそ生まれてくるのでしょうか。僕がウィーンフィルを聴いたのは僅かな回数にすぎませんが、その中でダントツに抜きんでて素晴らしく、ウィーンフィルの真価を初めて体験できた、と思いました。

ワーグナー・テューバは、絶美で、完璧でした。このところ日本のオケのワーグナー・テューバも随分上手くなっていますが、それらと完全に一線を画する次元でした。そしてもちろん、ウインナ・ホルンの渋いくすんだ響きも絶品でした。ともかくウィーンフィルはのびのびと自由に、リラックスして、普段どおり普通に弾いている、という感じでした。第三楽章のトリオの途中では、ホルンだかがブオッと聞き慣れない音を出してちょっとびっくりしました。達人の遊び心?

ついに最後の残響が消えると、その後の静寂も少しですがきちんと保たれました。メータが指揮棒を下げる前に拍手がパラパラと始まってしまったのがちょっとだけ残念でしたが、あまり気になりませんでした。もしかしたら今日の演奏が、終演後に長い静寂を厳格に求めるような性質のものではなかったからかもしれません。

そしてその後に沸き起こった会場の拍手喝采はもちろん大きかったし、メータの呼び戻しもありましたが、熱狂的というほどのものではなかったように思います。メータもオケも、普通にお仕事し終わったような、「ウィーンではいつもこういう風にやっているんだぜ」というふうな、普通の感じで帰って行きました。しかし今日の演奏は、少なくとも僕にとっては、かなり稀にしか遭遇できないほどの充実した感動体験となりました。地味だが、あるべきように音が響き、余分なものがない、そういうブルックナーでした。

メータはとてもお元気そうでした。プログラム2曲とも、暗譜で譜面台を置かないだけでなく、指揮台の後ろに手摺りさえつけず、最初から最後までどこにもつかまることなく、しっかりと振っていました。メータさん、またこのような音楽を、僕たちに聞かせてください。







Last updated  2016.11.16 00:22:28
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2016.08.27
カテゴリ:演奏会(2016年)

(この記事は、「カンテムス合唱団を聴く その1 カザルスホールでの思い出」 の続きです。)

さて、カンテムス合唱団2016年日本ツアーを知ったのは、たまたま、とあるホールのコンサートカレンダーをつれづれにみていたら、「カンテムス」の名前を偶然にも発見し、なにっ、カンテムスが来るのか!、と驚いたのが最初でした。そこで調べたところ、今回のツアーは、7月22日埼玉から8月4日大阪まで、日本各地を巡るもので、東京近郊では東京、埼玉、神奈川などで演奏会が行われることがわかりました。しかしこれを知ったときには、それらの日程はすべてもろもろの予定が入っていて、聴きに行くことができません。これは困った、遠くでも聴きに行ける演奏会がないものかと、ツアーの日程と自分の予定をにらめっこしました。そうして、8月2日の名古屋、8月3日の神戸の演奏会を聴きに行けるように、なんとかスケジュールを調整しました。

2016年日本ツアープログラムの表紙です。

Cantemusu2016 50.jpg

 

【8月2日名古屋公演】

8月2日午後、新幹線に飛び乗り、一路名古屋へ向かいました。会場は三井住友海上しらかわホール、名古屋駅から地下鉄で一駅の立地です。地下鉄を降りると、あいにくの雷雨となりましたが、無事会場に着きました。しらかわホールは座席数約700で、響きの良いことで知られているので、この機会にここの響きを聴けるのも楽しみでした。

最初に地元の児童合唱団とおとなの合唱団のふたつの合唱団の歓迎演奏が30分ほどあったあと、カンテムス合唱団のステージです。総勢約40名の合唱団です。僕の記憶の中では小さい子供たちばかりと思っていましたが、比較的大きい子供もいました。プロムジカ合唱団のメンバーも若干名(3名?)参加していたそうです。

演奏会の進行はプロムジカ女声合唱団と同じ方法で、プログラムに数十曲載っている演奏予定曲目の中から、ホールの響き、雰囲気、合唱団の調子に一番ふさわしいものを当日選んで、1曲ごとに合唱団のメンバーがマイクをもって日本語で曲紹介をしてくれるというスタイルでした。プロムジカ合唱団のときは、その朴訥で聞きとりにくい日本語の発音がほほえましく、楽しかったです。今回は、なかには日本語の発音が結構うまい子供もいて、感心しました。来日を重ねるうちに、メンバーは変わっても、日本語がスキルアップしているのでしょう。

第一部は宗教曲で、何が歌われたかもう詳しくは覚えていませんが、ハンガリーの作曲家からジェンジェシの新作やコチャールの「イ調のミサ」、それからカッチーニのアヴェ・マリアなどが歌われていきます。サボーさんは、指揮棒は使わず、両手と身のこなしで指揮しています。その指揮ぶりが全身、本当に音楽的で、見ているだけでうっとりしてしまいます。サボーさんの指揮に導かれて歌われるカンテムスの響きは、ppからffまで、まったく無理ない発声で、そのハーモニーが本当に美しいです。

そしてサボーさんは、プロムジカ合唱団のときと同じように、曲ごとにメンバーの配置を大きく変えます。しばしばメンバーの多くが舞台から降りて、客席通路の広い範囲に散らばって、そこで歌います。その際には、比較的ゆったりとした長い音の多い曲が歌われることが多いので、その純正なハーモニーに、文字通り立体的に、身体ごと包まれて聴けます。音量バランス的には、たまたま自分のすぐそばで歌っているメンバーの声が当然大きく聴こえてきますが、そんなことお構いなく、極上の響きが体感できるのです。一人一人の発声が本当にきれいで、他と十分に調和しているからこそ実現できることだと思います。第一部の最後は、まさにそのようにして歌われたホルストの名作、アヴェ・マリアでした。

休憩をはさんで第二部は、きれいな民族衣装に着替えて、ハンガリーの数々の世俗合唱曲と、日本の歌を日本語で歌ってくれました。プロムジカ合唱団の演奏会でも毎回ほぼ必ず歌われる、若松正司編曲の「さくらさくら」も歌われました。最後の方には、「花は咲く」。これは、最初は一人で歌い、フレーズごとに二人三人と歌う人が増えていくという歌われ方で、震災からの復興をあたたかく応援してくれる気持ちが、心に沁みました。会場のあちこちで涙がすすられていました。最後の最後は日本の合唱団も一緒に舞台に上がり、「ふるさと」やコチャールの合唱曲で、お開きとなりました。

もう何もいうことありません、至福のひとときでした。この日は名古屋に泊まり、心的余韻をゆっくり味わいました。

 

【8月3日神戸公演】

翌8月3日は、ゆっくり朝寝坊して昼頃に新幹線で名古屋を出発し、午後に三宮に到着しました。この日はすごくいい天気で、陽ざしが強く、ともかく暑いので涼しい喫茶店などで時間をつぶしました。夕刻になって、会場の神戸朝日ホールに向かいました。三宮駅からぶらぶらと徒歩10分位で着きました。

このホールも、僕は今回初めて訪れました。座席数は500ちょっとで、横に細長く奥行の短いホールです。カンテムス合唱団が神戸で歌うのは初めてということでした。この日の歓迎演奏は、珍しく児童合唱団ではなく、おとなの合唱団がふたつでした。邦人作曲家の歌が、なかなか聴きごたえがありました。

そのあとにカンテムス合唱団の登場です。今日の第一部の始まりは、ブリテンの「キャロルの祭典」(ピアノ伴奏)です。20年前、カザルスホールで聴いた曲です。キャンドルを持っての「入唱」から「退唱」まで、20年前と同じ(はず)の響きをじっくり堪能させていただきました。第一部は全部宗教曲で、数々の歌が歌われたあと、第一部の最後はビーブルのアヴエ・マリア。プロムジカ合唱団で何回か聴いている、本当に美しい曲です。

第二部では、民族衣装に着替え、ハンガリーのジェンジェシの他、バルトーク、コダーイなどの世俗合唱曲が歌われ、日本の歌からは「さくらさくら」や「ソーラン節」が歌われました。

今日のホールはこの合唱団にとってはやや容積が狭く、響きもやや少な目ですが、さすがにサボーさんです、大胆でたくみな配置を多用し、ここでも十分に美しい響きを実現しています。最後の方は、昨日と同じ「花が咲く」、最後の最後は、日本の合唱団も参加してコチャールの歌、そして最後の最後の最後は、聴衆も一緒に皆の大合唱で、「ふるさと」でお開きとなりました。

連日あちこちに移動して、その日ごとに、そのホールの響きの特性などから、最適な配置をその都度決めて実行するのですから、同じ曲でも日によって異なる配置になるわけです。サボーさんも大変だし、子供たちにも大変なことだと思います。ときに少し配置を間違える子供もいて、そうするとサボーさんは適切に指示して正しい位置に修正していました。といっても厳しい雰囲気ではなく、サボーさんの大きな包容力の中で、子供たちは、のびのびと歌っていました。聴衆もくだけた感じで、昨日の名古屋とはまた一味違った、和やかで楽しいコンサートになりました。

帰りに撮った、神戸朝日ホールのあるビルの入り口付近の掲示です。

Asahi1 20.jpg

明日8月4日は、日本ツアーの最終日で、大阪いずみホールで歌うそうです。いずみホールでは、さぞや素晴らしい響きに包まれることだろうと思います。そしてその演奏会は録音され、CDも発売される予定ということでした。カンテムス合唱団とプロムジカ合唱団の合同演奏によるCDはいろいろ出ているのですけれど、カンテムス単独の録音は比較的少ないので、この録音は貴重なものになると思います。

しかし8月4日は僕は朝から仕事なので、3日夜、三宮駅からサンライズ号に乗り、東京へ向かいました。乗車してひとしきり眠ったら、朝5時ごろにふと目が覚めました。外を見たらもうだいぶ明るくて、東の空はオレンジ色に染まっていました。しばらくぼーっと車窓からの景色を眺めていたら、富士山が見えてきたので、写真をとりました。

Fuji1 25.jpg

カンテムスの日本ツアー終盤の二日間、異なるホールで、異なる雰囲気の演奏会を聴けたことで、それぞれの良さがより深く味わえ、カンテムスの素晴らしさをより深く体感できたような気がします。サボーさんも子供たちも、ますますお元気で、歌い続けていってください。また次の機会を、楽しみにしています。

 







Last updated  2016.08.27 19:54:12
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2016.08.24
カテゴリ:演奏会(2016年)

ハンガリーのカンテムス少女合唱団を聴きました。

カンテムス少女合唱団は、ハンガリーのニレジハーザ市にある市立の小学校の合唱団です。その音楽の先生であるデーネシュ・サボー氏の指導により1975年に発足し、メンバーは12~14歳の少女たちということです。カンテムス少女合唱団と、それより少し年長のメンバーから成るプロムジカ女声合唱団は、サボー氏の指導により、これまで世界中のコンクールで数々の第一位受賞をしてきている児童合唱団です。

カンテムス少女合唱団が初来日したのは、1992年だそうです。僕がカンテムス合唱団を初めて聴いたのは、彼女たちの二度目の来日、1995年カザルスホールでした。児童合唱の響きが好きというだけで、まったく予備知識なしに出かけた演奏会でした。おぼろげな記憶ですが、プログラムは確かブリテンの「キャロルの祭典」(ピアノ伴奏)で始まったと思います。キャンドルを持って客席側からしずしずと入場しながら歌われたグレゴリア聖歌風のアカペラの斉唱による「入唱」から、その響きの奇跡的な美しさに衝撃を受けました。そして沢山の歌が歌われて、アンコールの最後は、多分「ふるさと」だったと思います。細かなことは良く覚えていませんが、ともかく最初から最後まで、完璧なハーモニーに浸りながら、世の中にはこんな美しいハーモニーがあるのだ、という驚きと感動に包まれていたことは、今も強く胸に刻まれています。あれからもう20年もたったとは、時の流れは速いものです。


そのときのプログラムを久しぶりに引っ張りだしてみました。

Cantemus1995B.png

カンテムス合唱団は、当初は少年少女合唱団としてスタートしたそうです。確かにこの1995年のプログラムにも、「少年少女合唱団」と表記されています。でもこのときもすでにほぼ全員が少女だったと思います。のちに少年と少女が分かれ、少女合唱団になったということです。

1992年以来、カンテムス少女合唱団とプロムジカ女声合唱団は、サボーさんに率いられ、時々来日して、その都度日本各地を巡って、当地の児童合唱団との交流や、演奏会を重ねてきました。僕はカザルスホールの体験以来、彼女たちの歌声をできるだけ聴きたいと思ってきました。しかしなにせ彼女達の日本ツアーは、商業ベースと無縁の、日本の関係者の方々との草の根の交流に基づくものなので、関係者以外には情報がはいりにくく、わかったときにはすでに終わっていたということも一度ならずありました(ToT)。それでもプロムジカ女声合唱団は、比較的頻回に来日してくれるので、2005年以後、これまで数回聴く機会に恵まれました。2009年以降の演奏会は、ブログ記事にも書きました。2009年7月2009年8月2012年7月です。何度聴いても本当に美しく、聴きほれる響きです。

小さい児童の合唱の響きにとても惹かれる僕としては、カンテムス少女合唱団の方も、是非ともまた聴きたい、と思っていました。しかし年少のためか、来日頻度がプロムジカより少なくて、しかも上記したように情報を逃して悔しい思いをすることもあり、なんだかんだと、これまで聴くことができませんでした。今年8月にようやく、カザルスホールでの体験以来20年ぶりに、カンテムス合唱団を聴くことができました。

(演奏会のレポートは次の記事に書きたいと思います。)







Last updated  2016.08.24 23:17:18
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2016.07.18
カテゴリ:演奏会(2016年)

ノット&東響のブルックナー8番を聴きました。

指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:東京交響楽団
ブルックナー 交響曲第8番
7月16日 サントリーホール

ますます充実路線を邁進するノット&東響。彼らのブルックナーを聴くのは、7番に次いで2回目です。7番は、両翼配置の利点が良く出た、スケール感はないけれど引き締まった、なかなか好感の持てるブルックナーでした。今度の8番はどうなるでしょうか。

ホールに入ると、ステージ上と天井からぶら下げられた多数のマイクが目立ちます。今回の演奏が、録音されCD化されるようです。

開演時刻が近づいてきて、いつもの場内アナウンスが流れ始めましたが、あれっ、いつもとちょっと違います。近年のサントリーでのアナウンスは、大体「演奏の余韻を最後まで楽しむため、他のお客様のご迷惑にならないよう、拍手は指揮者のタクトが下がるまでお控えください」というようなアナウンスが流れます。ところが今回のアナウンスは、一段と念入りなフレーズになっていました。正確な言葉は覚えていませんが、「指揮者や演奏者にとっては、余韻も音楽の一部です。演奏に満足していただけましたら、指揮者のタクトが完全にさがりきるまで拍手はお控えください」というようなものでした。

今までは「他のお客様に迷惑」だったのが、「指揮者や演奏者にとって」と一歩踏み込んでいますし、さらに「余韻も音楽の一部です」とはっきり言及しています。ここまで一段とメッセージを明確にしたアナウンスを聴くのは、僕は初めてです。今回は録音するという事情もあってのことでしょうが、フライングの拍手・ブラボーをなんとか防止したいという強い気持が感じられます。

近年、場内アナウンスがだんだんと具体的・直接的になって来ていますが、それでもなかなかフライングの拍手やブラボーがなくなりませんね。このように一段と明快なアナウンスを繰り返して発していくことが大事かと思いました。

さて、オケの人数・配置です。今日も弦は両翼配置です。弦は変則16型で、16/16/12/10/8でした。第二ヴァイオリンを増強して、第一ヴァイオリンと同数にしているわけです。ハープは、舞台下手の前面に、「できれば3台」というスコアの指定通り、3台配置されています。金管は、ホルンはアシストを入れて9人と普通ですが、トランペットとトロンボーンが通常3人のところそれぞれ4人!と増員されています。かなり気合のはいった布陣です。

さらに、金管の配置が、良く考えられていました。金管は、舞台後方に横に幅広く広がって1~2列に並びました。指揮者の正面(センター)から向かって左側(下手側)には、ホルンが2列に並びました。前列のセンターに1番が座り、そこから下手側に順に2番、3番、4番で、アシストは1番の上手側でした。ホルンの後列は、センターから下手側に順に5番、6番、7番、8番で、この4人がワーグナーチューバ持ち替えです。
センターから向かって右側(上手側)は、1列目は椅子がなくて空間になっていて、2列目は、5番ホルンの隣にバス・チューバが座り、その上手側にトロンボーン4人が座り、そのさらに上手側にトランペット4人が並びました。通常と違ってトランペット隊が一番外側になっていたわけです。こうすることにより、ワーグナーチューバ4人とバス・チューバが5人固まって横一列に並んだわけです。ブルックナーではこのようにワーグナーチューバとバス・チューバを固めるのは、賢明な方法と思います。

演奏が始まりました。ノットさんの両翼配置のすぐれたところは、随所でセカンドヴァイオリンを強調して、それにより音楽の構造が立体的になる点です。このことは7番のときに感じましたが、今回も同じ魅力が十分に伝わってきました。このために第二ヴァイオリンを増員しているのだな、と合点がいきます。

テンポはわりと早目で、大きなテンポ変化はなく、わざとらしいようなところは皆無で、ぐいぐい進んで行き、推進力と緊張感に満ちています。ノットさんはすこぶる気合が入っていて、「ハッ!」という、半分息、半分唸り声みたいな声を時々、曲の後半ではしばしば、発しています。オケもその気迫を受け止め、引き締まった演奏が進んで行きます。決して悪い演奏ではありません。

しかし僕には、何かテンポの運びが単調というか、堅苦しい感じがします。そして何よりも、フォルテの箇所がくると、音楽が力みすぎて窮屈な感じ、耳にきつい感じがしてしまいます。僕の求めるブルックナーのフォルテは、力まず、ある意味力が抜けて、空間にひろびろと拡散していくようなフォルテであってほしいのです。そういう僕のイメージでいうと、ブルックナーを聴いているという感じがあまりしてきません。決して悪くはないのですが、残念です。

そんなことを思いながら聴いていると、いよいよ曲の終結がやってきました。ノットさんはタクトを上げ、最後の音が鳴りやみ、残響が消えていきます。さぁ、タクトが降りるまで静寂が得られてほしいです。

しかし。
ホール内の残響が消えたその瞬間ただちに、たった一人の聴衆から、大きな「ブラボー」の声が発せられ、その声はホールの隅々まで否応なく響き渡りました。余韻は無残にも打ち破られました。

普通なら、こういったフライングブラボーに引っ張られ、ぱらぱらと拍手が小さく起こるか、あるいは他からもブラボーの声があがりますね。しかし今回は、そういう「引きずられ現象」がまったく起こりません。その聴衆一人だけの「単独フライングブラボー」が、約2-3秒でしょうか、ホールに響き渡り、そしてそれが終り、再びホール内は完全な静寂に包まれました。しかしもはや、大事な余韻はぶち壊しです。そしてほどなくノットさんはタクトをおろし、ぱらぱらと拍手が少しずつ始まり、だんだんと盛り上がっていきました。

僕はこの日はPブロック5列目の右寄りの席に座っていたのですが、この大ブラボーは、僕のすぐ後方から発せられました。おそらくPブロック7列目一桁台の席と思われます。拍手が始まってからすぐに、僕を含む周囲のかなり多くの聴衆は、思わず、声がした方の席を振り返り、誰が声を発したのかと探りました。二度とこんなことされてはたまらない、という気持ちを伝えたいです。すると、発したとおぼしき人とその連れの方でしょうか、お二人が、そそくさと席をたって、逃げるようにホールを出ていきます。僕のそばにいた別の聴衆は、立ち上がって、こぶしを振り上げて、怒髪天を衝く雰囲気で、怒っています。

録音していることが一目瞭然でわかるマイク群、そしてあれほど念入りな場内アナウンス。それがあってもなお、ここまで無神経な、無配慮なブラボーを発する人がいるとは。まさか意図的にやったとは思いませんが、ついうっかりだから許してね、では済ませられない、破壊的なフライングブラボーです。サントリーホール30年の歴史上でもおそらく屈指の不祥事たる、巨大単独フライングブラボー。。。

その後、拍手は徐々に盛り上がり、そして、ホールの底全体から湧き上がるような重心の低いブラボーが、うねるように生じてきました。これはこれで、すごい迫力がありました。「これが本当のブラボーだ!」という皆の気持ちが一つになったような、ノットさんと演奏者を称えるブラボーでした。

かつて2005年、スクロヴァチェフスキ&読響のブルックナー7番の演奏会で、おそらく今回と同じレベルの破壊的なブラボーがあったのだと思われます。(僕はその現場には立ち会っていないので正確なことはわかりませんけど。) おそらくその事件を伏線として、2010年のスクロヴァチェフスキ&読響のブルックナー7番の演奏会から「拍手は指揮者のタクトが下がってからお願いします」という場内アナウンスがサントリーホールで始まったのだと思われます。そして同様のアナウンスが、他のホール、他のオケでも広まっていき、東京一円ではこの頃は普通に放送されるようになりました。こういうアナウンスが、ここ数年、フライングブラボーを減らすのに一定の効果をあげてきているのは確かだと思います。しかしまだまだ、このような酷いブラボーが起こりうる危険があるのだな、ということを痛感しました。

早くブラボーを叫びたいという衝動を持っている方、どうか今回のアナウンスの意味を、ご自分の行為の及ぼすひどい影響を、真剣に考えて欲しいです。

○「指揮者や演奏者や聴衆、そこに集うすべての人にとって、余韻は音楽の一部です。」
そして蛇足を承知で付け加えます。
○「残響が消えても、指揮者のタクトが下がりきらない限り、余韻は続いているのです。」

付録:2005年や2010年のことは、「拍手は指揮者が手をおろしてからお願いします」というアナウンス in 読響定期演奏会」の記事に詳しく書きました。

それに関連して余韻について考えた記事
「余韻考(1)」 「余韻考(2)」 「余韻考(3)」も合わせて、ご覧いただければ幸いです。








Last updated  2016.07.18 10:23:20
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2016.02.24
カテゴリ:演奏会(2016年)

コンスタンチン・リフシッツのピアノリサイタルを聴きました。

ラフマニノフ  24の前奏曲
2月23日 紀尾井ホール

ご存知の方はご存知のとおり、ラフマニノフ に「24の前奏曲」という一つの曲があるわけではありません。前奏曲 嬰ハ短調 作品3の2「鐘」 (1892年)、が書かれたのち、「10の前奏曲」作品23 (1903年)、さらに「13の前奏曲」作品32 (1910年)が書かれ、これら三つを合わせると、調性のすべて異なる前奏曲全24曲のセットになるわけです。ラフマニノフが、ショパンに倣ったこの前奏曲セットの構想をいつの時点で抱いたかの詳細は不明だそうです。

今回は、僕の好きなリフシッツさんが、このラフマニノフの24の前奏曲を全部弾くという魅力的なプログラムですので、とても楽しみにしていました。前半に「鐘」と10の前奏曲、休憩をはさんで後半に13の前奏曲が演奏されました。

話がそれますが、ラフマニノフの前奏曲と言えば、2015年2月のきらクラBGM選手権、中原中也の「生い立ちの歌」のお題でベストに選ばれたのが、13の前奏曲の第5番でした。ふかわさんが思わず「スタジオに雪が舞っています!」と興奮気味に仰ったように、雪が風に舞いながら降ってくるさまを美しく描写したすばらしいBGMでした。このBGMがあまりに印象的だったので、中原中也のお題が再び出た「月夜のボタン」のときに、僕はラフマニノフのピアノ曲から作品3の1「エレジー」を投稿したのですが、2匹目のドジョウならず、ボツとなりました(^^;)。

リサイタルに話を戻します。リフシッツは「鐘」が終わって一旦立ってその場でお辞儀をしたあとは、10の前奏曲を完全にひとつのものとして、続けて演奏しました。1曲弾き終わると、ときに服の袖の具合を調整し、ときには椅子の高さを調整するなどの動作がはいりましたが、そうしている間もダンパーペダルを踏みっぱなしで、前の曲の最後の音の余韻を響かせたままにしていたのです。このやり方は、音楽の連続性が保たれて、すごく良かったです。もちろん1曲ずつ独立した曲ですから、区切って弾くやり方でもOKでしょうけれど、このリフシッツの方法は、緊張感が保たれて、素晴らしいと思いました。おかげで聴衆の方も、曲間に無駄なノイズを出す聴衆もほとんどなく、集中・緊張がずっと保たれていました。後半の13の前奏曲も同じやり方で、途中1回は、曲間にハンカチを出して汗をちょっと拭きましたが、そのときもダンパーペダルを踏みっぱなしで、音楽の連続性・緊張感が保たれ続けていました。

僕はラフマニノフのピアノ曲をあまり聴きこんでいないので、リフシッツの演奏がどうだったとかは良くわかりませんが、ともかく素晴らしくて、感動しっぱなしでした。華麗な美しさというのではなく、深みをたたえた抒情と、しかるべきところでの巨大なスケール感と重み、圧倒されました。すべて良かったですが、強いて言えば自分としては10の前奏曲の第4番、第6番、13の前奏曲の第4番、10番、13番などが特に深い感銘を受けました。打鍵パワーのエネルギーに押されて、プログラムの前半・後半ともに、あとのほうでは調律がわずかながら乱れましたが、それもライブならではの趣です。

アンコールの1曲目は、リフシッツさんがたどたどしい日本語で「ラフマニノフの、最後の前奏曲です」としゃべってくれて弾かれました。帰りにロビーの掲示を見たら、「前奏曲二短調 アンダンテ・マ・ノン・トロッポ (1917)」とありました。帰宅後ウィキペディアを見たら、ラフマニノフは全部で27曲の前奏曲を書いていて、この1917年の曲は生前は出版されず、自身演奏することもほとんどなかったということでした。

これはもしかして、アンコールも全部ラフマニノフを弾くのだろうか、と思いましたが、アンコールの2曲目3曲目は、ショパンの24の前奏曲集から第15曲「雨だれ」と第3曲ト長調でした。ラフマニノフが倣ったショパンの曲で締める、というコンセプトだったわけですね。

会場にはNHKのカメラが入っていたので、いずれ放送されると思います。

リフシッツさんのピアノは、僕はバッハ以外を聴いたのは今回が初めてですが、ますます好きになりました。次の来日では何を弾いてくださるのでしょうか、今から楽しみです。

Lifschitz3.jpg







Last updated  2016.02.24 18:04:49
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2016.02.03
カテゴリ:演奏会(2016年)

スクロヴァチェフスキ&読響によるブルックナー交響曲第8番を聴きました。読響特別演奏会として、1月21日、23日の二日間行われたもので、僕は二日目を聴きました。早々と完売していたコンサートです。

指揮:スクロヴァチェフスキ
管弦楽:読響
ブルックナー 交響曲第8番
1月23日 東京オぺラシティコンサートホール・タケミツメモリアル

スクロヴァチェフスキのブルックナー8番を僕が聴くのは、今回が5度目になります。過去のものをリストアップすると、
2002年9月  読響
2003年11月6日 ザールブリュッケン放響 (東京オペラシティ)
2006年5月12日  N響 (NHKホール)
2010年3月26日  読響 (サントリー)(読響常任指揮者退任前の、最後の演奏会)
です。

スクロヴァチェフスキの演奏するブルックナーに関しては、これまでも折に触れて書いたとおり、個人的には7番の演奏がもっとも好きです。流麗な美しさが目立つ、内なる世界に向かうような7番は、スクロヴァチェフスキのスタイルに良くあっていると思います。一方で8番は、より外に奔出するような力強さが必要な曲と思っています。これまで聴いたスクロヴァチェフスキの8番は、一流の演奏とは思いましたが、何かちょっと不必要な作為が加わって、スケール感がやや損なわれてしまうような印象を持っていました。今回、いよいよ92歳になられたスクロヴァチェフスキが、8番をどのように演奏するのか、期待して会場を訪れました。

舞台を見るとマイクが立ち、録音されるようです。ハープは舞台左手奥に3台並んでいます。コンマスは長原幸太さん。オケがぎっしり舞台上に並んだあと、現在92歳になるスクロヴァチェフスキの登場です。やや足が衰えられたようで、足取りが遅く、指揮台に上がるのがちょっとしんどそうでした。しかし指揮台には椅子のたぐいは一切おかず、全曲を立ったまましっかり振られていました。譜面台にはスコアが置かれていましたが、ただ置いただけで、最後までまったく開きませんでした。譜面台を使ったのは、楽章間の間合いを取る時に、指揮棒を置くのに使っただけでした。スクロヴァチェフスキは以前からブルックナーを暗譜で指揮します。以前、とある演奏会で、前半にご自分の作曲したオケ作品を、後半にブルックナーの交響曲を演奏したとき、自作曲は譜面を見ながら指揮をして、ブルックナーは暗譜で指揮していました。ある意味自分の作った作品以上にブルックナーに通暁しているのだなぁと妙に感心したものでした。

さて第一楽章が始まりました。遅めの重い足取りで進みます。第二楽章はさらに遅くなり、びしっと引き締まった重心の低い音楽が進んで行きます。テンポはそれなりに変化があり、アッチェレランドなども行われますが、それほど激しいものではなく、ゆっくりした基本テンポの上に自然な息づかいの音楽が堂々と進んで行きます。

従来のスクロヴァチェフスキと同じく、楽器のバランスに細心の注意が払われ、色々なパートの音が良く聴こえるようにバランス良く鳴らされます。見通し(耳通し?)が良く、心地よいです。そしておそらくスコアの細部に様々な手を加えていることも今まで通りで、耳に新鮮な響きが色々と聴こえてきます。それが違和感なく耳に入ってきて、さすがです。

そして第三楽章が圧巻でした。冒頭の低弦の導入が、信じがたいほど重く、深く、慟哭のように胸に迫ってきて、一気に深い世界に引き込まれました。そしてこの楽章でさらにテンポは遅くなりました。(念のため断っておくと、もちろんアダージョですから先行楽章よりテンポが遅いのは当然ですが、そういう意味ではありません。仮に楽章ごとにおおむね標準的なテンポがあるとすれば、標準から遅い方にずれるずれ幅というか、偏差が、第一楽章、第二楽章のそれに比べてさらに格段に大きい、ということです。)この遅いテンポの上で、盤石のコントラバスを土台として、重心低く、深く渋く響く弦楽が、実に心に沁みてきます。そして、もう全然うまく言えないのですが、ひとつひとつの音の佇まいが、なんともきっちりしているのです。深く、かつ明晰なのです。スクロヴァチェフスキのブルックナーは良く明晰と言われますが、自分にとって、深みを伴った明晰を心の底からこのように実感したのは、今回が初めてのことでした。これは凄い。この第三楽章は、スクロヴァチェフスキが92歳にして到達した境地そのものでした。

第三楽章が静かに終わりました。僕はあまりの充実に圧倒されて、「第四楽章がこの路線のままで行ったら、もうこの先はないだろう。スクロヴァチェフスキのブルックナーを聴くのもこれで最後になるのではないか」、などという変な思いを抱いてしまいました。しかし幸いにも?、そうはなりませんでした。やがて始まった第四楽章は、先行楽章と比べてテンポがかなり速めで(上に書いた意味です)、アグレッシブな色合いを帯び、僕としてはそれまでの方向性との違いが大きすぎて、第三楽章までほどには音楽に入り込めず、変な言い方ですが「これならもう一度聴けるかも」と安心?しながら聴いていました。

演奏終了後、スクロヴァチェフスキは、タクトを降ろすまで完全な静寂が起こることをかなり期待していたと思います。スクロヴァチェフスキのこのあたりのこだわりについては、2010 年10月の読響との7番の演奏会の記事「拍手は指揮者が手をおろしてからお願いします」というアナウンス in 読響定期演奏会」に詳しく書きましたので、よろしければご覧ください。

僕が今回聴いたのは二日目で、初日の拍手がどうだったのかはわかりません。しかし二日目に関しては、スクロヴァチェフスキのこの期待は、完膚なきまでに打ち砕かれてしまいました。

終了後、物理的な残響が鳴りやむかやまないか、もちろんまだ指揮者がタクトを高くあげているうちに、すかさず一人の不心得な聴衆が、ブラボーと叫んでしまい、拍手が沸き起こりかかってしまいました。スクロヴァチェフスキはさぞやがっかりしたのでしょう、直ちに、かざしていた両の手をガッとおろして譜面台につかまり、頭を垂れて、じっとしていました。いかにも残念無念といった雰囲気が全身から立ち上っていました。スクロヴァチェフスキは頭を垂れたままそのまましばらくじっと動きません。湧き起りかけた拍手はすぐに静まったものの、もうタクトは下がったんだから良いだろうとばかり、数人がブラボーを後追いで叫んでしまい、事態をより悲喜劇的にしてしまいました。そのうちに後追いブラボーも止み、ようやくホールは静寂に包まれはじめますが、指揮者はもうあきらめたようにオケの人たちと顔を見合わせ、体を動かしはじめ、それでホールはあらためて拍手が始まり、ようやく晴れて拍手喝采の時間になった、という顛末でした。結果的には十分な静寂もなく、出鼻をくじかれた拍手喝采という、歯切れの悪いものになってしまいました。

最初にブラボーと叫んだ方は、悪意はなかったのだと思いますが、はっきり言って鈍感すぎます。この日場内アナウンスでも、念をおすように、「拍手は指揮者のタクトが下がるまでお控えください」と放送されていました。この方一人が気をつけていたら、もしかしたらホール全体が静寂に包まれた、貴重なひとときが実現したかもしれません。。。

8番と言えば、ヨッフムの日本公演でのDVDでも、終演直後の間髪をいれない聴衆の歓声に、びっくりしてギョッとするような表情をするのが、クローズアップで写っていますよね。その時代に比べれば今は非常にマナーが向上したとはいえ、まだまだ理想的な状況には遠いということを認識しました。

しかしそれにしても、誤解を恐れずにいえば、スクロヴァチェフスキの反応も、大人げないといえば大人げないように思いました。指揮者としては会心の演奏で、完璧な静寂が起こることを確信していたのかもしれません。だからと言って、フライングブラボーに対する失望を隠さず、むしろ大袈裟にアピールするような身振りって、どうなんでしょうか。。。

もちろん、演奏直後の静寂を大切にしたいという気持ちは非常に良くわかりますし、全面的に賛成です。それを気にしない指揮者よりも、ずっと共感し、そのお気持ちを尊重したいと思う者です。それが実現するよう、聴衆ひとりひとりが自覚して協力すべきなのは当然だと思います。

それでも敢えて言えば、演奏後の静寂は、目的ではないと思うんです。結果的に静寂が実現しなかったからと言って、その失望をアピールするというのは、世界の大巨匠としては心が狭いというか、潔くないような気もします、などと言ったら顰蹙を買っちゃうかもしれないけど。。。

まぁしかしそれも小さなことです。ともかく第三楽章までの深遠なる音楽世界は、僕にとって本当に貴重な、稀有な体験となりました。スクロヴァチェフスキと読響の皆様(特にコントラバス!)に感謝です。どうぞお元気で、また日本でブルックナーを振ってくださることを、心から願っています。

○2016/2/4 追記です:
以前、スクロヴアチェフスキのブルックナー演奏会をきっかけに、演奏終了後の「余韻」について考えたことがありますので、リンクを貼っておきます。よろしければご覧ください。

余韻考(1)
余韻考(2)
余韻考(3)

(4)も書くつもりでしたが、中断してしまいました(^^;)。







Last updated  2016.02.04 12:51:54
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2016.01.18
カテゴリ:演奏会(2016年)
ハーディング&ボストリッジ&新日フィル他で、ブリテンの戦争レクイエムを聴きました。
新日フィルの今年の定期演奏会の、幕開けのコンサートです。

指揮:ハーディング
テノール:イアン・ボストリッジ
バリトン:アウドゥン・イヴェルセン
ソプラノ:アルビナ・シャギムラトヴァ
合唱:栗友会合唱団
児童合唱:東京少年少女合唱隊
管弦楽:新日フィル
コンサートマスター:西江辰郎
室内オケコンサートマスター:崔 文洙(チェ・ムンス)

2016年1月15日 すみだトリフォニーホール
新日フィル第551回定期演奏会

ブリテンの戦争レクイエムを聴くのは2回目です。ここすみだトリフォニーホールが落成した1997年に、ロストロポーヴィチの指揮で新日フィルがとりあげたのを聴いて以来です。そのときは歌詞の意味をほとんど知らず、ただ聴いただけで、それほど強い感動体験にはなりませんでした。聴き手としてまったくの準備不足でした。

それ以来、戦争レクイエムを頭の中では大きな存在として認識していましたが、保有するCDもほとんど聴かず、この曲にほとんど近づかずに過ごしていました。たまに新日フィルなどがこの曲をコンサートでとりあげていましたが、聴きに行くこともなく、時が流れていました。そのようにしてもう20年近くたっているということに驚きです。

今回、ハーディングがこの曲を取り上げるということで、久しぶりに聴いてみたいと思いました。今回は、せっかく聴くので、予習でCDを何回か聴き、歌詞もざっとですが目を通し、概略を理解して臨みました。

戦争レクイエム。この曲はブリテンからの、人類への呼びかけ、問いかけです。単に平和を願い、祈るだけではなくて、より積極的に、繰り返される戦争や殺し合いに、強く抗議するメッセージです。

この曲は、ラテン語による通常のレクイエムの音楽と、第一次大戦の戦場で若い命を落としたオーウェンというイギリスの詩人の詩(英語)に基づく独唱とが交互に組み合わさって登場するという、ユニークな構成です。ラテン語部分は混声合唱とソプラノ独唱と大オーケストラで演奏され、一方イギリスの詩人の歌はテノールとバリトンと室内オーケストラ(12名)により演奏されます。基本的には交代で演奏され、どちらか一方が演奏するときはもう片方は完全に休んでいます。これらの他にさらに、静かな児童合唱がときどき挿入されます。

当日、舞台上には演奏者がびっしりと並びました。ハーディングの右側の客席に近い側は、室内オケです。室内オケは各パート一人ずつで、弦5人、木管4人、ホルン、ハープ、打楽器(ティンパニ、タムタム)の12人でした。プログラムの出演者一覧図を見ると、室内オケは崔文洙さんを筆頭に、各パートの首席級の人たちが結集した精鋭部隊です。さらにこれとはまったく別に、14型3管編成(金管は4管)にピアノと打楽器多数が加わった大オケが乗って、しかも舞台後ろには大合唱団が並びます。さらにテノールとバリトンが指揮者のすぐ左前で歌います。なおソプラノは舞台の後ろの高い位置にあるオルガンの横でした。児童合唱もオルガンのところで歌うのだろうと思ったら違って、ホールの後方、左寄りから聞こえてきました。僕の席は前の方だったので、どこで歌ったかははっきりわかりませんでしたが、想像では3階の左奥の、ホールの壁からちょっとひっこんだ通路のようなところで歌ったのかと思います。1999年に、新日フィルがこのホールで井上道義さんの指揮でマーラー3番をやったとき、児童合唱を後方左の壁の奥の高いところに配置して、良い効果を上げていましたので、おそらくそのときと同じ場所で歌ったのだろうと想像します。今回も、距離感を持って響いてきて良かったです。

ラテン語の合唱のレクイエムと、英語の詩の歌の内容の対比・対立が、ともかく強烈です。例としてひとつだけ、全曲の中ほどの「奉献唱」について書きます。ここではまずラテン語の合唱が、主はアブラハムとその子孫に繁栄を約束した、という内容を歌います。これは聖書のアブラハムの話に基づくものだそうです。聖書に詳しい方は良くご存じと思います。僕は全然詳しくないのですが、聖書の話をざっくり言うと、アブラハムが、神の命令に従い、自分の息子を犠牲にして殺そうとします。神様はそれを寸前で制止して、アブラハムの信仰心があついことを称え、子孫繁栄を保証するというような内容です。

この合唱のすぐあとに、オーウェンの詩がテノールとバリトンの二重唱により歌われます。その内容は、アブラハムが神から命令されて息子を殺そうとするところまでは聖書と一緒ですが、最後が大きく違います。アブラハムは神の制止に従わず、息子を殺してしまうのです。。。神が止めてもお互いに殺しあう人間の性のどうしようもなさをストレートにあらわしているように思います。

曲はこのようにラテン語の合唱と、英語の独唱とが交互に歌われながら、両者が極めて対比的・対立的に進んで行きます。

おそらく全曲で唯一、アニュスディの中で、合唱と大オーケストラと同時に、テノール独唱が歌う箇所がありました。しかし両者の歌詞内容はそこでも徹底的に相反的です。

全曲の最後は、テノールとバリトンが、かつて生きているときに敵として戦った二人として「さあそろそろ僕たちも眠ろう」と静かに唱和します。そこに児童合唱と合唱もかぶってきます。ちょっと聴いた印象では、独唱と合唱は、ここで調和するかのようです。しかし注意して聴いていると、両者はあくまで交代に歌っていて、最後まで同時に歌うことはありません。最後まで両者の緊張関係は解決されずに、静かに曲は消えていきます。

曲が終わった後、ハーディングは指揮棒をややあげたまま、身じろぎしません。会場全体も静寂が保たれ、かなり長いことそれが続きました。それは、余韻に浸るというのとは全く異なる時間でした。それは、祈りでした。ハーディングと一緒に、その場の人々がこ心を合わせて祈ったひとときだったと思います。戦争が絶えてほしい。そのためにはどうすれば良いのか。

5年前の震災と原発事故の日にマーラー5番を演奏したハーディングと新日フィル。あれからもう5年、あのとき以上に危険な方向に向かう、危機的な状況の日本の新年の幕開けに、ブリテンのメッセージを渾身で発信してくれたハーディングと新日フィル。僕たち日本人は、それをどう受け止め、何を祈り、何に抗議すべきなのか。

まとまらなくなりました。最後に演奏のこと。最初から最後まで緊張感が張り詰めた、凄絶な演奏でした。大オケも室内オケも、いい音をしてました。合唱の弱音の美しさは特筆すべきで、ハーディングはこういうところのコントロールが絶妙だと思います。児童合唱も、とても美しく、素晴らしかったです。バリトンは、迫力はやや乏しかったですが、滋味深くやさしい声と歌が素敵だったです。そしてそしてなんといってもボストリッジさんが、圧倒的な存在感でした!全身全霊で没入したボストリッジさんの歌は、鬼気迫るものがあり、強く胸を打たれました。






Last updated  2016.01.19 14:04:35
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